第242話 二人だけが

 モニターの中、崩れゆく『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』の姿に。


「ジュリさま……! ミッチェル少将……!」


 シルビアは膝から崩れ落ちた。


 深く深く、『人として』と言えるようにこの世界で触れ合うまえから。

 心の底から慕っていた相手である。


 その人と触れ合うなかで。

 恋敵でもあったが、人として尊敬できる。

 何より、真面目で堅いながら、いじられキャラで心の広い、親しみやすい。

 そんなところが好きだった相手もいる。


 その両名を、同時に失った。

 またも、大切な人を失った。


 カーチャのこともあって、愛憎混ざる気持ちはあったが、

 彼女と違って、今回は目の前で失った。



 何より、恩も思い出も思い入れもある相手を失った。

 その事実を黙って消化できるほど、シルビアは冷え切った戦士ではなかった。



 他ならぬ彼らの優しさこそが、そんな人間のままでいさせてくれたのだから。






 その後、シルビアは気絶したりはしなかった。

 しかしどうにも記憶がなく、


 気付いた時には艦長室でベッドに座り込んでいた。

 慌てて艦橋へ連絡すると、カークランドが応答し、


「エポナ艦隊との戦闘は!?」

『は? 数時間はまえに終了していますが』

「なんですって!?」

『えぇ? 閣下も立ち会われたではありませんか』

「それは、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』が沈むまでは」

『いえ、完全に戦闘が終結するまで』

「……そう」

『それより、そろそろ夕食を摂られてはいかがですか。もう20時になります』


 という有り様だった。



 ちなみにその後のエポナ艦隊はというと、


 動ける艦は全滅。

 完全にエネルギーを使い果たし、自沈すらできなくなった32隻が投降。

 9月18日17時36分、戦闘終了となった。



 こうして9月16日からの三連戦を戦い抜いた、皇国史

 否、


 数年のあいだに銀河中の敬意と脅威と集めた、宇宙人類史に残る英雄と精鋭部隊



 ジュリアス・バーンズワース麾下エポナ艦隊


 その伝説は幕を閉じた。






 かくして追討軍の侵攻を食い止めたシルビア派。

 翌日、いまだホノースに集結した敵残存艦隊に動きはない、との情報を得た。


 すると、指揮官シルビア・マチルダ・バーナードも逆侵攻を一旦停止。

 味方艦隊に惑星ロービーグスへ集結するよう指示を出した。


 シルヴァヌス艦隊はすでに現地へ撤退済み。

 次いで21日、すぐ近くのユースティティア艦隊が到着。

 カメーネ・モネータ連合艦隊は、当艦隊のエポナ戦まえに合流している。

 同盟軍シルヴァヌス艦隊はイーロイ・ガルシア提督の戦死に伴い同盟領へ帰投。


 最後に現地入りしたのは、23日のフォルトゥーナ艦隊だった。






「……」


 ロービーグスの軍港は地上にはない。成層圏外へドックが突出している。

王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』の搭乗口からその内部、無重力空間へ。

 ふわりと羽のように飛び出したリータ・ロカンタンは、先に到着した艦隊を見上げている。


 視線の先にあるのはシルヴァヌス艦隊。

 しかしそこには……



「リータッ!!」



 少女の思考を掻き消すように、ドックに大声が響き渡る。

 振り返ると、遠くからこちらへ猛スピードで飛んでくる、黒い軍服、緑の裏地のマント。



「シルビアさまっ!」



 リータが名を呼ぶと、その人物は減速することなく、無重力ゆえするべくもなく、


 ウルトラマリンブルーの瞳と軍服を、塗り潰さんばかりに抱き締める。


「会いたかったわ、リータ……!」

「出撃したのが2、3週間くらいまえですか」


 もちろん少女も、相手の背中へ手を回す。


「もっと会ってない気がします」


 が、2m越えのハルバードを軽々振り回す腕力である。

 うっかり力を込めると暗殺未遂になるので、代わりに相手へ顔をうずめる。


 実際、圧倒的な勝報が相次いだかと思えば、怒涛の巻き返しがあったのだ。

 次はあの人かも、という思いはあっただろう。

 それが再会までの時を長く感じさせている。

 何より、


 熱い抱擁もそこそこ、リータは息ができなくなるまえに顔を離す。

 と、視線の先にはちょうど、またシルヴァヌス艦隊が。

 シルビアもそれに気付いて、ポツリと呟く。


「私も期待したけれど。『私を昂らせてレミーマーチン』はどこにもいなかったわ」

「そう、ですか」

「『戦士たれビーファイター』も」


 何より。

 ジャンカルラも引き揚げた今。


 最初は5人いた味方の指揮官が、今はもう2人しか残っていないのだから。


 その悲しみと心細さ、あなただけは無事でよかったという安堵。

 複雑に混ざり合った感情が、再会への思いを深くさせていた。


 そこに、改めて『カーチャはいない』と宣言したこと。

 芋蔓式に何度も蘇る記憶が重なり、思わずシルビアの目が滲むも、


 視界の真ん中にいる少女は、ウルトラマリンブルーは、赤い頬は。

 ぎゅっと堪える形をしている。


 孤児であるゆえに、別れに強いということはあるのかもしれない。

 だが、それ以上に、



 そうね、私たち二人だけ残った指揮官ですものね。

 みんなが見ているドックの中で、わんわん泣いていい立場じゃないわよね。



 指揮官となって、元帥となって。

 今やシルビアは多くを率い、責任を背負う立場である。

 そろそろ順応してきたようで、どこかまだ少し足りない覚悟。


 それを『いなくなる』というかたちで、先達たちに問われている気がする。


 彼女はリータを抱き締める腕を解くと、そのまま彼女の両肩へ置く。


「とにかく。ロカンタン上級大将、素晴らしい勝利をありがとう」

「もったいないお言葉です、閣下」


 シルビアの振る舞いの変化に、少女も素早く反応する。


「戦闘と長旅、ご苦労でした。今後について話し合う必要はあるけれど、まずはしっかり休んでいただいて」

「ご配慮感謝いたします」

「どのみちこちらから動くとすれば、ケイ殿下と合流する必要もあるわ。それまで時間はあるし」


 続く彼女の言葉は、リータに対してよりは、自身へ向けたものだった。



「何より、皇国の将来に関わることであり。それを考えられるのはもう私たちしかいないわ。むしろ、時間を掛けて取り組むべきでしょう」



 それは覚悟と決意を新たにする意味でもあり、



「御意」



 この世界にて、強く深く抱いてきた野望。

 その実現が近いという意味でもある。






 9月25日。

 ケイ・アレッサンドラ・バーナードが惑星ディアナより到着。

 これにより、シルビア派の役者がロービーグスに集結した。


 地上に降り立った彼女は、過去に国葬で着用した喪服姿。

 駆け付けたメディアを大いに驚かせるとともに、


『皇族の争いがために犠牲となった、全ての皇国人へ。また、遠く皇国の宇宙で散ることとなった、同盟からの人々へ。私たちは深い弔意と謝意を示さなければならないのです』


 とコメント。

『あくまでシルビア派は敵も味方もないノーサイドの精神。平和と友愛を望み、欲得で戦っているのではない』

 という姿勢を、改めて表明するかたちとなった。






 明くる26日。

 シルビア派艦隊は追討艦隊が集結するホノースへ進発。

 投降勧告をするも、臨時の指揮官テレサ・マツモト中将はこれを拒否。交戦に至った。


 しかし、相手も残存とはいえ1,000隻規模の艦隊。

 大決戦になるともくされたが、


 ここまでの流れ、士気、そもそもの内乱に対する厭戦。

 さまざまな要因があったのだろう。


 決して『ことはなかった』とまで言わないが。

 エポナ艦隊の奮戦を考えれば、割とあっさり。

 衝突した艦隊の規模を考えれば、目を覆うような被害が出るまえに追討軍は撤退した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る