第8話 黒幕の袖
「今回のことは軍施設における警備体制の不備でもある。本当に申し訳ない」
翌朝一番。シルビアとリータは元帥執務室へ呼び出され、閣下直々の謝罪を受けた。
「顔をお上げください、閣下」
当人が取りなしたとて、簡単に「あ、そう? じゃあ」となる問題でもない。
記者会見で見る角度を保ったままの彼に代わり、イルミが続ける。
「警備の現場や責任者を聴取し、再発防止に……。というのはもちろんだが、それより君たちの身になる話を」
持っている書類ファイルを一枚めくる。
「
「えっ?」
「それどころかエポナの人間ですらなかった。空港に一週間前『ビジネス』でやってきたとログが残っている」
「では、現状バックを辿るのは難しい、ということですか」
リータの声は、緊張感ある場面でも幼いゆるさが残る。こればかりは仕方ない。
ちなみに彼女の傷は自己申告どおり浅かった。簡単な処置のみでこうして元気に出歩いている。
イベリアへも頭にガーゼを貼ったまま、問題なく出立する予定。
シルビアにとっては何よりのことである。
「特定は難しいけれど、まったくの闇ってわけでもない」
頭を上げて後ろの棚に向かいながら、今度はバーンズワースが引き継ぐ。
「地道だけど追える足跡が残ってるし。何より彼は軍服を着てゲートを通るためのICタグも持っていた。一介のチンピラが調達できるもんじゃない」
戻ってきた手には、貴金属でも入っていそうな品のいい箱。
「そのうえ軍施設内での暗殺という、こちらのメンツを考慮しないやり口。ただでさえ軍人がやるなら。イベリア出航の艦内、閉鎖環境で起きた『士官同士の
蓋を開くと。そこには十字が刻まれた小さい盾に、数本リボンが付いたバッジ。
「以上の点を踏まえて。黒幕は軍組織以外の、それでいて軍の備品を簡単に調達できるご身分。おそらく」
バッジを摘み上げ、表、裏と検分する。
彼が手袋をしているのはいつもだが、今ばかりは軍人の正装より貴金属店に見える。
「中央の政治家、貴族連中だ」
「あー……」
シルビアからすれば、身に覚えはないが心当たりしかない。
転生まえの悪役令嬢ぶりは、被害者サイドとして知っているのだから。
「さて、重い話は一旦ストップして。リータ・ロカンタン士官候補生!」
「はっ!」
威勢のいい返事とともに一歩前に出た少女。
そのまま脱帽時の最敬礼、深いお辞儀をしたのだが。
ここまで小柄な人物がいることを想定されていない執務机。
ゴンッと鈍い音、彼女の負傷した額が
「リータ!? 大丈夫!?」
「いたーいぃ……」
「はっはっはっはっ!」
バーンズワースは大笑い、イルミも目を逸らして震えている。実はシルビアも言葉と裏腹、「涙目カワイイ!」とか思っている。
「締まらないなぁ。まぁいいや。じゃあゆるーく。はい、『
少女でも女性。胸に飾り付けるのはイルミが代行する。
それを横目に、シルビアは一応筋を通しておくことにする。
「閣下。この子の功績はもちろん多大ですが、私の扱いは一士官であり、皇女ではありません。要人警護でよろしいのですか?」
相手が負い目を感じている時こそ謙虚さは大事。将来の直属上司でゆくゆくは……なのだから常にいい印象でいたい。
あとは由来を明言してもらうことで、勲章の効果と正当性が実物以上に輝きを増す。リータは自身の右腕となるのだから、他の士官より箔が付くに越したことはない。
「ま、士官も要人とは言えるし。それを学生が救ってくれたらねぇ?」
「あとは牽制だ。これだけ意味も等級も重い勲章だからな。『閣下がいかに今回の件を重く見ていらっしゃるか』。これだけ示しておけば、連中も少しやりづらくなるだろう」
イルミの政治的説明に合わせて、バーンズワースの表情も変わる。
「ロカンタンくん。牽制はするが、向こうも簡単には引き下がらないだろう。そうなるとやはり、君の活躍が不可欠になってくる。これからも気を引き締めて、がんばってもらいたい」
「はっ!」
今度のお辞儀は机を警戒してゆっくり。
イルミが吹き出し、また空気がゆるくなったのを境に閣下も優しい表情へ戻る。糸目なので、眉でしか判別つかないが。
「それと、これも渡しておこう。僕直通の連絡番号だ。こっちはミチ姉の。寝てない限りはビデオ通話が繋がるから、何かあったら相談して」
「そんな、閣下! 私のような一士官に、過分なことでございますわ!」
「まぁまぁ。警備不備のお詫びと思って。これで手打ちにしてチョーダイな。僕を安心させておくれ」
「そういうことでしたら」
「一応言っておくが、世間話でかけてくるなよ」
ふふ、女の嫉妬は見苦しいわよ?
優越感を感じるシルビアだが、副官が連絡先持ってないわけがない。
「あとは、そうだね。やっぱり宿舎は危険だから。悪いけど、元帥府内の宿直室で寝泊まりしてもらえるかな?」
「お気遣い痛み入ります」
校長に「ほとんど人がいない」と言われているので、たいした損ではないだろう。命あっての物種、素直に安全を優先するべきである。
しかし彼女にとってはそれ以上に、
まさか、かっかっ閣下と一つ屋根の下!? 一足飛びで※※※〜!?
舞い上がるシルビアだが、閣下が別で官邸持ってないわけがない。
要件も終わり執務室を辞したあとの廊下。
勘違いでふわふわしているシルビアの隣、リータも胸の勲章を
昨日は優秀な士官候補生越えて戦闘マシーンだったが、こうして見ると年相応。
「改めて、リータ。昨日はありがとう。あなたは命の恩人よ」
「どういたしまして」
向日葵のような笑顔も年相応。
「それにしても、すごい反射神経だったわね。ナイフの抜き打ち、自分がかわすだけじゃなくて、私まで避けさせて」
「や、そもそも警戒してましたし」
「え?」
人差し指を立てるリータ。
「だって道案内が途中の中庭から合流なんておかしいし。そのあとも左手は緊張でギュッと握って大きく振って。なのに右手は開いてあんまり動かさない。抜き打ちしようって雰囲気丸見え」
「なるほど……」
年相応と思えば、今度は勲章と推薦生に恥じぬ片鱗を見せる少女。
改めて、癒しとしても相棒としても。
自らに必要不可欠だと再認識するシルビアであった。
「立派なのねぇ。助かるわ」
「たとえ何度襲い掛かられようと。私がお守りするのでお任せください!」
「何度も襲われるのは勘弁したいわね。それと」
自然とシルビアの顔が俯く。
「ねぇ、やっぱり。昨日会ったばかりの私に、どうしてそこまでがんばれるの? たしかに、あなたの帰る場所になるつもりなのだけど」
ありがたいことではある。
が、孤児の心の隙間につけ込んで、
どうしても懸念が拭えない。
「まーたそーいうことを」
対するリータは、両握り拳を顔の横へ持ってきて「むん!」
「なんか理由が欲しいなら! 『私たちは一緒に危険を乗り越えた』、今日からそれが理由です!」
「そう……、そう、ね!」
きっとこの気持ちを受け止めるのが、自分にできる最大のことだろう。
シルビアは少女を抱きしめた。
そんな運命を誓い合った二人に、波乱のイベリア勤務が迫る。
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