第34話 セナ家のカーチス

 やはり名門だけあってか、セナ一族の屋敷は皇国の首都にあった。

 ただ、庭も広く外装もオシャレ、豪邸には違いないが。


「ふふ。もっとお城か宮殿か、テーマパークみたいなのでもイメージした?」


 入港するため、徐々に高度を下げる『私を昂らせてレミーマーチン』。

 眼下に見える建物は、遠目にも小ぢんまりしていた。


「いえ、さすがにそこまでは。でも、八人兄妹で暮らすには少し?」

「八人はさすがにウチでも規格外だよ。でも、宇宙軍に入れば艦隊勤務。高級将校になれば公邸ももらえる。正直持ち家は小さくていいし、『それぐらい出世しろ』ってこったね」

「へぇー」


 名門ならではの家訓。

 シロナも、その時はそうとしか思わなかった。






 煩雑な手続きを終わらせ、港所属の軍人が運転する車の後部座席へ。

 本来一端いっぱしの階級でなければ乗れない送迎車。秘書扱いで乗るたび、シロナは場違いさに震える。

 いつか慣れる日は来るのだろうか。

 ……相応しいだけの出世をするとかいう考えはない。


「あ、そうそう。一応ウチも格式ある家だからさ。粗相したらシングルモルトの21年もので殴られるよ」

「ひゃっ!?」

「いつもの具合でヘニョヘニョしてたら。ま、気を付けな〜」

「お、降ろして〜!」


 ちょうど自分の格について悩んでいたところ。送迎車が護送車に思える少女だった。

 まだこっちの方が相応しさはあるかもしれない。






 車酔いとは関係ないところで吐きそうなシロナだが。

 車は無情にもセナ家の塀に横付けされる。


「ほら、降りなよ。散々『降ろして』って言ってたじゃん」

「タイミングが違う!」

「まったく、犬の予防接種かよ」


 シートへ子犬にカーチスはため息。


「ま、いいか。向こうにも別に『婚約者連れてくる』とか言ったわけじゃないし。うん。来ないなら来ないでもいいや。そのまま艦まで帰りなさいな」

「えっ」


 急に突き放されると、なんだか寂しい。


「軍曹ありがとう。また明日の10時、お願いね。手間賃はワインセラーから」

「恐縮です! リースリングのうまいやつで!」

「モーゼルの貴腐にしてやろう。じゃ」

「ま、待ってください〜!」


 運転手と話を済ませ、門の向こうへ行ってしまう閣下。慌てて追いかける彼女はまさに犬。


「今の態度はない!!」

「いやぁ。無理矢理絶叫マシーンの待機列に入れられたみたいな顔してたから」

「セナさまが脅かすから!」

「ごめんごめん。せいぜい殴られても灰皿だから」

「ひぃっ!」


 軍隊でのし上がるにはな性格の悪さを堪能しつつ。


「わぁ……」


 上から見た時は小さいようにも思えたが、人目線だとやはり豪邸。

 勢いでついてきたが、やはり足がすくむ。


 カーチスが玄関をノックしたら、緊張で跳ね飛んじゃうかも。

 もうそのまま逃げちゃおうかな……。


 そんな往生際の悪い考えに頭を巡らせていると。


 ノックするより先、玄関の方が勝手に開いた。


「ピャッ!」

「静かに」


 その向こうには、若見えメイクだけど口紅だけ真紅な30代っぽいメイド。


「カーチスさま、お待ちしておりました」

「ただいま」

「お元気そうで、何よりです」

「カトリンも」

「そちらの方が?」


 カトリンと呼ばれたメイドの視線がシロナへ。


「そう。連れの」

「あっ、しっ、シロナ・マコーミックと申しますっ!」

「ってことで、一晩お世話になるね」

「少しでも寛いでいってください。お部屋もきれいにしてありますよ」

「ありがと」


 一旦メイドと別れると、カーチスはニヤリと笑った。


「一流料理人ってほどじゃないけど。ま、航海中よりはうまいもん食えるよ。材料新鮮だし」

「はぁ」


 それは楽しみなような、マナーとかが心配なシロナだったが。






「ついに元帥か!」

「やったなカーチス!」

「さすがセナ家の人間よ!」

「おまえは一族の誇りだぞ、カーチス!」

「じいさまの英才教育の成果だな!」

「ヴァルハラで喜んでおられるでしょう!」


「せ、狭い……」


 兄妹、両親、親戚。さすがに揃い踏みではないが、それでも人数が多い。

 近くで見ると大きいが、やはり大豪邸ではないサイズ。リビングにテーブルを置けば、立食形式にしてもである。


 唯一救いと言えるのは、人が多すぎて誰もシロナのマナーなど気にしていないこと。

 まぁそもそも主賓カーチスがいるのだから、こちらに注目するのもおかしいが。

 その主賓はというと、


「『カーチス』の名に恥じないな!」

「そうですね。一安心です」

「これでセナ家の名もまた上がる!」

「よいことです」

「じいさまだけでなく、一族で手塩にかけたからな!」

「ありがとうございます」


 結構適当というか、そっけなく流している。本来なら「もうちょっと盛り上がれよ」とか言われそうなものだが。

 みんな無礼講で、しこたまワインを飲んでいる。気付かないようだ。

 なんならシロナの存在が気にされない理由も、大部分はここだろう。

 逆に言えば、


 セナさまは酔えてないのかな。退屈そうだな。


 未成年だから飲んでいない、話し相手がいなくて暇な少女。自分と同じようなことが目に付いたり。

 かといって集団の中に割り込む勇気もなく。

 ローストビーフを狙い撃ちしながら遠巻きに眺めていると。


「カーチス! これからも武功を上げるのだぞ!」

「セナ家こそ皇国一の武門の家柄であると知らしめるのだ! それが『カーチス』の名を持つ者の義務だ!」

「セナ家の者として、コズロフに負けるなど許されんぞ、カーチス! もちろんあのバーンズワースとかいうやつにもだ!」

「とにもかくにも! 皇国のため、セナ家のため! これからも尽くしてくれよ、カーチス!」

「カーチス!」

「カーチス!」



「カーチス!」



「あ……」



 少女はまた別のことにも気がつくのだった。

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