第118話 愛と友情と、「それとこれは別」と
「それにしても、一般テロリストじゃなくてVIPさまとはな! こんなところになんの用かな!?」
「ちょっと欲しいものがあってね!」
状況はシルビアの思考が回るのを待ちはしない。
「へぇ! お偉いさんが人も
「買うぅ? 心外だな。返してもらいにきたのさ!」
「何をかな!?」
すると、返事より先に。
壁の影で少しだけ首を傾けたカーチャ。
角度的に、シルビアからは顔が見えるようになったが。
果たして閣下は彼女の方を見ていた。目が合う。
一瞬だけ、耳を抑え目を固く閉じるジェスチャーをする。
シルビアが、言わんとされていることは理解しつつ脳内で文章化はするまえに、
「12時はとっくに過ぎたかんね! お姫さまを、ガラスの靴以外は返してもらおうか!」
カーチャが放物線を描いて何か投げる。
それが何か、パッと見で分かる人物はそう多くないだろう。
しかしアンヌ=マリーは。
動体視力ではなく、目の前のリータがハルバードを手放してまでとった姿勢で察する。
「
瞬間、目を閉じていても網膜を焼かれるような光。耳を塞いでいても鼓膜を膨らませるような音が。
長い。異様に長く感じる。
実際はバンそのものより、ダメージの余韻が長い。
ガードはできても、経験がないシルビアには耐性がない。
経験はあっても、予測していなかったジャンカルラとアンヌ=マリーには準備がない。
そうだろうことくらいは、シルビアにも想像できた。
きっと、今カーチャとリータあたりは自由自在に動いているのだろう。
なんだか婉曲な物言いばかりだったが、自分を奪還しに来たのだろう。
だが、一番の目的がそこだとしても。
そのうえでやることはやるだろう。
そこまでのことも、彼女には予想できた。
次の瞬間とった行動は。
理論的選択なのか、咄嗟の意思なのか、混乱の不可解か、誰にも分からない。
ただ、事実として。
シルビアは周囲が見えないなりに、必死にアンヌ=マリーに飛び付いた。
そのまま、後頭部を打たないよう庇いながら押し倒し、覆い被さる。
まるで、リータやカーチャからの攻撃への、盾になるように。
「なっ」
と呟いたのは誰だろうか。
それを他の人や言った本人が理解するより先に、彼女の大声が響く。
「待って! もうやめて!!」
誰かが動いているのか。見えないし聞こえないが、関係ない。
それすらも音圧と心で止めてしまおうかというように。
シルビアはアンヌ=マリーを守るよう抱き締めて叫ぶ。
「私の大切な人たちで争わないで!! 殺し合わないで!!」
しばし、驚くほど静かになる空間。
ロビー方面での騒音も、逆に耳に届かなくなるほどの
「シル、ビア。さま……」
最初に音を取り戻したのは、リータだった。
視覚と聴覚が平常値に戻ったシルビアに、ガランともゴワンともつかない音が届く。
やはり拾いなおしていたハルバードを、手放して石畳の地面に落としたのだ。
続いて、ジャンカルラが花壇の影から立ち上がる。
直立するまでは銃口を、立ち止まったカーチャへ向けていたが。
ため息一つ、首を少し傾けると。
拳銃を尾骨あたりのホルスターへ収める。
それを見つめていたカーチャも、大きく開いたシャツの内側へ左手を突っ込む。
「シルビアさん」
最後にアンヌ=マリーが、彼女の頬に手を添えながら起き上がる。
そのまま上体を起こすと、背中へ手を回し抱き締め返す。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「本当?」
「えぇ、もちろん」
彼女は優しく微笑んだ。
「友だちでしょう?」
「えぇ、大親友よ……」
シルビアがおずおず周囲を見回すと、
リータはムスッとした、いつもの『不服だが言うことは聞く』顔で
カーチャはいつもより何割増しか、困った様子の半笑いで
ジャンカルラは呆れつつも、「まぁ知ってたさ」という表情で
静かに彼女を見守っていた。
「みんな」
「さ、いつまでも固い地面にいるものでもないです。お尻が痛い」
シルビアがアンヌ=マリーに手を引かれ立ち上がると。
カーチャが仕切り直しというように一歩詰めてくる。
「バーナードちゃんの意思は尊重するし、まぁ私らも救出に時間かかったんだ。いろいろ事情はお察しするけどね」
リータは真横まで歩を進めた。
「さすがに『だから同盟に残る』とは言わせませんよ」
「それは」
シルビアが少し口ごもると、アンヌ=マリーがリータへ一歩。
「それは承服しかねます。彼女は皇国から我々『地球圏同盟』へ亡命してきた要人です。あなた方へ引き渡すことなどあり得ない」
「亡命だと?」
カーチャの左眉だけがピクリと動く。
「彼女は同盟側のスパイに拉致され、その後生死不明になったとレポートを受けている。貴様らの仕業ではないか」
「それを今回、広報サイトの写真で生存が確認されたから、こうして救助に」
「おぉ嘆かわしい。その程度の認知でシルビアさんを引き取ろうと言うのですか。これでは安心して任せられない。隣人を見殺しにするなど、主はお認めにならないでしょう」
「なんだと!?」
「ロカンタンくん」
「くっ!」
カーチャとリータも硬い口調になっている。
今二人は、立場ある軍人として、政治的会話として、公式見解を述べているのだ。
そのうえで。
そういえば彼女らは、全てを知っているわけではないはずなのだ。
「ま、待って!」
「どうしたのかな、バーナードちゃん」
シルビアに向けられる口調だけは優しい。
逆に疎外感がある彼女は、できるだけ簡潔に伝えることにする。
「閣下たちは嘘をつかまされているんです! 皇国で私を暗殺しようとしていたやつに! だけど今回のことで、それが誰かも分かったの!」
「本当ですか!?」
驚きのあまり、リータが彼女のシャツを両手でつかむ。
「それで、いろいろ事情が込み入ってて。一応はご好意で亡命ってことになってて」
「なるほどね」
「だからとりあえず、どっちが悪いとかじゃなくて、ね?」
カーチャとアンヌ=マリーの顔を交互に見やるシルビア。
正直問題解決より仲良くしてほしい意図が滲み出ている。
が、そうはいかないほど問題は大きい。
「分かった。詳しく知りたいね。とりあえずルーキーナに戻ろう。そんで黒幕をぶっ倒すんだ。全ての元凶を、バーナードちゃんの
「いいえ。彼女はすでに同盟の一員です。そして皇国よりよっぽど『そうあれかし』と、人権ある日々を過ごしています。戻る理由がない」
「彼女は皇国の人間であり、第四皇女だぞ?」
「それは彼女が選んだことではありません。あなたが申し立てる論拠は全て、彼女以外の都合でしかない」
なんなら悪化しそうな雲行きの会話。
困ったシルビアがオロオロしていると。
ふと、ここまでずっと離れた位置で、腕組み押し黙っているジャンカルラと目が合った。
きっと、あまりにも縋るような目をしていたのだろう。
彼女はやれやれと首を振ると、
「おい」
その場から動かず、静かに力ある声で割り込んだ。
「なんだよ『赤鬼』」
「ジャンカルラ、あなたも言っておやりなさい」
どこか
彼女は数秒、シルビアの顔を真っ直ぐ見据えた。
それから、肩肘の張っていない声を溢す。
「行ってしまえよ、皇国に」
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