第63話 アーモンドとピスタチオ

「こいつなら今朝、バーリー川で浮かんでいたそうだ」


 翌朝。軍関係者が宿舎にしている『ホテル・ヘンリエッタ』の五つ星スウィート。

 元帥閣下コズロフの個室なのだが。

 今はシルビア、バーンズワース、カーチャ、リータ、クロエ、ケイ。大人数が詰めかけている。

 だというのに、ベッドの数以外はまったくキャパシティ不足を感じさせない。

 そんな五つ星スウィート。


 そこの無駄にでかいテーブルへ、やたら広いソファに詰めて。

 シルビア以下淑女3名は、コズロフに昨日の青年の顔写真を見せられたところだった。


「いやっ」


 温室育ちに聞かせる話ではない。

 クロエは小さい悲鳴を上げ、ケイの胸に顔をうずめる。頭を撫でてやる彼女の方も、顔から血の気が引いている。


「確かにヤツは、『ジョンソン卿』と言ったのだな?」

「はい。閣下」

「そんなやつはおらん」

「えぇ!? そんな」

「へぇ。参加者全員把握してる人はいないだろうとは言え、大胆な嘘をつくやつだ」


 バーンズワースからすれば独り言だろうが、それを切っ掛けにコズロフの意識が向く。


「まぁ、ここでこいつに頓着したとて、死体が真相を吐くわけでもない。捜査は順次進めるとして、それより今できる建設的な話をするべきだ」

「言えてる」


 頷くカーチャ。

 ちなみに配置としては、長方形のテーブルの長い辺に3人掛けソファが二つ。

 窓側には向かって左からシルビア、ケイ、クロエ。

 その正面、ドア側には同サイズのソファにコズロフ一人。

 彼の右側にバーンズワースがデスク用の椅子。カーチャはその奥の少し離れた位置で、二つあるうちの使われていないベッドに。

 リータはシルビアの後ろで起立。


「卿らを呼んだのは他でもない。バーナード大佐について、どう対応するかだ」


 元帥閣下揃い踏みで自分の話をされるのだ。嫌でもシルビアの背筋せすじが伸びる。

 悪い話をされるでもあるまいに、ケイとクロエも心配そうに顔を覗き込んでくる。


「以前も似たような事件があり、その時は……」


 コズロフはチラリとクロエを見やる。

 彼女はというと、微笑んではいるが「?」なご様子。


「……黒幕がいる、明確な『暗殺』だった」


 彼女には真実が知らされてはいない。少し配慮した言い回しになる。


「今回も『下手人が消された』ということは、だ」

「『消すような黒幕がいる』と考えるのが妥当ですな」


 バーンズワースが腕組み、鼻からため息。


「じゃあ、バーナードちゃんには悪いけど、安全確保まではお籠りしてもらうとして」


 カーチャが両膝を人差し指と中指で、ピアノ演奏のように叩く。


「ホテルも居場所がバレてると見て、移しますか?」

「いや」


 元帥のリーダー格たる男は、首を左右へ振る。

 と、そこに


「あのー。その話、私らは聞いちゃっていいので?」


 ケイがおずおずと手を挙げる。

 軍事機密的な話になるのでは、と気にした面もあるだろうが。

 それ以上に、話が大変そうなので解放してほしい気持ちもあるだろう。そもそも青年に関する事情聴取が終わった時点で、彼女らへの要件は完了している。


「まぁ、殿下らから話が漏れるとは思わないが」

「軍隊としてのメリハリ、かな?」

「ミチ姉呼んで送ってもらおう」

「あだ名ですでにメリハリがない……」



 同じホテル内にいるイルミが来るまで、そう時間がかかることもなく。


「じゃあね、お姉ちゃん」

「早く全て解決して、笑顔で再会できますように」

「えぇ、必ず」


 二人が部屋を出たあとで、話が再開される。


「で、バーナード大佐がホテルを移るべきか、という話だが。それには及ばないだろう」

「下手なところに隠れるより、軍関係者が詰めているこちらの方が安全、と?」


 カーチャの左眉がピクリと上がる。『半笑い』の口角といい、顔の半分だけが器用に動くものである。


「いや。それもあるが、一番は」


 コズロフは小さく首を振ると、リータに視線を合わせた。


「私、ですか?」

「うむ。『ロカンタン中佐といつも一緒』というのをアピールしておきたい」

「失礼します。ルームサービスです」

「誰だよ、こんな時にコーヒー頼んだのは」

「僕だよカーチャ。緊張すると喉渇くよね」

「ヒットマンだったらどうすんだよ。紛らわしいな」

「カリカリしないの。君には笑顔が似合うんだから。半笑いのね。今開けまーす」

「あの、閣下。私とリータについてなのですが、今さらアピールというのは?」

「うむ。以前卿がシーガー卿に命を狙われた時だ。エポナからシルヴァヌスへ秘密裏に移っただろう」

「こちら、ロックアイスとミックスナッツでございます」

「おいテメェジュリ公、酒じゃねぇか」

「誰もコーヒーなんて言ってないよーん」

「卿ら、聞いているのか?」

「あ、そうだ。水差し一杯、お水もらえる?」

「お持ちいたします」

「常温でね」

「おぉ、それならゆで卵も二つほど持ってきてくれ。今朝食いそびれた」

「承知いたしました」

「プロレスラーかよ」

「あの、コズロフ閣下?」

「あぁ、すまん。話が逸れたな」


 わちゃわちゃと地の文に付け入る隙を与えぬ電撃戦も一段落。

 ルームサービスを見送り、バーンズワースが席へ戻るとコズロフも座りなおす。


「卿の言うとおり、これが強盗ではなく誰ぞの刺客なら。今さらアピールすることはないだろう。二人が常から行動を共にしていることは知っていようしな。今回の襲撃とて、ロカンタン中佐が不在のタイミングを狙ったとも見れる」


 バーボンへ手を伸ばすコズロフ。

 戦闘中や会議中。『梓』からすればあり得ないことだが。

 やはり白人のアルコール耐性は違うのかもしれない。そういう問題ではないと思うが。


「だが、それでも印象付ける」

「というのは」


 彼はボウルからミックスナッツを取り出す。

 クルミ二つ、アーモンド、ピスタチオがテーブルクロスに並ぶ。

 クルミが等間隔に並べられ、真ん中の一つにアーモンドとピスタチオが添えられる。


「繰り返しになるが。以前の襲撃ののち、卿らは追撃を逃れるために」


 アーモンドとピスタチオが、コズロフから見て右のクルミへスライドさせられる。


「別方面艦隊へ雲隠れした。今回も順当に考えてそうすべきだが、一度使った手でもある」


 バーンズワースの手の中で、ロックアイスがカロンと鳴る。

 ベッドの上で腕組みなカーチャの左眉が、スッと険しくなる。

 元帥両名だけあって、話の先が読めたのだろう。


「そこで」


 そんななか、アーモンドだけが摘み上げられ、

 左のクルミへ戻される。



「ロカンタン中佐をシルヴァヌスに残し移籍することで。向こうに『卿も移籍していない』と誤認させるのだ」

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