第184話 呪い

 皇国の建国記念日は9月9日となっている。

『実際に体裁が整ったのがこの日』という説もあれば、吉日を待ったとも言われている。

 覚えやすいゾロ目にしたとか、一桁の数字で一番大きく縁起がよいからという者も。

 とにかく諸説ある。


 結論、休日にさえなってくれれば、誰も由来など気にしないということである。






 さて、そんなに扱われる一大事が、もうじき一ヶ月後の8月4日。


 式典の責任者であるケイは、惑星ディアナにいた。


 式典とはいうがホームパーティではない。

 9日である由来は不明なファジーさでも、『国家主導で立派に祝えるか』は政治活動である。

 ノーマン政権にとって、かなえ軽重けいちょうを問われる勝負なのだ。


 そのため内容は複雑を極め、準備や予行は多くの時間を必要とする。

 だからケイはこの時期から動いていたし、今も1分1秒が惜しい多忙さなのだが。


 それでも彼女は、最前線の星でアフタヌーンティーを嗜んでいた。

 プリプリ怒りながら。


 これは一種のボイコットであった。


「ノディめ! いつまで経っても、撤回の令もなきゃ謝罪の言葉すらない!」

「そうね。それはそうと、あなた帰らなくていいの? たぶん現場困ってるわよ?」


 正面で諭すのはシルビアである。

 本来なら自分の問題なのに、自分よりいかる妹。

 なので逆に、自分の不安を差し置いて相手の問題を考える羽目に。


「いーんだよ! むしろこのことが解決するまで、私絶対帰らないからね! 聞いてるかノディ!」

「聞いてたら怖いわよ」


 逆にそれが気持ちを紛らわせてくれるのだが。

 メンタルがやられているので、少しでも負担が軽くなるのは重要ではある。


 そんなことを思っている時にかぎって。

 神などというのは、嫌がらせをするものである。


「元帥閣下!」

「また君かカークランドくん」


 息を切らして走ってくる副官を、ケイが少し低い声で迎える。

 邪険な感じでかわいそうだが、前回もこのシチュエーションからの悲報である。

 残念ながら仕方ない。


「で、何かしら」

「は、はっ!」


 が、改めて問われると、彼は明らかに困った様子。

 やはりロクな報せではないのだとシルビアも察する。




「勅命の無視、及び第五皇女の略取監禁により! 閣下追討の勅命が発せられました!!」




「は?」


 それでも。

 身構えてさえいれば、ナイフで心臓を刺されても平気な人間がいようか。


 次から次へと、それも悪化していく内容に。

 彼女は視界が真っ暗になったような、逆に強い目眩めまいで歪むような。

 彼女の理解や言語化を超えた感覚に襲われる。


「第五皇女の、掠取、監禁……?」


 隣で立ち上がり、机に手をついたまま呆然とするケイの呟き。

 それがまた、遠くで鳴っているようにも、頭蓋骨の内側にいるようにも。


「まさか、私が意地張って帰らなかったから……?」

「いえ、決して殿下のせいでは……」

「お姉ちゃん、ごめんなさい! 私が!!」


 机へ倒れ伏すようにして声を上げる妹に対して、


「いえ、いいのよ」


 目を向けられずとも、手で制しつつも。



 どうして? 何故?

 譴責で終わったんじゃなかったの?

 それ以前に。


 どうしてノーマンが私を?


 私たちは一緒に戦って、がんばって、仲間なんじゃなかったの?

 そして私たちは勝ったんじゃなかったの?


 なのに、まだ戦うの?

 内乱が続くの?

 どうしてなの?


 何故私は戦い続けなければならないの?

 人から敵として疎まれ、狙われ続けなければならないの?



 ひたすら、気が遠くなるばかりだった。



 それにしても、彼女の嘆きのとおり。

 どうにもシルビアには、次から次へと敵が湧くというか。


 ショーンにしろ、コズロフにしろ、ノーマンにしろ。

 皆進退や判断を間違っては、彼女を苦しめよう滅ぼそうと立ち塞がる。

 時には今回のように、思考が飛躍したり、愚かとも言える発想をしてまで。


 しかし、それこそが。

『悪役令嬢に転生する』ということの、真の恐ろしさなのかもしれない。

 敵が多いとか、暗殺の脅威があるとか。そんな分かりやすく、目に見えるものではなく。

 まるで操るように。引き摺り込むように。



彼女を破滅させようとしてくる』こと。



 それが、砕け散るために作られた存在の、宿命なのかもしれない。






『元帥シルビア・マチルダ・バーナードを追討せよ』

『罪状は反逆罪と第五皇女の略取監禁である』


 この皇国中の耳目を騒がせ、特に軍人たちの心胆寒からしめた青天の霹靂を。



 皇国宇宙軍上級大将・フォルトゥーナ方面派遣艦隊司令

 リータ・ロカンタンが受け取ったのは、惑星ディアナは目前。

 艦長室でくつろいでいる時だった


「なんてこと」


 おそらく皇国で最もシルビアのことを敬愛している彼女。

 この報せは、あまりにも許せざるものだっただろう。

 しかし、


「大佐」

『はっ』


 彼女は素早く受話器を取り、環境へ連絡する。


「申し訳ないんだけど。急ぐ用事ができたので、目的地まで最大船速でお願いします」

『はっ!』

「よろしくね」


 彼女は受話器を置くと、ほうっとため息ひとつ。

 自身の怒りや困惑を発露するより、


「シルビアさま、大丈夫ならいいけど……」


 ここのところ、すっかり参ってしまっていると聞いた自身の運命の片割れ。

 その身を心配する方が先だった。






 果たして8月6日。

 リータがディアナ基地の軍港へ到着すると。


「いらっしゃい! よく来てくれたね! 待ってたよぉ!」


 彼女を迎え出て抱き締めたのはケイのみ。

 他にもユースティティア高官たちの姿こそあれ。


 一番姿を見たかった主人の姿が、ない。

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