第77話 第二ラウンドは唐突に

「差し当たり。損傷が激しいブロックは隔壁を降ろし『処置完了』ということで」

「了解。人的被害は?」

「46名戦死KIA、重傷者52名。軽傷者は20名です」

「3分の1弱が動けない、ってところかしら。ありがとう」

「はっ」


陽気な集まりBANANA CLUB』艦橋内。

 シルビアは艦長席で、沈み込むように座っている。

 背筋を伸ばして報告するカークランドと比べれば、幾分リラックスして見える。

 が、実際は、一息つけないのは彼女の方。


「イム中尉。機関部からの報告は?」

「はっ」


 彼女は振り返らずに報告する。


「ダメですね。出力、エネルギーゲインともに低下したままです。復旧作業は続けているようですが、目処めどが立つかと言われたら、とのこと」

「そう。このままどんどん低下して、航行不能になる可能性は?」

「はっ。お待ちください」


 返事は1分と待たされはしなかった。


「その心配はない、と」


 ベテランの機関長が即答したのだ。太鼓判と見ていいだろう。


「ありがとう。機関員も適宜休息を取るよう周知してちょうだい」

「はっ」

「カルヴィン第二オペレーター。艦載機の損耗と整備状況について連絡を」

「はっ、はいっ」


 彼女のポジションは『艦長』。

 その任務・職掌は艦の指揮・統制。『しかるべく』たらしめること。

 ただのバトルジャンキーではない。

 戦闘に束の間の隙間ができようと。艦がドックに預けられるまでは、常に義務と責任が発生する。


「あなた、射撃部門よね?」

「はい」

「悪いんだけど、ちょっと自販機でコーヒー淹れてきてくれない?」

「了解しました」


 実際はタダなので自販機ではなくドリンクマシーンだが。

 とにかく、物理的な休憩を取れない分、別の要素でのチルアウトを図る。

 と、そこに。


「艦長! 中核艦隊が到着します!」

「お出ましね」


 カーディナル艦隊追撃を切り上げ、二手に別れていた艦隊がランデブー。


「『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』、こちらに接近してきます」

「ジュリさ、閣下自ら!? 艦橋ブリッジ総員! 手が空いているもは起立! 敬礼!」


 人に命じておきながら、周囲が直立不動のなか


 ちょっとこの角度だとジュリさま見えないわね。どこ? こっち?


 などとクネクネしているシルビアだが。


『ビーッ!』


「あっ、あらっ」


 艦長席の無線へ通信が。慌てて飛び付くと。


『やぁ。お疲れさまだね』

「ジュリさま!!」


 大声を出したうえに『ジュリさま』。周囲のギョッとした視線が身体中に突き刺さる。

 リータがいたら「『蜘蛛巣城』のラストシーン」と表現するだろう。そんな古い邦画までカバーしているかは不明だが。


 が、ご存知のとおり、彼女にそんなものは通じない。


「ご無事でしたのねジュリさま!」

『それは僕のセリフだよ。よくぞ無事で』

「はいっ!」


『そして、よくやってくれた。ありがとう』


「ジュリさまあああああ!!」


 今、電話口でイルミがリータの

『いつもなんです。なんでもないんです』

 を脳内再生しているとは、知るべくもないだろう。

 何せ、彼女が腰回りの骨をゴムチューブにしたかのごとくクネる姿。

 コーヒーを持ってきたクルーが青い顔をしているのにも気付かないのだから。

 衝撃。呆然。戸惑い。ドン引き。こんなのが艦長という絶望。

 それらが滲み出ている。


 が、あらゆる人間が心を打ち砕かれるイビル・シルビアにも動じない。

 それが元帥(見えていないというのは多分にあると思うが)。


『だけども、被害もなかなか出た様子だね』

「はっ、はいっ! 申し訳ありません!」

『気にしないで。これは誰でもこうなるよ。先鋒だけで突っ込んだんだから。それでも君は確実に任務を遂行し、最大の戦果を上げた。重ねて言うけど、よくやってくれた。クルーのみんなにも、最大の賛辞を』

「はいっ! 総員! 元帥閣下より直々に、お褒めの言葉をいただいたわよ!」

「おぉーっ!!」


 響き渡る歓声や口笛、拍手、ボーナスコール。

 それらがひと段落したタイミングで、バーンズワースは話を続ける。


『それで言うと、君の艦も手酷くやられたようだ』

「返す言葉もございませんわ。航行こそ支障はありませんが」

『そうだね』


 ガシャ、という音が通話口から聞こえる。

 おそらく彼も、何か氷入りのドリンクでチルしているのだろう。

 なんでもかんでも推しとお揃いにしたいシルビア。アイスコーヒーと指定しなかったことを悔やむが、元帥の話はもっと


『現在、コズロフ総司令より全艦隊に、追撃戦が発令されている』

「はっ!」

『だけど』


 バーンズワースが一呼吸置くタイミングで、彼女もコーヒーを口に運ぶ。


『その分だと、任に耐えるまいね』

「お恥ずかしながら」

『いや、構わない。君たちはがんばった。ミッチェル少将』


 向こうではなんぞ話し合っているのだろう。少し間が空いたのち。


『今日いっぱいの仕事はした、あとはもうお休み、と言いたいところだけど。まだ動くには動けるんだよね』

「はい!」

『じゃあ君には味方の救助活動に加わってもらおうかな』

「了解しました!」

『ある種、戦闘より迅速さが求められるミッションだ。よろしく頼むよ』

「お任せください!」

『では僕らは追撃戦がある。またあとで』

「ご武運を」


 会話が切られると同時。『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』が進発する艦隊の列へ戻る。

 その艦影はぐんぐんと姿を小さくしていく。


「閣下たちは、『サルガッソー』へ向かわれるのですね」


 カークランドがボソッと呟く。

 その言葉の意味は、明言されていなくとも分かる。


「大丈夫よ。事前のブリーフィングのとおり、熱源反応をしっかり見て。閣下たちのことですもの。そこに手抜かりはないわ」

「はっ!」

「総員! これより本艦は戦列を離れ、味方生存者の救助作業に移る!」






 それから何分しただろうか。

 2、3分ということはない。が、やはり一時間も過ぎたことはないだろう。


「『挽歌エレジー』生存者、救助完了!」

「ご苦労さま。医務室に連絡! 重傷者に対するキャパシティを確認して! 『光の軍勢ブライトフォース』にも! こちらより余裕があるなら率先してもらって!」

「はっ!」


 救助活動も、これはこれで戦闘に負けず忙しい。

 また、シルビアが勉強で詰め込んだのは、もっぱら戦闘面。

 副官たちの協力があるとは言え、なかなか苦戦している。

 また輪をかけて、その合間にも


「観測手。前線の様子はどう?」

「熱源に目立った動きなし。まだ戦闘には発展していないようです」

「そう」


 戦場にあるということを意識しなければならない。


 これはそんな時のことだった。


「じゃあ、引き続き観測お願い……」



「艦長!!」



 立ち去ろうとしたその時、観測手の女性の裏返った叫びが響く。


「何っ!?」

「てっ、敵『サルガッソー』内! 味方艦隊の周囲にっ!!」


 観測手にあるまじき行為だが、衝撃が勝ったのだろう。

 彼女は内容を報告するより先に、左手で口元を抑え、右手で画面を指差す。

 覗き込んだシルビアも、思わず口元へ手が。


「なんてこと!?」



「大量の熱源が、急遽! 急遽大量発生!! 包囲されています!!」

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