第78話 受けた傷

「そんな……、逆、だったのね……」


 皇国軍は例の『サルガッソー』を、


『撤退やゲリラ戦をする味方艦隊を隠す。敵の視界を撹乱する』


 ものだと判断し、対策を講じていた。

 が、実際は、


「たしかに、本艦がそうよ。見た目にはボロボロでも、ある程度は行動が可能だわ」

「あれは、残骸の墓場サルガッソーではなく……」



「あれ自体が、偽装された敵艦隊だったのね……!!」



 防御陣ではなく、主力アタッカー。

 味方を守るためのフィールドではなく、殺意の塊。


 伏せ、騙し、引き込み、囲み、確実に殺す、地獄の釜。



「ジュリさま!!」



 瞬間、『サルガッソー』の辺りで。

 緑の爆炎ベルトが広がった。






 2324年1月21日午後17時13分。

 皇国軍カンデリフェラ星域最前線、惑星ルーキーナ軍用ドック。


「右翼艦隊、帰投!」


 中央、コズロフ艦隊に遅れること11分。

 カーチャ麾下が帰投した。


「セナ閣下!」


『サルガッソー』へ突入した艦隊と違い、外で救助活動を行なっていたシルビア。

 一足先にこちらへ帰投したため、準備を整え、迎え入れる役割に徹している。


「『私を昂らせてレミーマーチン』が来たぞーっ!」

「係留、準備ーっ!」


「ふっ……!」


 撃沈されなかったと安心するのも束の間。

 爆発寸前、とは言わないが、なかなか傷だらけの艦体。

 彼女も喉が引き攣る。


 と、待ってましたとばかりに開いた昇降口。

 そこから飛び出したのは、他ならぬカーチャだった。


「閣下!」


 しかし、頭には包帯を巻き、左腕は首から吊られている。


「消火諸々の修復作業は、間に合わせにはやっている! 重傷者の搬出を優先してくれ!」

「はっ!」

「では、元帥閣下もこちらに」

「見りゃ分かんだろうが!! 私は立って動いてしゃべってんだよ!! 先に重傷者を運べってんだよ!!」

「しっ、失礼しました!」


「閣下……」


 よく怒りの表現に『雷を落とす』というものがあるが。

 今の彼女は、触れれば本当に電撃を撒き散らしそうな気迫がある。


 あんな閣下、いえ、怒ってる閣下自体、初めて見たわ……。


 思わず気後れしたシルビアだが、ここで尻込んでいる場合ではない。


「よくぞご無事で!」


 無重力を生かして、一気にそばへ飛んでいく。


「あぁ、バーナードちゃん」


 内心は煮えたぎっているだろうに、カーチャは優しく微笑んだ。

 元帥ともなれば、みんな腹芸は心得ていようが。

 それでも彼女は特別、表情を作るのが上手い。


「君も無事だったんだね。よかった」

「前哨戦で戦列を離れましたので。わっ!」


 隣へ着地しようとしたシルビアだが、カーチャは自ら一歩前へ出て。

 右腕で彼女を抱き止める。


「よくがんばった。お互いな」


 そして、頭をゆっくり撫でてくれる。

 表情を作る以上に、根からこまやかな人物なのだ。

 本当は自分が傷付いた味方を助けなければならないのに。

 恐怖に騒ぎ立っていた心を優しくほぐされ、涙が滲む。


 これではいけない。シルビアは抱き寄せられて顔が見られないうちに目元を拭う。

 そのまま話題を変えてしまう。


「しかし、『ご無事で』と言ってなんですが」

「あぁ。利き腕でね。困ったね。これから報告書やら、たくさん書かんならんのにね」

「頭の方は」

「元から悪い」

「そんな!」


 なんとしても彼女の前では軽い話にしよう、そんな意図が見える。

 歳などそう離れてはいないのに、徹底して庇護しようと。

 これも彼女の生来か、上に立つ者の性質か。


「まさか残骸にギリ動ける艦を、エンジン切って混ぜとくたぁね。手酷くやられたね。ウチも結構食われた。情報は錯綜してるけど、半分食われたところもあるらしい」


 が、数字に出た被害は誤魔化しようもない。

 何より、エゴな話だが、シルビアにとって重要なのは数ではない。


「半分……。その、閣下。リータは」

「あぁ」

「カーチャさま! こんなところに!」


 昇降口から、見たところ怪我はしていなさそうなシロナが飛んでくる。


「艦橋にいらっしゃらないから! 探しましたよ!」


 彼女によって会話が遮られたその時、



「『港町の眺めボルチモアビュー』、帰投! 係留急げーっ!」



「あれはリータの!」

「うん」


 思ったよりは軽傷の艦がドックに姿を現す。

 やはり『回避』という面で、彼女の才能は無類のものがあるらしい。

 実際シルビアが今まで生きてこられたことにも、その要素が多分にある。


「無事なのね!?」

「無事さ。華麗にかわすもんだね。天才だよ」


 小ぎれいな艦橋を見上げるカーチャ。漏らしたはもはや、呆れに近い。


「よかった! じゃあ早速」

「会えないよ」

「えっ」

「その代わり、鼻血吹いてぶっ倒れたらしい」

「リータ……」


 もしくは、その能力に比して非常に弱い体を惜しんでいるのか。

 よくよく『天は二物を与えない』というが。

 実際にはその一物すら、嘲笑いながら奪い去るケースも多い。


「今は眠ってますけど、バイタルは安定とのことです。目が覚めたら会いにいきましょう」

「そう、ね」


 シロナの補足でとりあえずは一安心、だが。

 彼女の懸念はそれだけではない。


 未だ帰投していない左翼、第二艦隊。

 シルビアの思い人であり、今は上司であり仲間である人。


「あの、バーンズワース閣下は」

「『ジュリさま』って言わないんだ」

「あ、はい、まぁ」


 些細な、というか、そもそもそんなはずはないのだが。

 自分が少しでもわきまえない言動をすると、天罰がくだりそうな。

 それが彼を奪い去ってしまいそうな予感がしてしまうのだ。

 今、誰もがセンシティブになっている。


「大丈夫。あいつは平気だよ。真っ二つにしたら二人に増えそうな生き物じゃん。『ミチ姉がアップルパイ以来の火傷をした』ってさ」


 だからカーチャは優しくしようとするのだろう。

 それでも先ほどは怒鳴ってしまうほど、現場は過酷だったのだろう。


「ミッチェル少将、料理下手そうですもんね。で」

「そう、ね。お二人とも生きておいでなら、よかった」


 シロナの脊髄で話すような相槌も、時には心を軽くする。

 シルビアが少し落ち着いたところで、カーチャは元帥として鋭い声を出す。


「人のことを気にするのもいいけどね」

「えっ?」

「今回の戦闘で、方面派遣艦隊司令官クラスを多く失った。陛下のめいで、その多くが集結していたからね」


 彼女はシルビアをまっすぐ見つめる。



「繰り上げても繰り上げても足りないくらいだ。君もこれから、忙しくなるぞ」






 戦闘詳報


 皇国軍

 中央 第一艦隊:1022隻

 損害:轟沈315隻/大破・航行不能148隻 計463隻

 残存:559隻


 左翼 第二艦隊:1003隻

 損害:轟沈386隻/大破・航行不能102隻 計488隻

 残存:515隻


 右翼 第三艦隊:987隻

 損害:轟沈244隻/大破・航行不能140隻 計384隻

 残存:603隻


 総勢:3012隻

 損害:1335隻

 残存:1677隻



『地球圏同盟』軍艦隊

 中央 ゴーギャン/ガルシア混成艦隊:940隻

 損害:轟沈157隻/大破・航行不能106隻 計263隻

 残存:677隻


 左翼 ニーマイヤー/ドゥ・オルレアン混成艦隊:928隻

 損害:轟沈126隻/大破・航行不能72隻 計204隻

 残存:724隻


 右翼 アマデーオ/カーディナル混成艦隊:920隻

 損害:轟沈288隻/大破・航行不能117隻 計405隻

 残存:515隻


 総勢:2788隻

 損害:872隻

 残存:1916隻


 なお、実数不明の『サルガッソー』艦隊は計上外とする。

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