第79話 休んでいる暇はない

 翌朝の9時から、皇国宇宙軍指揮官クラス及び候補が呼び出された。

 シルビアなどはカーチャから意識付けだけはされていたが、


「まさかこんなすぐになんて」


 昨日の今日で昼まで寝ていたい(当然そんなは許されない)ところ。

 7時には急に端末へ通知が来て、である。


 なんなら目ぼしい艦長クラスには片っ端から声を掛けたらしい。

 最初にブリーフィングした時より、作戦会議室への廊下は混んでいる。



 そのなかで、多少は重役出勤が許される元帥クラス。

 バーンズワースとイルミはやや混雑が解消されたタイミングで廊下を歩く。


「背中、痛むかい?」

「えぇ、まぁ」


 昨日の戦闘で『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』もなかなか被害を受けた。

 それ自体は戦闘スタイル的に日常茶飯事だし、また直せばいい。


 ただ、その際彼女は火傷を負った。

 これも、言ってしまえば治ればいいことかもしれないが。


「広範囲ではありましたが、そんな皮膚が剥がれ落ちるレベルではない、と軍医が。膏薬こうやくも塗ってあります。ヒリヒリはしますが、大事ではありません」

「そうか」

「むしろ、嫁入りまえの体に火傷あとでも残ったら。心の方が痛みますね。ははは」


 無駄に大きな笑い飛ばしのあと、コツコツコツと軍靴の音だけが響く。


「笑えよジュリアス」

「火傷痕に、笑ってキスするやつを捕まえたらね」

「……」


 イルミはバーンズワースのを蹴った。


ったいなもう!」


 痛みに関してはにぶくないらしい。

 ちょっとイラッとするが、今回はこれで許してやることにする。


「なんなの……。まぁいいや。それよりね」

「私も閣下と違う艦に乗せられる可能性がある、ということでしょうか」

「よく分かってる。ちゃんと頭に入れといてね」

「はっ」


 ちょうど今の指示を忘れないタイミング。二人は作戦会議室へ到着した。

 以前は広間に捜査本部といったスタイルだったが。

 今回は人数が妙に増えたので、大学の講義室のようなホールになっている。






「リータ!!」

「うわぁうるさい」


 そのホールに響き渡る大声を出すのがシルビアである。

 なんのためにエポナとシルヴァヌスで別れたのか、ご理解いただけない様子。

 もっとも、想定外のアクシデントで目立つ場へ集められた現状。今さらなのかもしれないが。


「無事だったのね!」

「シルビアさまも頭以外は大丈夫そうで」

「せっかくの再会に憎まれ口ばっかり! 塞ぐわよ!? むちゅーって! ムチューッて!」

「エポナはエポナで固まって座れ! あっち!」

「あーん、つれない……」


 昨日の、はっきり言って敗北で気が立っている将兵も多かろうにこの態度。

 大問題である。

 そこに気が立っている代表格(というかいつもカリカリ)、イルミが入室。


「貴様いい加減にしろよ?」

「まぁまぁミチ姉」


 なだめるのはバーンズワース。

 思わず『ジュリさま』と叫びたいところだが、怒られているので遠慮


「ジュリさま!」


 する神経など彼女にはない。

 イルミの纏う空気にピキッとヒビが入ったその時、


「やってんねぇ。コズロフ閣下が来るまでに座んなさいよ」


 カーチャも入室。すれ違いざま肩をポンポン叩いて、電流イライラミチ姉を鎮める。

 元帥二人掛かり(よりは身内と他所の元帥では、さすがに同じ態度は取れない)。

 彼女も諦め、元帥席の後ろへ腰を下ろす。


 同じエポナ艦隊でも元帥は特別席。

 というかそもそも、


「おまえも来てたのか!」

「無事だったのか!」


 誰も艦隊で固まっていない。好き放題座って旧交を温めている。

 ならばとシルビアはリータを見やる。


 が、彼女の左右はすでに埋まっていた。

 明らかに子ども好きの世話好きそうなアラサー女子。

 あと「君くらいの年頃の娘がいてな」とか言いそうな


 諦めてシルビアがその辺に腰を下ろすと、


 周囲がザッと席を立つ。

 彼女も忙しく立ち上がり、周りに合わせて敬礼すると。

 コズロフが入室するところだった。


 コズロフ閣下もご無事そうね。あれ?


 シルビアが見た彼の答礼は、左手だった。






「あれじゃナイフ投げ大会はもう無理かもな」

「なぁに。左で投げるでしょ」

「カーチャも右で何か始める?」

「私は骨付いたら治るし」


 元帥二人がボソボソ喋っているうちに、議長は席に腰を下ろす。

 かくいう軍服の右袖は、中身があるように見えるがと力感に乏しい。

 それを見届けてから、満座が腰を下ろす。


辞宜合じぎあいの前口上はなしにして、本題に入る」


 コズロフの声には、冷静さを保つよう努力している色味がある。

 が、表情と、机に肘を突いて前のめりの姿勢には。

 心情を隠すつもりもない。


「先日の大打撃はもはや過ぎたこと。我々が考えるべきは次の段階、すなわち敵軍の反攻作戦である」


 彼の言葉に合わせて、背後のモニターに数字が表示される。


「見てのとおり、彼我の戦力差は逆転している。やつらも防衛戦をしにきたとは言え、この好機を逃すものではないだろう」


 今まで抑えられていたんだか、いなかったんだか、な怒りに拳が震えている。

 気迫に背筋が伸びるイルミや、居心地悪そうに座りなおすカーチャ。

 なかには気が立っている将兵もいたろうが、それも凍り付く空気感。


「我々は早急に、対応策を講じねばならん。もちろん向こうが仕掛けてくるからには、『サルガッソー』の脅威はない。が、だからといって正面からの削りあいに乗っても、不利は明白である」


 そこに一人の艦長が手を挙げる。度胸があってよいことである。


「おそれながら」

「なんだ」

「どのように当たろうと、どのみち削り合いは削り合いです。ならばこちらから仕掛けるのは? 私は現場で見ましたが、昨日の戦闘で『サルガッソー』は手薄です」


『サルガッソー』の問題は伏兵だけではない。

 浮遊しているただの残骸。これが艦隊の動きを制限してくることにある。

 が、いちいち排除していては、本丸の要塞攻略にエネルギーが足らなくなる。

 よって放置せざるを得ないのだが。


 逆に言えば動かないし瀕死。ひとたび戦闘が発生すると、敵味方の流れ弾ですぐに消え去ってしまう。

 よって現状の『サルガッソー』はスカスカ。先日よりは遥かにチャンスがあるはず。


 が、コズロフは首を左右へ振る。


「そう見えるが、あそこは死体の山だ。新たに食った死体で無限に肥え太る。さらに」


 モニターの映像が切り替わる。

 そこには、


「なんだあれは」

「作業船か?」

「宇宙海賊の追い剥ぎか?」

「いや、同盟だ」

「残骸を、回収している?」


 残された敵味方の艦をレッカーする船の姿。


「本日早朝の映像だ。今はオレの麾下艦隊を派遣して追い払ったが。連中は今も着々とを補強している」



「おぉ……」

「なんと……」


 コズロフの説明で、あちこちからため息や、逆に息を飲む音がするなか。


「ん? あれって……」


 一人呟いた者がいる。



「使えるんじゃない?」



 シルビアである。

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