第227話 信仰の正体

にぶいな」


 ガルシアは『戦士たれビーファイター』の艦長席で唸る。


「それは、エポナ艦隊がですか?」


 ザハが問うと、彼は用心深そうに頷いた。


「あぁ。オレはケリュケイオン、次いでスムマヌスだから直接当たったこたねぇが。『エポナの銀鯱』は嫌ってほど映像見てる。そんなかじゃ連中はいつでも、ゲームのモンスターみてぇな存在だった。視界に入った瞬間襲い掛かってくるって具合のな」

「やはり、満身創痍だからでは? それに現状、いかなエポナ艦隊といえども、勝算は見通せない状況でしょうし」

「いや」


 通常であれば彼我の状況をよく吟味した、非の打ちどころのない観察眼。

 決して慢心ではない。


 が、ガルシアは首を縦に振らない。

 この内乱にあって貴重な同盟側、エポナ艦隊の脅威に晒されてきた人間である。

 皇国同士では知らない視点を持っている。


「捕虜に聞いたこともあるが、何より敵として見てりゃ分かる。やつらは宗教だ」

「宗教」

「そうだ。やつらは『自分たちは戦えば必ず勝つ』っつう信仰を持っている。もはやシミュレーションだとか自信だとか、そういう域じゃねぇ」


 彼は、おそらく初めて映像を目の当たりにした時、こういう顔をしたのだろう。

 その時の感覚をありありと思いだしているのだろう。

 信じられないものを見るような表情で、右の親指を頬へ突き立てている。


「その強さたるや、神さま信じてるアンヌちゃんクラスだ。だから『敗北』や『死』の概念がなく、命知らずの突撃ができる。オレらはそれを見てきた」


 トラウマレベルで刻み込まれた、恐怖の記憶なのだろう。

 やや同盟側の方が神格化している感は否めないが、ザハも過剰だとは思わない。



 皇国軍とて、『赤鬼』の突撃を未だ夢に見る者がいる。



『オルレアンの城壁』の防衛率100パーセントに、ユースティティア赴任が決まり


「オレはもう外征することはない。ゆえに弱腰の烙印を押され、キャリアは閉ざされるだろう」


 と嘆いた者がいる。



『酔いどれおじさん』にやられた『サルガッソー』など、記憶に新しい。



 何より、


 歴戦の猛者がトラウマになるのだ。

 どれだけ言葉を尽くしても、話が盛られることはない。


 だからこそ彼は、その恐怖と感覚を妥当な判断としたうえで。

 指揮官の言わんとすることを考えてみる。


「つまり閣下は、それでも突撃してこない敵には何か罠があると?」

「それはねぇかな」


 しかしガルシアの、同盟側からのエポナ艦隊理解度はもう一歩深いらしい。


「逆に連中はその信仰心ゆえに、突撃以外の策を必要としねぇ。使ったと聞いたこともねぇ」

「では、何がお気に掛かりますか」

「おうキャプテン。どうやらおまえにゃ、『何か不安要素がある』って心配させたみてぇだな」


 しかしそのうえで、彼はニヤリと笑った。

 虚勢でもなさそうである。


「では」

「あぁ、ただ」


 ガルシアの頬に刺さった指が、ゆっくりズレて下唇をなぞる。


「その信仰心が崩れるとしたら、何があり得るんだろうなって思ったのよ」






 一方、宗教ならば大聖堂とも言うべき『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋。


 イルミが振り返った先。

 特定の人物だけが使うことを許される、艦長席直通の艦橋の入り口。

 そこに立っていたのはもちろん、


「ジュリアス!」

「その顔は休んでないな? ダメだよ、ミチ姉はもうお肌に出はじめる年齢なんだから」

「なっ! おまえなぁ!!」


 思わずセンシティブ・ジョークに流されかけたが、そんな場合ではない。


「なんでこんなところにいるんだ! 寝ていないとダメだろう!」

「ははは、風邪引いた子どもみたいな扱いするんだなぁ」

「むしろ風邪だったらいくらでも戦わせるがな!」


 医務室へ突き返そうと手を伸ばすが、彼はすり抜けデスクのマイクを取る。

 やはり傷があるので機敏な動きではないが、確固たる意思のある動き。

 冷やかしで来たわけではなさそうである。


 証拠に、上だけ寝巻きではあるがマントを羽織り下も軍服、頭には軍帽。

 マイクへ吹き込まれる声も、


「艦隊諸君。僕は元帥ジュリアス・バーンズワースである」


 いつもどおりの、飄々とした声。

 傷を堪えて不安を感じさせまいとする、演出された声。


 こんなことをされては、イルミももう何も言えない。


「諸君らが知ってのとおり、僕は現在負傷している。はっきり言って重症だ」


 バーンズワースが艦橋に現れた時、クルーたちはざわついた。

 おそらく今は、各艦のクルーたちにも伝播していることだろう。


「だけど今、こうして元気に君たちとお話ししている」


 そしてそれが、じわじわと勇気に変わっていくことだろう。


「さて。我々は今、敵艦隊の襲撃を受けている。斉射も受けた。言っているに第二射も来るだろう」


 それに応えたわけではあるまいが、


「敵艦隊熱源増大! 第二射来ます!」


 観測手の声が響く。


 対して、こちらは明確に応じたのだろう。

 元帥の声が力強くなる。



「さぁ諸君。まさか棒立ちで受けるのか? にされるのか? 僕はしぶとく生きているのに、君らはあっさり死ぬつもりか?」



「なっ!?」


 その煽りが導く結論に気付き、イルミも思わず声を漏らす。

 が、静止する間もなく、バーンズワースは命令を下す。



「お目覚めの時間だ。突撃せよ」



 瞬間、艦橋内に地鳴りのような歓声が響く。

 おそらくあの艦でもその艦でも、どの艦でも。


 それの勢いを掻き消すように、第二射がエポナ艦隊を飲み込んでいくが、


 もう関係ない。

 眩しさも恐怖も感じない。


 先ほどまでとは別物、激流を遡る鯉のように。

 一心不乱に光へと飛び込んでいく。

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