第226話 痛恨の追い討ち

「思ってた以上だな」


 同時刻、シルビア派別働艦隊旗艦『戦士たれビーファイター』。

 艦長席の横で腕組み仁王立ちのイーロイ・ガルシアは、静かに呟いた。

 彼は食い入るようにモニターを見つめている。


「『半笑い』は負けたってぇ聞いたが。思った以上に敵も満身創痍だな」

「500強の艦隊が、およそ300とのことです」


 隣で捕捉するのは、今やお目付け役以上。

 第二の副官となったザハ大佐である。


「おいおいおいよぉ。それじゃ損害的にゃあ、向こうの惨敗じゃねぇかよ」


 ガルシアが振り返ると、彼は肩を竦めた。


「しかし、こちらはセナ元帥を喪いましたので」

「まぁそれだったらな。戦艦はまた作れるが、天才は作れねぇ。200隻に100増えても勝てねぇときゃ勝てねぇが、『半笑い』一人増えりゃ勝てる。妥当だな」


 と、視線をモニターへ戻すガルシアだが。

 彼とてこんなこと、言わずとも分かっている。

 ただ、敗れたカーチャとここにいる皇国軍人たちへのフォローだろう。


 そこから頭を切り替えるように、彼はデスクへ両手をついた。


「いやしかしボロボロだ」


 独り言のように見えて、実は艦橋内全体へ向けて発している。

 ザハはそう感じた。


「漁夫の利みてぇで気乗りしねぇが。オレぁ亡命して拾ってもらってる身分だしな。雇い主勝たせるためにも、個人の信条垂れてる場合じゃねぇよなぁ」


 少しずつ言葉のボルテージを上げていくことで、聞いている側を鼓舞するのだ。


「だったらむしろ、据え膳てぇことで! ガッツリやらせてもらうしかねぇよなぁ!」


 ガルシアは勢いよくデスクを叩き、声を張り上げる。



「よぉしおまえら! ここでバーンズワースを打ち倒しゃあ! 名誉やら勲功やらもオレらが一番、思いのままだぜ!」


 クルーは艦長に似るのか。

 もともと同盟からついてきた者も、このたび入った皇国の軍人も。

 振り返って彼に熱い視線を注いでいる。



「やるよなぁ!? やらいでか!!」



 瞬間、艦橋の空気がビリビリ皮膚を叩くほどの喚声が巻き起こる。

 その反応に提督は満足そうに頷くと、



「よぉし、艦隊、戦闘準備! 連中一気に叩き潰すぞ!!」



 薙ぎ払えと言わんばかりに、腕を大きく水平に振った。






 ガルシアたちが士気天をく一方。


「敵艦隊、接近してきます!」

「当然、見逃してはくれないよな」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』。

 イルミは苦虫を噛み潰した表情。

 激戦を経て、元帥も負傷し精魂尽き果てようかというエポナ艦隊である。


「閣下!」


 休憩に下がっていた副官代理が艦橋へ駆け込んでくる。


「い、い、い、いかがいたしましょう!!」


 彼の態度が示すとおり、絶望的。

 もはやどうしていいものか分からない。

 それはイルミとて、多分に漏れずそうなのだが。


「落ち着け」

「し、しかし!」

「深呼吸して、考えてからしゃべれ。貴様がヘナヘナしていると、クルーにいらんプレッシャーが掛かる」

「はっ!」


 彼女が隣で見てきたバーンズワースは、内心はともかく態度を崩さない。

 何をしようとしなかろうと、常に自然な様子でそこにあった。

 指揮官という存在がよくも悪くも、どれだけ周囲に影響を与えるか知っているのだ。

 これについては、以前シルビアと話した時も、カーチャがそうだったと言っていた。

 だから優秀な軍人の一般論として間違っていないはずである。


 なので彼女も、何はなくとも、虚勢でも。

 動揺だけは見せないよう、必死に背筋を伸ばして振る舞う。


「間もなく敵艦隊の射程内に入ります!」

「アンチ粒子フィールド展開!」


 が、逆にそれだけで戦争に勝てようものなら、誰も苦労しない。


「艦隊、戦闘準備……!」

「閣下!? まさか戦うおつもりですか!?」

「なんだ副官代理! 投降しろとでも言うつもりか!?」

「まさか! しかし、応戦するのはさすがに無謀です! ここは逃げましょう! 三十六計なんとやらです!」

「くっ、たしかに!」


 あまりの状況に、副官代理ですら弱腰になっている。

 何より彼の発言で真っ先に『投降』が頭をよぎったイルミ自身も厳しい。


 だが、何も逃走とて、ただただ弱気な策ではない。

 現実問題として副官代理の言うとおり、敵に対して数でも気力でも劣っている。


 そして、バーンズワースの負傷。

 彼は可及的速やかに設備が揃った場での手術を受ける必要があり、安静第一。

 余計な戦闘で時間を取られたり、振動で傷口が開いたりしてはいけない。


 何よりバーンズワースが大事なイルミである。

 天秤がそちらへ傾きかけるが、


 得てして戦場では、することがコロコロ変わるのはよくない。

 判断が遅いのはもっとよくない。



「敵艦隊、砲撃来ます!!」



「くっ!」

「うわああ!!」

「きゃあ!!」


 結局ロクな身動きを取れないところへ、嵐のような閃光が殺到する。


 そもそもほぼ、何をする猶予もなかったといえばそうではある。

 が、間に合わないなりにも。

 方針が決まっているのといないのでは、攻撃された時の動揺度合いが違う。

 証拠に、アンチ粒子フィールドでほぼダメージを受けない『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』すら。

 クルーたちが過剰に悲鳴をあげている。


「くっ! 艦隊、被害状況しらせーっ!!」


 それを自分自身の焦りによって身をもって実感するイルミ。

 とにかく混乱を収拾すべく指揮を飛ばしつつ、


 ここは多少拠点まで遠回りしてでも撤退すべきか!

 いや、本当にそれでいいのか!?



 私は、私はどうすればいい、ジュリアス!!



 再び脳内にある姿からヒントを得ようと頭を回していると、



「困ってるみたいだね、ミチ姉」



 背後から。

 記憶の映像ではない、現実感をまとった声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る