第141話 楽しそうだね僕たちも混ぜてよ

「いったいどういうことだ!」


稼ぎ頭キルオーナー』艦橋内。

 響くコズロフの怒号に誰も答えられない。

 が、そもそも返事を期待したものでもない。ただの大きい独り言である。


「何故皇国領内に、これだけの規模の同盟艦隊が出現する! 前線監視局ホークアイは何をしていた!」


 怒りと思考ルーティンが混ざったのだろう。コズロフはあごへ添えていた指に歯を立てる。


「連中め。こちらがルーキーナの艦隊を解散させたあとも、ステラステラに残っていたか」


『ガムを噛むと頭が回る』的なあれだろうか。

 同盟軍とどちらを優先的に対応すべきかと、目線を反乱軍に戻した時。

 視線がリーベルタース艦隊に止まり、彼は一つの結論を導き出した。


「リーベルタースかっ!!」

「はっ?」


 副官が振り返るが、彼は副官の方を見ずに怒りの声を上げる。



「バーナード少将め! どうせこの戦いに負ければからと、全艦隊を引っ張ってきたのだ! おかげでリーベルタース方面は留守番もいない無人の! そこを連中は、誰に足止めされることも報告されることもなく! 一気にここまで突っ切ってきたのだ!!」



 やはり艦橋最上段の最前線にいたコズロフだが。

 さすがに少しよろめきながら艦長席へ。

 そのままデスクに思い切りゲンコツを叩き落とす。



「やってくれたな! 軍人としてあるまじきことを! 高官にもなってだな!!」






 動揺は何も、追討軍艦隊だけではない。


「閣下!」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。

 イルミの大声に、椅子へ深々座るバーンズワースはゆったり手を上げる。


「まぁ落ち着きなよ、ミッチェル少将」

「は、はっ!」


 ミチ姉と呼ばれないだけで、いかに真剣なのかが伝わり黙る。

 自分のチョロさにますます閉口する彼女へ、元帥は冷静に声を掛ける。






 それはこちらの元帥も。

私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。

 艦長席のデスクで頭隠して尻隠さずなシロナを、カーチャは笑って引っ張る。


「まぁまぁ、出ておいでって」

「はははは、早くあいつら沈めちゃいましょうよ!!」

「逃げ腰なんか攻撃的なんかどっちかにしな」


 彼女は引っ張り出すのをやめ、北風と太陽的に優しい声を出す。


「落ち着けって。この距離まで来て、問答無用で仕掛けてきてないんだよ?」

「え? じゃあ、味方?」

「そら知らん」

「ヒイィィ!」


 ますますデスク下へ潜り込むシロナ。

 何故かカーチャは一転、笑ってその尻を軍靴で押し込む。


「だからまずはさ、何しに来たのか声明を待とうじゃないの」






 一方、現場を混乱の渦に叩き落とした同盟艦隊。

 そのシルヴァヌス艦隊旗艦『戦禍の娘カイゼルメイデン』艦橋内。


「提督! 『稼ぎ頭キルオーナー』と皇国軍新型と見られる艦より通信要請! 国際チャンネルです」

「ま、そうだろうね」


 デスクの上で腕組みのジャンカルラは、無線へ声を掛ける。


「ってことだけど。僕が代表で答えていいのかな?」

『一応こっちにも掛かってきてるぜ』


 返事をしたのはガルシアの声。


『もうこの際、全艦シグナルを繋ぎましょう。コズロフも新型艦も、その他の皆さんも。全員に聞いてもらった方が早い』


 続けたのはアンヌ=マリー。

 その意見にジャンカルラも電話口で頷く。


「よし、じゃあそうしよう。だから答えるのも僕が代表ってわけじゃなくて、連名で」






「通信、繋がりました!」

「よしっ!」


 エレの報告を受け、無線の受話器を手に取るシルビアだが。

 彼女が質問するより早く、別の男の声がスピーカーより流れる。


『こちらは皇国軍艦隊司令、イワン・ヴァシリ・コズロフである』


「あら? もしかして、他の艦とも繋がってる?」






『ごあいさつどうも。こちらは皇国軍シルヴァヌス……』

「卿らの名乗りは不要だ。把握している」

『なんでぇなんでぇ』

『意外とお行儀の悪い人なんですね』


稼ぎ頭キルオーナー』艦橋内。

 気を取りなおし、また仁王立ちのコズロフは唸るように低い声を出す。


「マナー違反はそちらの方だ。このような場に割り込んできおって」

『おっしゃる意味が分かりかねますなぁコズロフ閣下』

『あぁ、そもそも戦争という行為自体が、主と人類へのマナー違反とおっしゃるなら』

『ほー、そりゃあスバラシー人権意識だぜ』

『Alléluia Alléluia』

「愚弄するな!」


 冷静に振る舞っても相手を付け上がらせるだけらしい。

 ならばと彼は声を張り上げる。

 相手も歴戦の提督。威圧になるとは思わないが、多少真面目には会話してくれることだろう。


「我々は今、皇帝に叛逆した謀反人どもを誅するべく戦端を切るところだ。つまりはバーナード皇家の問題である」

『知ってる。ニュースで見た』

『新聞で読みました』

『大衆食堂のばーちゃんに聞いた』


 どうやらまだピーチクパーチク煽ってくるつもりのようだが。

 いちいち気にしていてはキリがない。

 彼は話を進めることにする。


「卿らの行為は、そこへ横槍を入れることに他ならん! これは立派な政治介入である!」

『戦争までして政治介入ごとき批判されてもなぁ』

『騎士道精神ですね』

『でもまぁ、そこに関しては心配することないんでねーの?』

「……何?」


 コズロフのリアクションがおもしろかったのか、それともやはり小馬鹿にしているのか。

 クスクスと女子二人の笑い声が漏れ伝わったあと。

 ジャンカルラは一度気を取りなおすように深呼吸し。

 それから、まるで子どもへ言い聞かせるように語る。


『僕ら同盟軍が皇国領へ侵攻するのに、なんの問題がありますやら』


「……なるほど。この戦場も、そうしてだと」

『そこで君らに殴りかかるのも、何もおかしいことはない』

「よかろう」


 コズロフの手の中で、ミシッと無線機が音を立てる。

 減らず口が止まらないというのなら、


 物理的に、本体丸ごと叩き潰すまでである。



「ならば掛かってこい! その反乱軍にも劣る程度の兵力で!!」

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