第140話 迷ったら飛ぶしかない

「あいつらをいち早く追い払いなさい!!」



「艦隊! 敵艦隊へ一斉射! 岩礁には当てないように!」



 シルビアとリータが駆け付けると、






「閣下! 敵艦隊、こちらへ接近!」

「ふむ。意外と早くこちらの思惑に気付いたか。もうしばらくは『撹乱できている。小惑星帯に陣取った甲斐があった』とひたるかと思っていたが」

「『決戦はまだ避ける』とのことですが、撤退いたしますか?」

「いや」


 コズロフは敵が現れてむしろ、ゆったり艦長席へ腰を下ろした。


「向こうのフィールドの中で撃ち合いをしたくないだけのことだ。外から砲撃が届く位置まで来てくれるなら、問題もなかろう」

「しかし、全ての岩礁がそうではないとは言え。弾除けになるものは多くあります。現状はまだ、撃ち合いは不利かと」

「それでもだ」


 彼はタンブラーのコーヒーを啜る。

 戦闘中に脳へ糖分を送る指揮官は多いが、彼の飲むコーヒーは苦い。


「どうせ次回には学習して、最初から前面に艦隊を配置し妨害してくるだろう。同じことだ」

「では現状、多少の被害は」

「必要経費だ。数でまさっているのだ。ケチケチするな。むしろ連中にも、だ」


 タンブラーを余裕たっぷりの動きでデスクへ置くコズロフ。

 もし普段は砂糖入りのコーヒーだったとしても。

 今日に限ってはブラックだったことだろう。



「邪魔立てするなら、貧乏なりに経費を払わねばならん、と。圧を掛けておこうではないか」



 何せ、状況は彼が支配しているのだから。

 脳に糖分を与えるまでもない。






 かといって何時間も撃ち合いはしなかった。

 一時間あまりも砲撃戦を展開すると、追討軍艦隊は悠々と引き上げていく。

 その砲撃戦とて、向こうは小惑星破壊の合間合間である。


 よって、シルビア派は被害少なく、効率よく相手を撃ち続けられた。

 決して大被害を与えたわけではなくとも、レースで言えば有利な結果なのだが。


「徒労を、感じるわ」


 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。

 コズロフの背中を見送るシルビアの呟きは、戦闘を生き残った安堵ではなかった。






 翌日はシルビア派も対策として前線を上げたが。

 それもコズロフの予想の範疇である。

 戦闘の内容としては、まるで昨日の焼き直し。

 目まぐるしい戦場が常だったシルビアには、艦長席の尻の座りが気持ち悪い。

 もちろん焼き回しだけあって、被害も疲労も少なくて済むのだが。



「リータ」

『はぁい』


 その夜パソコン通話をすると、少女の顔はくたびれていた。

 手応えのなさによるフラストレーション。ジリジリ削られるプレッシャー。

 精神的なバランスを取るのに苦労するのだろう。


 よく、ないわね。


 これではいざ決戦までにメンタルが保たない。






『打って、出るか』


 それは元帥たちも感じていたらしい。

 翌朝の会議。画面越しのバーンズワースは方針転換を提案した。


『しかし、危険なのでは?』


 すかさず指揮官の一人が不安を口にする。

 それに答えるのはカーチャ。


『でもこのままじゃ、どのみち裸で決戦だからね。それなら、ねぇ。脱がされるのと脱ぐのは違うんでね』

『それに、小惑星帯がなくなってから衝突して押し負けた場合。一時立て直しに逃げ込む場がありません』


 リータも小さく頷き、続ける。


『実際そうなるかは別にしても。精神的余裕は結果を左右します。もちろん背水の陣ということもありますが、閣下の言うとおりでしょう。韓信かんしんも敵の注文で河を背にしたのではありません』

『よし』


 武勲ある二人の賛同を得られたのだ。

 バーンズワースは会議ではなく指揮へ移行する。



『各艦隊、前進せよ。小惑星帯を抜けたところで敵を迎え撃つ』



「はっ!」






 かくして、


「来たわね」

「今日こそ生きて帰れないかもな……」

「辛気臭いこと言ってんじゃないわよ!」

いてっ」


 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。

 シルビアに指揮棒で叩かれるカークランドだが、彼の気持ちも仕方ない。

 何せ、



「これでも、結構削ったつもりだったんだけどね」

「4,255隻対3,071隻、ですか。削ったのは削ってますがね」



 なお絶望的な兵力差を、今までと違い壁もなく、しかも本気の殴り合いで。

 それを告げる雲霞のごとき大軍が、モニターいっぱいに広がっているのだから。


「へっ! オレからすりゃあ、ようやくドライブテクニックを発揮できるってモンよ! ずいぶん待たされたぜ!」

「ほら、あんたも『J』を見習いなさい」

「オレもチリコンカン主食にしようかな……」


 おそらく『悲しみなき世界ノンスピール』以外でも。

 各艦でこのようなやり取りがなされていることだろう。

 素直に不安を口にしたり、ジョークにしたり。






 それとこちらは対照的か。


「思ったより、いさぎよく出てきたな」


 戦艦『稼ぎ頭キルオーナー』艦橋内、今日も腕組み仁王立ちのコズロフ。


「しかし、こちらとしても臨むところですな」

「もちろん。有利不利もあるが」


 彼の笑みは、気を紛らわせるジョークではない、腹の底からの興奮。


「オレ好みの展開だ」


 今はもう、ぎこちない動きしかできない右腕。

 今ばかりはリミッターを外したかのように振り上げられる。



「待たせたな、誇り高き皇国軍人よ! 逆賊を叩き潰せっ!!」



 まさか味方のはずの者たちとの殺し合いで高ぶるとは。

 その罪の味すらスパイスかのように、賽を投げようというその時。



「げっ、元帥閣下!」



 邪魔をするのは申し訳ない、という遠慮すら吹き飛ぶほどの声。

 コズロフがそちらへ目を向けると、


 観測手が青い顔でこちらを振り返っている。


「どうした」



「レーダーにっ! レーダーに感ありっ!」






「レーダーに感あり!」


 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。

 こちらも同じ報告がこだましていた。


「なんですって!?」

「9時方向より艦隊!」

「新手!?」


 まさか、追討艦隊がもう一つ編成されたとか!?


 一気に背中一面、汗で湿り出すシルビアだが。

 続く言葉は、それを全てね飛ばすほどの衝撃だった。



「シグナルは、同盟艦隊です!!」



「同盟艦隊!?」


 シルビアの驚愕の呟きを無視し、観測手は次々と情報を放り込んでくる。


「数は、1,000……1,500ごひゃくは越えるものと!」

「当艦隊は左翼だ! 正面はある程度右翼フォルトゥーナに任せて、同盟艦隊を警戒しろ!」


 状況を咀嚼するのがトップの役目なら、そのあいだのをするのが副官。

 カークランドの指示が飛ぶが、交差するようにまた次の報告。


「ネームドの固有サインを複数確認!」

「複数だと!?」

「これだけの大艦隊なら、そりゃそうでしょうね!」


「スムマヌス艦隊旗艦『戦士たれBe fighter』! シルヴァヌス艦隊旗艦『戦禍の娘カイゼルメイデン』! ユースティティア艦隊旗艦『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』!」


「なんですって!?」

「そいつらは!!」






「よう、おまえら。楽しそうじゃねぇか」



「神罰デリバリーだテロリストども」



「御足に接吻せよ さもなくば主は怒りを放ちて、なんじらは道に滅ぶでしょう」






「イーロイ・ガルシア、


 ジャンカルラ・カーディナル、


 アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンです!!」

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