第139話 初戦、否、0.5戦

 2324年4月26日15時15分。

 コズロフ率いる追討軍艦隊が動きはじめる。


 後世の歴史家には、『この戦いから皇国の、宇宙の運命が変わった』とする者もいる。

 それほどのスペースオペラ開幕の序章は、時計がゾロ目での開演。

 そこに『神のイタズラ』を感じ身悶えるミリタリーマニアもいるとか。



 ディープな界隈の常識はさておき。

 軍学校でも使われる名著『大戦史:完全版』によると、初動はこう。



「艦隊前進!」


 間合いを詰めにいくコズロフに対し、



「諸君、ホラー映画と同じだぞぉ。恐怖で飛び出したやつから死ぬと思え」

「さぁて、今回ばかりは仕掛けないよ!」


 両元帥以下は、小惑星帯の奥にて待ち受ける構え。



 これは現存する両陣営の戦闘詳報で確認されている。

 両方からいくわけではないので、時間があったことだろう。

 そのかん、どのようなやり取りがあったのだろうか。






 戦闘開始からしばらく。

 反乱軍前衛左翼、リーベルタース艦隊。

 戦艦『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。


「らしく、ないわね」

「はっ?」


 シルビアの呟きを、カークランドは律儀に拾う。

 独り言なので深掘りする必要はないのだが。

 戦場ではいろんな物言いが意味深に聞こえる。副官が「気になって集中できない」となるのもよろしくない。

 彼女は応じてやることにした。敵はまだ小惑星帯の入り口にすら来ていないのだから。


 そう、まだ、入り口にすら来ていないのだ。


「言っても、私も『サルガッソー』攻防戦くらいしかイメージはないんだけど」


 腕を組むシルビア。左手の人差し指が、落ち着きなく二の腕を叩く。


「コズロフ閣下って、もっと『乾坤一擲!』な感じの人じゃない? なんか、ジリジリ詰めてくるのはらしくないな、って」

「まぁ、状況に応じて使い分けるものでしょう。皆が皆エポナ艦隊ではない」

「そうよ」


 彼女の腕組みが、両肘を抱き寄せるような形に変わる。

 じっとしていられないのか、身震いの予感か。


「あの剛直な人が『応じて』『使い分けて』。それだけの考えがあるのは、怖いじゃない」


 あまりに部下の恐怖心へ繋がるようなことは言えない。

 が、腹の内で温めておくと孵化してしまい、自身がパニックになりかねない。

 そう思えば、それとないリアクションで引き出したカークランドは優秀な副官だろう。

 シルビアが艦長としてありがたみを噛み締めていると、



「敵艦隊、エネルギー反応! 砲撃、来ます!」



「なんですって?」


 少し信じられないような内容の、観測手の声が飛んでくる。


「敵艦隊の位置は!? もうそこまで詰めてきたの!?」


 彼女は思わず艦長席から立ち上がる。

 しかし、対する声は冷静。


「いえ、位置は……こちらからも、向こうからも射程外です! まだ小惑星帯に入ってすらいません」

「はぁ?」


 困惑するシルビアの横で、カークランドが首を捻る。


「失礼ですが、そこまで騒ぐようなことでしょうか?」

「妙じゃない? 向こうだって熱源レーダーで、そんなところにいないのは分かっているでしょうに」


 副官は「落ち着け」というよう、大袈裟に肩を竦める。


「向こうとて元帥です。『サルガッソー』の反省を活かしているのでしょう。レーダーに映らないよう、エンジンを落として待ち伏せているかもしれない。だからとりあえず撃っとけ、と」


 なんなら多少、「オレにはそれくらい読めるが?」みたいな響きすら感じるが。


「でも、見分けのつかない残骸ならともかく。小惑星帯よ? それも全部が全部、戦艦すっぽり隠せる大きさじゃないわ。そこまで視認性を悪くするとは」

「でもまぁ、やれば安全なわけですから」

「にしたって、エネルギーの無駄じゃない? 時間も掛かるし、いざ艦隊決戦の時に息切れ……」


 と、うだうだ考えていた彼女だが。


「あ」


 脳内でカチリと歯車が合う。



「そうよ! 決戦する気がないのよ!!」



「はぁ? 大艦隊を率いて討伐に来ているというのに、ですか?」

「時間が掛かるけど、最初から掛ける気なのよ!!」

「??」


 要領を得ないカークランドは放っておき、


「イム中尉! リータに! フォルトゥーナ艦隊に繋いで!」

「はっ、はい!」

「リーベルタース艦隊、前に出るわよ!!」

「えぇっ!?」


 待ち伏せ作戦すら無視し、シルビアは艦隊を動かそうとする。

 艦長が無茶苦茶しようとすれば、止めるのが副官の役目。

 カークランドが彼女の視界へ割り込む。


「艦長! どういうつもりなのですか! ご説明いただきたい!」

「なら首を捻らず肩も竦めず聞きなさい! いい!? 向こうの狙いはね!」






 一方、


「『サルガッソー』の真似事かもしれんがな」


 追討軍旗艦『稼ぎ頭キルオーナー』。

 相変わらず腕組み仁王立ちのコズロフの視界には、


 砲撃で破壊されていく小惑星。


「残骸を拾ってくれば再生可能なとは、話が違うぞ」


 元来豪胆な彼が。

 敵艦を沈めることもなく、侵攻も爪先つまさき速度というのに。


 まったく焦れたり不満な様子はない。

 予定どおりにが進んでいるからである。


 かといって、激しやすいわりにもしない男なのだが。

 その様子から感情が読めないのだろう。

 副官が伺うような声を出す。


「しかし閣下。これでは肝心の決戦でエネルギー量が不利になります」


 が、彼は動じない。

 不安を払拭しようとはしてくれないが、揺るぎない。

 彼の体躯と存在感を持ってすれば、それが一番相手を落ち着かせるのだから。


「構わん。その時は一度引き上げればいい。補給して出直しだ」

「しかし」

「エネルギーは補給できるが小惑星は補給できん。こちらがまさるレースだ」


 降ってくる隕石を撃ち落とす、難易度の低いシューティングゲーム。

 そのプレイ画面よりもおもしろくない絵面だが、コズロフはじっと目を逸らさない。


「小惑星帯の地の利で数の不利を補いたいのだろう。なら」


 だが、網膜で光景を見ているのではないだろう。


 彼の脳には、勝利への道筋が浮かんでいるのだ。



「まずはその小惑星を、取り払ってやろうではないか」



 たしかに彼は豪胆豪快だが。

 粗雑な男というわけではない。


 勝利のためには捨て身にもなれるだけであって、

 勝利のために必要なら、地道な作業も苦にならない。


「決戦はそのあとでいい」

「時間が、掛かりますな。いつになるやら」


 副官が呟く。

 彼は別に反抗的なわけではないのだろう。説明されてなお承服しかねる、ということでもない。


 ただ、


「皇帝陛下にましょう」


 そのことを気にしている。

 叱責、いや、他ならぬコズロフの不名誉となり兼ねないことを。


 が、やはり彼は意外に冷静なのだ。


「それより、一度でも『してやられた』事実を作る方がまずい。圧倒的な大義を、圧倒的な勝利で示さねばならん」


 副官が心配しているようなことでは、やはり小揺るぎもしない。


「戦争はいつだって、必要経費を求めるものだ」

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