第138話 皇国の興廃
数日まえのことである。
フォルトゥーナ基地作戦会議室。
「現在こちらへ向かっている敵艦隊ですが。コズロフ元帥麾下ケリュケイオン艦隊を中心に」
16時台の夕方。昼食後の眠くなる時間をパスしてからのブリーフィング。
スクリーン横に立つイルミが、タブレット片手にデータを読み上げる。
「17艦隊、総勢4,471隻。対するこちらは、11艦隊3,166隻」
「彼我1,300……中核艦隊(※)2つ分ってとこか」
※中核艦隊:要所を任され、周辺宙域の中核も担う大規模精鋭部隊。
バーンズワースの呟きに、馳せ参じた7艦隊の指揮官が帰りたそうな空気を滲ませる。
「カーチャはどう思う?」
「こちらは中核艦隊がエポナ、シルヴァヌス、フォルトゥーナ。向こうはケリュケイオンと禁衛軍。ま、禁衛は平和ボケも多いとして」
「つまり?」
「スパルタ
「スパルタ算って何?」
シルビアがこそっと隣のリータに聞くと、
「『
「あーあーあー」
ちょうど彼女が聞いたことある時代の映画が返ってくる。リータが古い映画マニアで助かる。
ご存じない人のため端的に申し上げると、
『天下無敵の精鋭がたった300人で20万相手に大暴れする』
という、史実の戦いがモチーフの作品だが。
「逆に、
バーンズワースは前向きに捉えたわけではないようだ。誰かの「そもそも結局スパルタは負けたじゃないか」という声もする。
「はい。そこで、それこそ『
イルミがタブレットを操作すると、スクリーンが切り替わる。
そこには土星の輪の拡大写真のようなものが。
「フォルトゥーナより約71万キロ、小惑星ベルトが存在します。実際は300対20万ほどの兵力差はありませんので、ここに陣取り地の利を活かせば」
「じゅうぶん勝機はある、と」
「はっ。岩礁により艦載機や艦隊の展開を抑制できます」
「擬似『サルガッソー』とも言えるか」
背筋を伸ばすイルミだが。
きっとバーンズワースもカーチャも。この場にいる他の指揮官も。
なんなら彼女自身も分かっている。
当然、シルビアにも分かる。
それでも限度はあるだろう。
宇宙を舞台に光線を撃ち合う機械戦争。
もうスパルタ人のように、個人の練度とパワーで兵力差を埋められる時代ではない。
その不可能を可能性にするしかない。
「ご武運を……」
その翌日には出撃である。
クロエやケイに見送られてのドックは華々しいが、やはり悲壮なものである。
それが彼女らの顔に出るので、
「シルビアさん」
「まぁ、任せておきなさいって」
逆に戦士たちが笑顔で返す。
なんとなく、『特攻兵の写真は笑顔が多い』理由が分かる気がするシルビアであった。
「最悪同盟に亡命すればいいわ。荷物まとめときなさい」
「それ全然大丈夫じゃないじゃん」
「何よ、いいところなのよ? 人は気さくで、ご飯はおいしい」
「はいはい、ケバブはもういいから」
ジョークで送り出してもらうための発言ではあるが。
半分くらいは現実的なプランかもしれない。
「だとしても、その時は必ず一緒ですよ?」
「分かってるわよ」
最後までクロエは心配そうであった。
そして今、2324年4月26日15時3分。
シルビアが『
「レーダーに反応あり!」
観測手の声が響き渡る。
「数多数! 大艦隊です!」
「偵察機の計算どおりね」
事前に「あと30分ほどで到達する見込み」と報告を受けていたので、驚きはない。
が、だからこそ急に来られるのとは違う感覚。
慌てふためきつつも、否が応にも状況へ入っていくのではなく。
宣告があってずっとヒリヒリした緊張状態から、ついに到達してしまう瞬間。
ダイレクトにプレッシャーを受け止める重さが、彼女の腹部にのし掛かる。
「警戒体制から戦闘体制へ移行!」
それに押し出されるように、腹の底から声が出る。
「お出まし、ね」
もちろん新たな味方の合流ではない。
それを裏付けるように、
「敵艦隊より通信!」
「回線繋ぎなさい」
『こちらは両殿下追討艦隊司令官、イワン・ヴァシリ・コズロフである』
ついこのまえ聞いた声がする。
が、今回は以前と違い、努めて威圧感を抑えようとする響きを感じる。
ここはケイ・ノーマン派、エポナ艦隊旗艦。戦艦『
『我々は勅命によってここにいる。手向かいすることは聖意に逆らうことであり、逆賊であることに他ならない』
「言ってくれるねぇ。天意に逆らうのはいいのかな?」
艦長席に座り、頬杖を突くバーンズワースは笑った。
「天意も一応、皇帝の意思という意味を含みますので」
対して、隣に立つイルミは真顔である。
ここは反乱軍、シルヴァヌス艦隊旗艦。戦艦『
『すでにシルビア・マチルダ・バーナード。また、それに
「私らそんなありがたいお達しもらってたっけ?」
不良かのようにデスクへ足を掛けるカーチャは、目深な軍帽のつばを上げる。
「もらってないけど、そこに割り込んでメチャクチャにしちゃったんで……」
隣のシロナの手は震えている。
が、金属製キャンディボウルの内側はビロード。カチカチ音を立てることはない。
ここはシルビア・マチルダ・バーナード連盟軍、フォルトゥーナ艦隊旗艦。戦艦『
『が、他の者に関してはそうではない。このたび参戦した両殿下派の指揮官に告ぐ。今この場で武装を解除し投降するならば、全ての罪を不問とすると。皇帝陛下はお約束なされている』
「ん? シルビア・マチルダ・バーナードに両元帥。ナチュラルに私
ホットミルクティーでパサパサの栄養バーを流し込んでいたリータ。
ワンテンポ遅れて自分の扱いに気付く。
「バーナード少将に含まれているのでしょう。ご不満ですか?」
「いや」
椅子に座り直した彼女は、やや好戦的な笑みを浮かべる。
「私たちはセットなので。俄然やる気が湧いてきますね」
ここは追討軍、ケリュケイオン艦隊旗艦。戦艦『
「元帥閣下」
「うむ」
艦長席がある、艦橋の最上段。
その最前列で腕組み仁王立ちのコズロフに、副官が耳打ちする。
「敵艦隊、動きがありません」
「だろうな」
自ら投降を呼び掛けておきながら、彼の表情は少しも動かない。
どころかあっさり、モニターへ背を向けてしまう。
「こうなることが分かっていても、信じる義に殉じた連中だ。今さらこの程度で小揺るぎすまい。もしくは背中から撃たれることを恐れているかは知らんが」
そのまま彼は艦長席へ腰を下ろすと、
「ならば、本懐を遂げさせてやるまでのこと」
静かに、唸るように呟いた。
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