第137話 新たなる力

「これ、ですか?」

「そう。覚えてる? シルヴァヌスでさ。ちょうど『赤鬼』に勝利して、年末年始カピトリヌスに行くまえの話」


 カーチャの半笑いが、さらに少しニヤリと動く。


「あの時『もうすぐ竣工する』って言ってた新鋭艦。あれがね、君が同盟へ行ってるあいだに届いたんだ」

「あぁ、そんな話もありましたね」

「リーベルタースにはロカンタンちゃんのふねで行くっつってたからね。あとで送ろうと思ってたんだけど、事情が事情だから持ってきちゃった」

「で、隣のがロカンタン中将の」

「私のもあるんですか?」

「ははは!」


 バーンズワースは愉快そうに少女の肩を叩く。


「君も方面派遣艦隊司令官だ。いつまでも『港町の眺め』普通の艦長が乗るのと同じってわけにもいかないでしょ?」

「そういうものですか」

「実際はそうでもないんだけども」


 あまり響かない返事を肯定するように、ニヤリと意地の悪い笑みが帰ってくる。


「前回の戦闘で、我々は多くの指揮官クラスを失った。君はそこに現れた超新星、若きアイドルだ。みんなに希望を与えるプロパガンダプロデュースをしなければならない」

「なるほど」

「こっちはルーキーナへ届くまえに君のフォルトゥーナ行きが決まったからね。じゃあ任地へ直送ってことになって。というわけで今、両名に受領してもらおう」

「はっ!」

「はっ!」


 背筋を伸ばすシルビアとリータに、バーンズワースは数度頷く。


「威勢のいい返事だ。EXなこいつらを任せるにふさわしい」

「特別製ですか」

「そう。まずバーナード少将のは頑丈さが売りでね。装甲のコーティングとは別で、試作アンチ粒子フィールド発生装置を搭載している」

「アンチ……?」

「早い話、今までは皮膚の硬さで喧嘩してたのが。こいつはいざという時に防弾チョッキを着れるってこと」

「はぁ」


 そこだけ聞くとだが。

 カーチャは小馬鹿にするようケラケラ笑う。


「でもこいつがクセモノでね。バカデカいジェネレーター、バカデカいモーターが必要になる」

「なるほど。それでバカデカい艦体になった、と」

「コストもね。だからまだ、こいつ自体が量産する価値を問われてる、試作型なんだ」

「まさか、これを私にくださったというのは?」

「無茶な突撃をする女だ。こいつの防御力を試験するのに、これ以上の命知らずはいない」

「ナチュラルにひどい」


 どうやらご厚意に見せかけてモルモットだったらしい。


 だが、それだけなら運用データが欲しいはず。

 シルビアなどは一時期生死不明、実質死んだと思われていた存在ですらある。

 本来なら彼女がいないうちに、他の誰かが拝領しているに決まっているのだ。



 わざわざ、取っておいてくれたのね……。



 しばらく艦隊決戦がないのをいいことに、生きていると信じて。

 目頭が熱くなったシルビアは、誤魔化すように話題を変える。


「リータのも同じなんでしょうか?」

「いや、ロカンタンちゃんのはね。基本は同じなんだけど別バージョン。アンチ粒子ホニャホニャを積んでない」

図体ずうたいだけですか?」


 小柄なリータがこの発言は、批判性が高く聞こえる。


「あのへんとか見てごらん」


 バーンズワースは彼女と同じ目線までしゃがみ込み、艦体をあちこち指差す。


「いろいろブースターが付いてるだろう? あの艦は上がった馬力を運動性と機動力アップに注ぎ込んでるのさ。カタログ上は軽巡と追いかけっこや戦闘機の巴戦ドッグファイト、曲芸飛行ができる」

「その例えだと、あんまりいらないスペックのような」

「でも、君の超人的な反射神経を活かすのにだろう?」

「よかったじゃないリータ。私より考えて配備されてるわ」


 シルビアが8割ジョーク、残りはやや恨みがましく口を挟むと、


「ま、バーンズワースくんが『EX』っつったけど。ExtraでExperimentなのさ」


 カーチャが笑って誤魔化した。

 まぁそこは頓着するところではない。

 もう一つ、大事というほどかはさておき、知っておくべきことがある。


「それで、本艦の名前はどのような?」

「あれ? 覚えてない?」


 シルビアの問いに、カーチャはいつもの半笑いで首を傾ける。


「これも去年話したと思うけど。『名もなき新造艦に名前をくれてやる』、君が艦長になって、最初に拝命した任務だぞ?」

「そうでしたわね。何分なにぶんあとの出来事たちのインパクトが強かったので」

「それはあるね」


 バーンズワースはケラケラ笑うと、彼女の肩を軽く叩く。


「乗組員は『陽気な集まりBANANA CLUB』クルーをあげよう。手が空いてるし、彼らも志願している。ここまで運んできたのも彼らだ」

「まぁ!」


 懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。

 今なお新しい配属がなかったということは。

 彼らもまた、シルビアを待っていてくれたのだろう。

 また涙を堪える彼女へ、ありがたいことに事務的な話が振られる。


「それで艦名の方だけど、コードや指揮系統に組み込まなければならないからね。今日明日、遅くても明後日くらいには教えてね」

「何か規定などはありますか?」

「放送禁止ワードと、異常に長いとか発音しにくいとかじゃなければ。ま、ダメだったらダメってお返事くるから、気楽にね」

「承知いたしました」

「慣らしもしとくんだよ? じゃ、私らはこのへんで」


 忙しいなか時間を割いてくれた両閣下。

 その背中を見送りながら、彼女は艦名に頭を巡らせる。


「どんなのにしようかしらね?」

「私はもう、『自分で名前付けるなら』って、ずっとまえから決めてるんです」

「えっ? 本当? 教えて?」

「また今度」

「ケチ〜」


 しかし、すでに決まっているということは。

 リータは自分の中に、以前からずっと抱いている思いを込めたのだろう。


 その方が、戦いにも気合入るってもんよね!


 シルビアもそれにならうことにする。


「ねぇリータ、あなたってフランス系よね? 時々フランスのも使うし」

「えぇ、まぁ。本当に時々ですけど」

「そうねぇ、じゃあ、うふふ」

「なんだ気持ち悪い」






 それから数日、2324年4月21日。


「さて、カークランド少佐。準備はいいかしら?」

「オールグリーン! いつでもどうぞ!」


 正確な時間は不明だが、昼前。


「『J』! 操縦席の握り心地は?」

「実家のドアノブより手に馴染むぜ」


 惑星ルーキーナ、軍港ドック。


「イム中尉。通信機の調子は?」

「いい音質です。普段使いしたいわ」


 その最前列。


「それと艦長。フォルトゥーナ方面派遣艦隊旗艦、『王よ、あなたを愛するI love you, Arthur』より通信。『当艦隊発進完了。リーベルタースも続かれたし』」

「よろしい。では」


 シルビアたちは、最新鋭戦艦の艦橋にいた。


 ついに準備を完了し、こちらへ向けて進発と報があった、皇帝による追討軍。

 その迎撃に向けて出撃するために。



「戦艦『悲しみなき世界Non soupir』、発進します」



 彼女の大いなる野望へ近付くために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る