第136話 皇国軍人総命懸け茶番

 それからは、翌日に両元帥を交えた声明を発表。2日後にはフォルトゥーナ入りというスケジュールを経て4日後。


 午前8時、シルビアとリータは皇国宇宙軍フォルトゥーナ中央基地の食堂にいた。

 目の前には朝食を食べるクロエとケイ。宮殿と違い誰も起こさないので、『寝坊による一時間遅れのスケジュール』を満喫。

 対する二人は朝食を終えているので、コーヒー片手に雑談の相手をしている。


「ドネルケバブはね。ソースが大事なのよ」

「パンケーキ食べてる時にケバブの話されてもなぁ。食べたことないし」

「なんですって、このお嬢さまめ」

「シルビアさまもね」

「あれでしょうか? 『パンケーキ、ハチミツとバターか、生クリームとチョコレートソースか』みたいな?」

「違うのよクロエ。ケバブのソースはそんな簡単な話では……」


 雑談の相手というか、ケバブ伝道師のダル絡みだが。

 そこに


「バーナード少将。ロカンタン中将閣下」


 声の方を振り返ると、そこにはイルミがいた。


「ミッチェル少将閣下」

「閣下はおやめください、中将閣下」

「とるのも、付けられるのも、慣れません。もうミチ姉でよろしいですか?」

「それだけは絶対にダメです!!」


 スピード出世の弊害を、彼女は咳払いで片付け本題へ。


「両元帥閣下がお呼びです。執務室へご同行ください」

「はい」

「じゃあ二人とも、またあとでね」

「次はケバブ以外の話ね」


 二人はイルミの先導で、食堂をあとにした。






 本来はリータのもののはずだが、元帥閣下がおられるので貸出中の司令官執務室。


 そういえば、初めてミッチェル少将に連れられた時は……


 シルビアの脳裏に、今となっては懐かしい記憶が蘇る。

 ノックをしてもバーンズワースが応答せず、



『閣下? 元帥閣下!?』

『閣下! バーンズワース閣下!』

『ジュリアス!!」



 なんてこともあった。

 が、


「閣下、失礼します。バーナード少将、ロカンタン中将がいらっしゃいました」


 イルミはすでに開け放たれている両開きのドアを軽く叩く。


「どうぞ、入って入って」

「失礼します」


 すぐに帰ってきたバーンズワースの招きに応じて執務室へ入ると、


「くそぅ、思ったより味方集まらねぇな? コズロフ閣下、あのツラでみんなのアイドルか? 『コズロフたん』ってか?」

「大丈夫、カーチャ。君の方が美人だよ。そうやって目の下にクマ作ってなきゃ」


 デスクの上で散乱した書類に、複数でフル稼働のパソコンやタブレット。

 ダヴィンチの『最後の晩餐』みたいな距離で席を並べ、二馬力の両元帥。

 スパイラルパーマだったのがボサボサにも見えるバーンズワース。

 歯を食いしばりすぎて、直角に曲がったキャンディの棒が口元から生えるカーチャ。


 多忙どころではないのだろう。

 何回分もの、何層ものコーヒー染みの着いたマグカップ。

 取り替えるわずかな手間すら惜しいと物語っている。

 カーチャと言えばのキャンディボウルも、中身の半分は包み紙だけの抜け殻。ゴミ箱である。

 食べかけのサンドイッチに至っては、デスクのスペース確保のために皿ごと床へ。


 何より、自分たちで呼んでおきながら、すぐにその相手を忘れている。


「閣下」

「あぁ」


 イルミにもう一度声を掛けられ、ようやく意識がこちらへ向く。

 と思えば、


「わざわざ来てくれてありがとう。ちょっと大事な話があってね」

「というのは」

「ま、来てもらってすぐでだけど。向かいながら話そうか」


 すぐに立ち上がり、執務室をあとにする。






 二日まえシルビアたちがフォルトゥーナへ戻った時、基地は大騒ぎだった。

 少なくとも『歓迎! 第六皇子殿下ご一行!』という構えではなさそうな感じ。

 タラップを降りれば。ワチャワチャしていた視線が一斉にシルビアたちへ突き刺さったものだ。

 決して来日したビートルズを出迎えるとかいう雰囲気ではない。

 もっと、敵意や悪意ではないが、腫れ物を見るような。

 命の危険はあるまいが、シルビアも背中にクロエたちの緊張を感じた。わざわざ振り返って確認はできなかったが。



 それが声明を出した翌日には、ますますせわしくなっていた。

 港、ドックを多くの整備員たちが走り回り、軍艦の並びはグチャグチャ。

 次から次へと味方が馳せ参じるので、悪化する一方。

 まるでボウズのお道具箱か、整理員がいないバスターミナル。

 これでもまだまだ、味方は集まりきっていない。

 混雑は加速していくことだろう。


 そんな、朝食も終えてバリバリ働く人の隙間を縫うようにして。

 シルビアとリータは、両元帥に連れられドックを奥へ。厳密には滑走路付近、奥とは逆ではある。

 まだ目的地は先のようなので、シルビアは話題を振ってみる。


「これだけ艦隊が増えて。両閣下の効果バツグンですね」


 やゴマスリではないにしても、明るい話題のつもりだったが。


「いやぁ、どうかなぁ」


 バーンズワースは首を傾げた。


「えっ?」

「たしかに、こっちも続々味方が集まってる。総数は2,000を越えた」

「まぁ」

「けど、戦争は敵とするもんだ」


 彼女の方を振り返ったバーンズワースの顔は、微笑んでいるが目が笑っていない

 と思う。糸目だし。


「問題の敵艦隊。偵察によると、現状で3,500云々うんぬん

「さっ!?」

「こちらの1.5倍以上だね。このペースじゃ皇国宇宙艦隊も、最低限の対同盟残してになるぞ?」

「そもそも、『サルガッソー』の時が3,012だぜ?」


 カーチャが後頭部で両手を組み笑う。


「乾坤一擲の戦争よりお家騒動。個人の欲望でより早く、より多く動員されるんじゃなぁ?」


 続く音は、鼻で笑ったかため息か。


「この国はもうダメかもしれんね」


 これが現場の、戦わされる者たちの声。

 となれば、


「そうならないためにも、我々がショーンを討たねばなりません」


 皇帝を目指す者として、決意をもって返さなければならない。


「そうだったそうだった。お」


 ヘラヘラ笑うカーチャが不意に立ち止まる。

 話しているうちに一行は、ドックの滑走路付近へ来ていた。


 ここにある艦は、もういつでも出発できるレベルのもの。

 修理や物資の積み込みが完了していることはもちろん。

 他より入念なメンテナンスを必要としない、新品に近いものも多い。


 その中にある、一際巨大で、宇宙用迷彩のペイントが艶やかな戦艦。

 バーンズワースが指差した。


「あれだよ」

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