第135話 再会の一息

「兄さんーっ!」

「おぉカタリナ。はしたないよ」


 コズロフが撤退したあと。

 両元帥が両殿下へあいさつに来るということで、シャトルを出迎えると。


 話に聞いたなかでは誰より『しっかり者』のイメージだったカタリナ。

 タラップを降りるバーンズワースを見るなり、お迎えの列から飛び出した。

 今までずっと張り詰めた空気の中を。軍人でもないのに命の危機を。

 必死に乗り越え、クロエたちを守ってきた反動があるのだろう。


 だからこそ、兄も


「でも、よくがんばった。よく殿下たちをお守りした。偉いよ」


 最初こそたしなめたが、しっかり抱き留めて、頭や背中を撫でてやる。


「おーお、お熱いねぇバーンズワースくん」

「やめなよカーチャ、兄妹なんだから」


 カタリナのやらかしをジョークにしてしまう空気の中で。

 シルビアの視界の端で、ノーマンがケイに少しくっ付く。


 ややあってバーンズワースが、後ろに続くイルミから急かされ妹を放すと。

 両元帥はこちらへ歩き出し、ケイとノーマンの前で片膝をつく。

 イルミやいるシロナ他はまだ、タラップを降りた位置で待っている。


「殿下。エポナ方面派遣艦隊司令官、元帥ジュリアス・バーンズワース」

「シルヴァヌス方面派遣艦隊司令官、元帥タチアナ・カーチス・セナ」

「両名、ここに馳せ参じました」

「遅れましたることを、どうかお許しください」


 対するケイは、一歩前へ出てしゃがみ、両元帥の胸に当てた手を取り、


「お立ちになられますよう」


 自身が立つのに合わせて、引き上げる。


「わざわざあいさつに来られて、ご苦労です。遅れたなどとは、とても。むしろ、声明を出してからまだ数日のこと。精鋭の本領を見たる思いです。何も気にされることはありません」


 手を放し、一度自らの胸に添え、それからドレスの裾を摘み、


「むしろ、私たちのために、取るものも取りあえず駆け付けてくださったのでしょう。判断の難しい状況下というのに、それだけの決意で味方になってくれましたこと。心より感謝申し上げます」


 軽やかなカーテシー。


「殿下、もったいないお言葉です」

「ご厚情に応えるべく、力を尽くさせていただきます」


 大人の会話が繰り広げられる一方で。


「本当にシルビアさまって、あの方の姉なんですか?」

「ほほっほほほほ、ど、どうかしらね……」


 自分も皇女のはずの女。リータに半目で見られ、「生意気!」とベタベタもできないクリティカルヒット。

 かと思えば、そのあいだにケイは


「ホントはこういうのは、ノディがやるんだよ?」

「え? ぼ、僕には無理です、姉さま。自信が……」

「男の子でしょ? 皇族の」


 ノーマンの腰をポンポン叩き、すぐにいつもの気軽な調子へ。

 切り替えの早い人間である。


「本当、よくできたよ」


 自身とは関係ないにしても、悪役令嬢の妹とは思えない『梓』であった。

 そんなあいさつも終わったところで、


「では、続きは艦長室にて、お話ししましょう」


 リータが手を差し向け、一行を先導する。






「しかし、いつも別れたと思えば思わぬタイミングで再会することになるな」


 艦長室へ向かう途中の廊下。

 ここぞとばかりの雑談タイム。


「ご苦労かけるわね」


 シルビアはイルミと言葉を交わしていた。

 リータは先頭だし、両元帥はケイやクロエと話している。


「お。同じ階級になったからタメ口だな?」

「いけないかしら?」

「いや」


 イタズラっぽく言われたのでイタズラっぽく返すと。

 イルミは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「ただ、ここまであっという間だったし。初めて会ってからすぐシルヴァヌスへ行ったと言うのに。それでもしっかり感慨深いものだな、と思って」

「ふぅん」


 照れ臭くて思わず気のない返事を返してしまったが。

 シルビアも具体的にどうこう以上に、お世話になった感覚がある。


「そんなんだから『ミチ姉』なのよ」

「おい、どういう意味だ」


 でもやっぱり素直に言えないので、話を変えることにした。


「それにしても、コズロフ閣下がショーン側に付くなんて」

「ショックか」

「当然」

「まぁ、気持ちは分かる」


 大袈裟に肩をすくめるシルビアに対して、彼女は鼻から小さくため息をつく。


「なんにも知らない人ならまだしも、閣下はあいつがどういうやつかご存知じゃない」

「曲がりなりにも皇帝をあいつ呼ばわりか」


 笑うイルミだったが、すぐに表情が真剣になる。


「だが仕方ない。人は義では動かない。コズロフ閣下とて、木の又から生まれたのではない」

「分かってるわよ」

「はっきり言って、バーンズワース閣下とて妹でこちらへ付いたにすぎない。それも、両親と天秤に架けたうえで」

「じゃあセナ閣下は」

「あの人は家族大切にしてない」


「アハハ!」


「うっ」

「ひっ」


 イルミの発言にカーチャの笑い声が。

 向こうの会話で偶然タイミングが重なったのか、聞かれていたのか。当人がこちらを見ていないので不明だが。

 思わず二人は口を閉じ、お目目をパチクリ視線を合わせる。


 その気まずい感じを壊すように、


「それにしても、私も艦長室へ行くんですか?」


 シロナが話を振ってくれた。


「そうよ」

「私なんかが、殿下さま方と同席して……大丈夫かな」

「『さま』は余計だぞ」

「もちろん粗相したら無礼討ちよ。気を付けるのね」

「ひいっ!?」


 安定のシロナ弄りで空気を戻していると、


「えー?、私そんなことしないよぉ?」


 ケイが明らかに、首を伸ばしてこちらへ声を掛ける。

 こちらの会話は全て、前方にも丸聞こえのようだ。

 おそらくカーチャにも。






「今後の展望、どう思われますか」


 艦長室に着き、人数分の椅子が揃うと。

 代表してシルビアが単刀直入に問う。

 対するバーンズワースは頬杖を突いた。


「正直、敵艦隊はどんどん膨れ上がるだろう。『皇帝』という概念への忠誠心とか、反逆者になることへの忌避。でも何よりは……」

「人間死にたくないからね。勝ち馬に乗るでしょう」


 彼と目の合ったカーチャが結論づける。

 人が集まりやすい方が勝ちやすい。だからまた人が集まるという循環構造。

 何より、


「それだけ、皇国軍人にとって『イワン・ヴァシリ・コズロフ元帥』の文字はデカい。彼の体格以上に」


 そのまま彼女が話を引き継ぐ。


「そのうえ、これはパイの取り合いだからね。向こうに味方する艦隊の数だけ、こちらに味方する艦隊は減る。単純に兵力を集めるより、有利不利は倍で進む」


 明らかにケイの表情は強張り、クロエは目が泳ぐ。

 が、不思議と空気がまだ暗くなりきらない。


「つまり、その勝ち馬の天秤をひっくり返せば、ということですね」

「そう」


 シルビアが呟くと、バーンズワースは満足そうに頷く。


 歴戦の軍人たちが冷静に、かつ前向きに物事を見つめているから。

 手詰まりという感覚までは届かない。


「バーナードちゃんの言うとおり。逆に連中は、何がなんでも殿下を討とうと信念を持っているわけじゃない」


 カーチャはデスクに置かれたキャンディボウルを手で寄せ、中身を鷲づかみにし、


「どうしていいか分からないから、分かりやすい『勅命』や勝ち負けに従っている」


 バラバラとデスクへぶち撒けた。



「まずは私たちで声明を出しましょう。元帥二人、とりあえずコズロフ効果には歯止めが効く」



 甘いキャンディで子どもを誘う、と言うように。

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