第263話 許され、生かされている

「お待たせしました! ミスターマクレガーの連絡で参りました、カザンです!」


 運転席の男は味方である証明として、自己紹介をしているが



「メイメイっ! メイメイっ!!」



 クロエはまったく聞いていない。

 それをカタリナが担ぎ上げるようにして、無理矢理車内へ押し込む。


 しかし、それだけ騒ぎ、ものだから、






「おい! あれは!」

「あの目立つ髪! 間違いねぇ、皇后陛下だ!」

「あのメイド、一人でおかしいと思ったが、やっぱり仲間がいたか!」

「皇后を逃そうってか! どおりで門番するわけだぜ!」


 シャオメイへ近付くのもだった襲撃者たちに見つかる。


「追えっ! 逃すな!」


 当然、一番の賞金首とされていることだろう。

 彼らは一気に勢いを取り戻す。

 しかし、


「くそっ! 門が開かねぇ!」

「見ろ! エプロンで結んでやがる!」

「この女! 手間な真似を!」


 できる従者は主人が困らぬよう、退勤後のこともしておくもの。

 苦痛に耐えた置き土産で、その分の時間を稼ぐ。


「おい、無駄弾撃つな! そんな暇があったらあっちを撃て!」


 隊長の指示で、銃口が彼女の頭部からワンボックスへ向けられる。

 しかし、車はすでに走り出すところだった。


「撃て! 撃て! 鉄格子くらい、よじ登れ!」


 急いで追撃に出る襲撃者たちだが、






「わあっ! 今のは!?」

「どこかに当たったようです。陛下、お怪我はありませんか?」

「う、うん。クロエは?」

「メイメイが、メイメイが」

「カザンさん、車の方は?」

「全然走れますよ!」






 数発当たりはしたが、有効打にはならなかったようだ。


「くっ、逃げられた!」


 彼らが門を乗り越え、車道へ出た頃には、


 車は影も形もなかった。


「くそっ!」

「隊長、どうします!?」

「本隊に連絡! 両陛下捕捉! 白の大型ワンボックスで市内を逃走中!」

「他の連中に教えちまうんですか!? せっかくの」

「バカヤロー! 逃しゃあ出来高もパーだろうが! オレらの稼業は手堅く稼ぐの!」

「はっ、はいっ!」


 指揮車を奥のロータリーまで乗り入れた彼らに、追い付く手段はない。






 銃声も遠くなり、


「ふぅ」


 一息つくノーマンだが、


「うぅ、うぅ、ううぅ……!」


 クロエの引き攣るような悲鳴で現実に戻される。

 正直なんと声を掛けていいか分からない彼の頼みは、気心の知れた侍従長だが。


「カザンさん、このあとについてなのですが」

「なんでしょう」


 彼女は後部座席から運転席へ身を乗り出して、別の話をしている。

 ここはもう、まだ気の利いたことも言えない15歳なりに、それでも夫として。

 抱き締め撫でて、泣かせてやるしかない。



 そんな夫婦の様子を、実はしっかり窺いつつ。


「もう少し走ったら降ろしてください」

「えっ!? 何故です!?」


 カタリナは喫緊の問題に取り掛かる。


「たしかに私では信用できないかもしれませんが……」

「そうではなくてですね。この車は先ほど、賊に見られてしまったでしょう?」

「あぁ、なるほど!」

「しかも弾痕を付けられました。我々は相手を政府高官レベルと睨んでいます。これほどの条件があれば、すぐに足取りを特定されてしまう。ちょっとお手持ちの端末を拝借できますか?」

「えぇ、どうぞ」


 カザンが携帯端末のロックを解除し手渡すと、彼女はそれを操作し


「となれば、潜伏先へ直接乗り付けるのは、いえ。潜伏先自体あなたを特定し、そこから探れないとも限らない。変更した方がいいでしょう」


 一点がマークアップされた地図を表示して返す。


「これは?」

「そこに兄の私邸、と言っても、副官に帝都滞在中の宿として与えたものですが。とにかく合鍵のある家があるのです」

「なるほど」

「次の角を左に曲がってください。私たちはそこで降り、歩いてここへ向かいます。あなたはなんとかマクレガー侍従総長に連絡を取っていただけませんか? ここにまた別のお迎えを手配してくださるように、と」

「分かりました。それが一番いいでしょう」


 カザンは頷くと、言われたとおりに角を曲がり、



「中途半端にしかお力になれませんで」

「いえ、お気になさらず。それよりあなたをこんなことに巻き込んでしまって」

「そちらこそお気になさらず。お気を付けて」

「あなたも」


 一行を降ろし、走り去っていった。

 なんでも、このあとしばらくは目立つルートを通って、遠くへドライブするらしい。

 逆に彼女らの行き先を撹乱してくれようというのである。


 言ってしまえば自業自得で内戦を起こしてしまい、多くの人に犠牲を強いた。

 その結果周囲に裏切られ、命を狙われる羽目にすらなっているわけだが。


 そんな一行にも、優しく助けてくれる人が、たしかに存在する。

 人の世は広く、いろんな者同士が許し合って生きているのだから。


 彼女らは去っていくワンボックスのバックドアを少しだけ見送ると、


「さぁ、クロエ。急ぎましょう。みんなが、メイメイだって。助けてくれたことを、無駄にしちゃいけない」

「こちらです」


 路地裏へ姿を隠して進んだ。






「ここが?」

「はい」


 目立つ車から降りても、すぐ近くで潜伏しては意味がない。

 カタリナの先導で何十分か歩き、ようやくたどり着いたのは、


 小さな庭付きのチロリアンハウスだった。


「意外とバーンズワース閣下は、かわいい趣味をしていたんですね」


 人情噺でも聞いたように、ほがらかに笑うノーマンだが、


「いえ、これはミッチェル少将のリフォームですね」

「えっ」


 真実を知った瞬間、何故か真顔に固まり、黙ってしまった。

 何故だ。失礼なやつめ。

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