第10話 不快不可解初任務

 いったん宿舎に戻って荷解き(またすぐ艦に乗るのだが)をし、再度集まる新人たち。


「食堂だと先任士官の目について、余計な入れ知恵を受ける」


 という司令官のお達しにより、決済済みの書類倉庫を借り受けての会議である。


「訓練航海なら士官学校でやったけどなぁ」

「しかしあれは教官たちが手取り足取り、小学生の職場体験レベルだ。サーカスのクマでもできただろう」

「そうよ。士官は自分で判断して動けないといけない。ここで真の素質が問われるのよ」

「うぐっ!」

「どうしたの、シルビア?」


『最低限使い物になるために、生きた検索エンジンにする』

 なんて方針をつい最近提示され、今もさまざまな数字に教科書を丸暗記中のシルビア。

 今の発言はちょっと刺さる。リータは露骨に知らん顔。


 と、そこに


「全員揃ってるな。遠足の『しおり』もらってきたぞ」


 書類の束と大きな巻き物を持った、ジーノ・カークランドが遅れて入室。現状、主席卒業の彼がリーダーということだけ決まっている。


 あまり広くない机に広げられた巻き物は宇宙地図。端が床へ落ちるのも気にせず、そのうえに『しおり』、もとい作戦計画書が並べられる。


「えー、まず大まかに説明すると。一週間かけて所定のルートを航行し戻ってくる、というのが今回のミッションだな」


 机が小さいため、全員は詰めかけることができない。説明が本格化するまえに


「そこ詰めろ」

「あんたデカいんだから後ろ周りなさい」


 が繰り広げられる。


「それ以外特にやスタンプラリーはない。遠足どころかお散歩だ。買い食いするコンビニはないが」


「買い食い」に反応するリータ。食いしん坊なのかもしれない。


「あと基本的な情報として。監督する先任士官は二名。搭乗する練習艦『アドバイス』は退役した駆逐艦。当然士官だけでは運用に人数が足りない。よって最低限の人員も割いてもらえるらしい。喜べ、炊事係はイタリア系だ」

「イタリア系でもチリコンカンは作ってくれるんだろうな?」


Jジェイ』が愛称の身の丈190越えマッチョ黒人、ドノヴァン・Jジョゼフ・ロッホが笑う。


「缶詰くらい積んであるだろう。それより、みんなに見てほしいことがある」


 カークランドは胸ポケットから赤いマーカーを取り出す。少し書類をどけると、迷うことなく地図へ線を引き始めた。

 イベリアからスタートし、意外に大きい楕円を描く。


「一週間となると結構な距離ね」

「それよりもだ」

「『外洋』周りのルートなんですか?」


 軍人にしてはヒョロ長いピョートル・カンディンスキーがメガネの位置を直す。


「そのとおりだ」


 カークランドも頷く。が、


「概要って?」

「マグロ獲りに行くんじゃないですよ」


 シルビアには用語が分からない。リータの補足も『概要』ではなく『外洋』としか伝わらない。

 ロッホが笑う。


「そうか、お嬢さまだから軍隊のスラングは知らねぇか! いいか? 皇国はたくさんの星を領土として保有してるだろ? その周辺宙域と皇国領同士の星間宙域が『内海』、そうじゃねぇのが『外洋』。便宜上そう呼ばれてる」

「なるほど。ありがとう」

「シルビアのためだけでなく、全員への再確認として」


 今度は黄色のマーカーを取り出すカークランド。地図を横断するように線を引き、彼から見て右側に適当な斜線を走らせる。


「イベリアは最前線。当然『外洋』は『地球圏同盟』側の支配星域である場合が多い」

「『地球圏同盟』……」


 これに関しては、シルビアも少し聞き覚えがある。

 確かゲームプレイ時、バーンズワースのルートで『敵性国家』として単語が出ていた。

『地球圏同盟からのスパイ』という設定の攻略対象もいた気がする。『ルートが難しくてクソ重い』という前評判なのでやっていないが。

 そもそも顔が好みじゃなかったし。


「でだ」


 カークランドの地図を叩く音で現実に引き戻される。


「ここ。まだ計算してないから何日の行程になるか分からないが」

「グレーゾーンなぞってるわね」


 切れ長の目が美しくも鋭いイム・エレが喉奥で唸る。


「おいおいおい、マジかよ! 司令官に言って変えてもらおうぜ!?」


 逆にロッホはよく通る声だが、カークランドが首を横へ振る。


「オレも確認取ってみたが間違いないようだ。下士官の昇進先には哨戒艦パトロールの艦長も多い。それを見据えた訓練でもあるらしい」

「なるほどなぁ」


 そう言われると誰も反論できない。正論ということもあるが、今が一番ギラギラしているニューカマーたち。

 出世への意欲や敢闘精神を疑われる発言はプライドが許さないのだ。



 結局その後は時間もないので、役割り決めに集中。

 シルビアは電測部門に決まった。その中でもレーダーと睨めっこして、なんか映ったら報告するだけのポジション。






「ねぇ。今度の訓練航海、どう思う?」


 宿舎にて。相部屋にしてもらったリータは、航海日誌と基地への日報作成係。


「なーんか、変な感じですね」


 士官学校卒業時に贈られた花束で作った押し花を飾りながら呟く。


「支配星域の境界は、侵犯してなくても敵がすっ飛んでくるデリケートな地域です。そこを撫でるのに監督官は先任士官二名」


 シルビアも頷く。


「言ったら悪いけど、艦長ですらないね」 

「他にも機関部門とか。ここに異常があると艦全体の機能に差し障ります。だから管理・点検を行うのはプロフェッショナルでなければいけない。なのに今回はそこも、我々の中から統轄する人員を選ぶことになりました」


 視線がベッドサイドに置かれた教科書へ。


「本来機関長は機関士が叩き上げでなるポジション。私たち士官学校卒の新兵に、ノウハウがあるものはいません。将校を目指し育成する課程で学ぶものではないので」

「つまり」

「異常なまでの『安全性の軽視』。逆に艦長クラスは乗せないなど、徹底した『出血の抑制』。『予防』ではなく。これではまるで」



「重大な事故が起こることを見越し……いえ、起きるように仕向けている?」



 リータも大きく頷く。動きに合わせて、胸元の勲章が光を反射する。

 シルビアの命を狙った事件で得た勲章。



「これは、『ある』と見ていいと思います」



 今回はより難所になる、と。

 悪役令嬢は感じていた。


 なぜならディレクター曰く



“設定だとこのあと、シルビアは”のだから。



 波乱の予感に身を震わせているあいだにも、






 あっという間に訓練航海開始の日がやってきた。

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