第11話 これは映画ではない

VTOL点火!」

「VTOL点火! 艦体、上昇します! 高度10、20、50」

「艦体安定、姿勢制御システムオールグリーン!」

「100、200、250! 60、70、80、90! 300!」

「一番から四番エンジン点火! 練習艦『アドバイス』、発艦!」


 艦橋に響き渡るカークランドの号令一下、巨大な鉄の塊がぐんぐん空を突き破る。


「型落ちの艦だ、衝撃に備えろ!」



 こうして訓練航海が幕を開けた。






「♪オイラは〜銀河の〜アラン・ドロンさ〜 ♪宇宙に〜飛び出しゃ〜恒星太陽がいっぱい〜」

「ちょっと、うるさいわよ。古いし星から遠いしで、ラジオの入り悪いんだから」


 操縦桿を撫で回すロッホに、ヘッドホンを手で抑えるエレから苦情が飛ぶ。


「ラジオってなんだぁ? 人気のレゲエアーティストかぁ?」

「軍放送に決まってるでしょ!」

「おまえあんなシケたもん聞いてんのか?」

「暗号が流されてることもあるでしょ!」

「グッッッモォニーンッ! ヴィエトナァァァァァム!!」

「うるさい!」


 出航から44時間。ここまでは平和だったが。


 訓練航海はまもなく、『地球圏同盟』勢力圏ギリギリに差し掛かる。


 エレだけがピリピリしているようで、実は全員が緊張で吐きそうになっている。ロッホはこういう時黙っていると、おかしくなりそうなタイプというだけ。


「Jのやつ、案外古典映画に詳しいんだな。アメフトか野球しかやってなさそうな感じで。ロカンタンはフランス系だろ? アラン・ドロン知ってる?」


 カークランドも余裕そうに見えて、高所の艦長席を立ったり座ったり。少女とばかり話して、安らごうとしている。

 対するリータの返事は、無言で首を左右へ振るだけ。


 あら。フランスが産んだ大スターなのに。


 意外に思ったシルビアだが、よく考えたら彼女も勝新太郎や三船敏郎に詳しくない。

 それがましてやこの宇宙時代。古典映画と扱われるレベル。

 現代日本人が五代目市川團十郎と言われても分からない感じか。


 そこにリータがこそっと耳打ちしてくる。


「グレゴリー・ペック派なんです」


 単純な好みの問題らしかった。

 人類の宇宙進出から何年後か知らないが、宇宙で生まれ宇宙で死ぬ時代の皇国臣民。

 言うほど『地球へさかのぼると何系』はアイデンティティではないのかもしれない。

 しかしシルビアにはそんな文化人類学より、


「古い役者さん知ってて博識なのねぇ。さすがだわ♡」


 彼女を撫でる方が重要である。

 なお『古典に詳しい』というと知的でハイグレードな感じだが。

 孤児のリータはお金がないので、休日も特に遊んだりせず。

 無料の古典名作チャンネル見るくらいしか、することがなかっただけだったりする。


 と、シルビアも少女の髪の匂いで不安を紛れさせていると、


「シルビアさま!」


 リータがレーダーマップを指差す。

 そこにポツポツ浮かび始める、


 点。



「レーダーに感あり! 数……3隻! 哨戒艦隊と思われます!」



「なんだってっ!?」


 バネ仕掛けのように立ち上がるカークランド。


「方角は10時から11時の方向! 『地球圏同盟』側ですっ!」

「総員戦闘配置っ! 航海士っ!」

「はっ!」


 丸メガネがずり落ちたまま、カンディンスキーがタブレットを差し出す。


「本艦の現在地がここ! 中央の赤いエリアが暫定的な境界線及び接近注意エリアです!」

「よしっ。まだ範囲の外だな。おそらく警戒して様子だけ見に来たんだ。これ以上刺激しなければ平気だろ。J、いや、操舵手! 進路を右に五度変更! 大幅にルートを外れるわけにはいかないからな。それとなく離れていこう」

「了解!」

「先任士官どの。これで問題ないでしょうか?」


 後ろを振り返ると、ゲーミングチェアみたいなのに座った若い士官も青い顔で頷く。


「あ、あぁ。いいと思う」

「ふうっ」


 安心したのか、膝が抜けたように腰を下ろすカークランド。


 しかし、シルビアには違和感があった。


「航海士! そちらの端末にレーダーの情報を転送します! 今一度、艦長と確認を!」

「はっ、はい」


 ほどなくして背後から、



「なっ! まっ! マジかっ!?」



 カークランドの叫び。ザワつく艦橋内。


「どうしたんだよ艦長!」


 代表するようにロッホが吠えると、彼は航海士から端末をひったくって掲げる。



「むしろ侵犯してるのは連中の方だ! 攻めてきてやがるぞ!」



「んだって!?」


 大声が交差した束の間、


「左舷、砲撃っ!」

「うわああぁぁ!!」


 何筋もの閃光が、あわや直撃という位置を通過していく。

 尻餅を突いたカークランドが、喚き散らすように指示を飛ばす。


「逃げるぞっ! 横腹を晒すなっ! 面舵おもかじっ面舵ぃ!!」


 放物線で弾を当てる海の砲撃戦と違い、直線で光線が飛んでくる宇宙での戦闘。

 確かに細長い艦体で、相手の正面に横を向けるのはリスクである。単純に被弾面積が広い。

 そういう意味では、この判断は正しい。

 が、


「敵前回頭!? 危険ですっ!」


 リータの叫びが差し込まれる。

 いくら横腹を隠すためとはいえ。敵が砲撃する最中、ノコノコその場に留まって向きを変えるのはもっと危ない。

 あなたがライフルを持っているとして。飛び回る大鷲と動かない鳩、どちらが当てやすいかという話。


 しかし、少女の提言は間に合わなかった。


 その場で回転を始めた艦体の、艦橋根本辺りを砲撃がかすめる。

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