第12話 起死回生の策

 大きな衝撃と爆音、悲鳴が艦橋内をシェイクする。


「シルビアさま! ご無事ですか!?」

「えぇ、リータも大丈夫!?」


 助け起こされたシルビアの目に映る顔に、今度は庇って負傷した様子はない。


「危ないところだったわね」

「はい。でも結果論、エンジンに当たるよりよかった。逃げ足に影響しません」


 あくまでリータは冷静である。自らも生き残るため、頭を動かさねばと思う彼女の視界にタブレットが落ちている。

 航海士役カンディンスキーか、ひったくっていたカークランドが落としたのだろう。

 素早く拾い上げるシルビア。


「や、やっぱり!」

「ど、どうしたっ!?」


 ヨタヨタ起き上がる艦長を無視して声を張り上げる。


「航海士っ! このマップデータは!?」

「えっ?」

「持ち込みではなく艦内の備品!?」

「はっ、はい!」


 カンディンスキーが、割れたメガネの位置を直す。



「やられた……!」



「何がだよっ!」


 回頭をやめてまっすぐ突っ切りながらロッホが叫ぶ。

 彼女は苦虫を噛み潰した調子のまま続ける。


「私はとにかく、たくさんのデータを頭に詰め込んでいるわ。新米士官として上官を補佐できるよう。そのなかには当然、お互いの勢力圏星域のマップも入ってる」


 リータの顔色が「まさか」というように変わる。



「このタブレットに入れてあるデータは嘘よ……! 境界線の位置がずらされてるわ! 『地球圏同盟』が攻めてきてるんじゃない! こっちが領域を侵犯しているのよ!」

「なんだって!?」

「つまり」


 全員の視線がシルビアに集まる。

 あるいは答えを希望して。あるいは救いある展開を期待して。

 あるいは聞きたくないといった様子で。



「私たちが敵の攻撃を受けるよう、仕組まれていたのよ!」



 彼女の言葉を裏付けるように。

 通信手オペレーターのエレが青い顔で叫ぶ。



「艦長!」

「なんだ!」



「さっきから基地へメーデーを出してるのに、一向に繋がらないわ!」



 シルビアの頭の中に、ロッホの歌がこだまする。

 アラン・ドロン、『太陽がいっぱい』……


 確かあの映画。フィリップは航海中、船の上でドロンが演じる青年に謀殺されるのよね……。



 この状況が読みどおり、彼女の命を狙う二の矢だったとしたら。



 できすぎた皮肉に、笑うことすらかなわない。


 ぼんやりしているところを引き戻すように。あるいは何か起きるまでぼーっとしていたのか。


「艦長!」

「今度はなんだ!」


 エレの、今度はもはや悲鳴。


「3番、4番エンジン、止まります!」

「なんてこった……」

「艦橋への被弾で、電気系統に問題が!?」


 周囲が混乱の底も見えない中、シルビアとリータは頷き合う。



 これも、仕組まれていたに違いない!



 だから機関長も新任士官にやらせたのだ。細工が発見されても、直すのが自分でないとしても。少しでも案件としての処理に手間取るように。

 そのあいだに『地球圏同盟』が攻撃してくればいいのだから。


 その目論みへ応えるように。


「うおあああ!!」

「被弾増加! 危険です!」

「チクショウ! 揺れるぜ」


 直撃はしていないものの、こちらは旧型駆逐艦。掠り続けるだけでも、いつどうなるか知れたものではない。

 本当に直撃などしようものなら。


「艦長! 反撃を!」

「訓練航海の予定だったんだ! 砲を撃つほどの余剰エネルギーはない! そもそも練習艦で勝てるか!」

「もう無理です! 投降しましょう!」

「バカ言え! 噛み付いた犬が言うことを聞くか!? 『おすわり』はもっと早めに言っとくんだよ!」

「イベリア基地! 応答してください! イベリア基地!! ああああ!!」


 これじゃダメだわ!


 シルビアの首筋に、冷たいものが走る。

 前職の徹夜企画会議ではないが、平静を失うと助かるものも助からない。


 ここは一刻も早くみんなを落ち着かせ、一方向へ力を合わせなければならない。



「みんな聞いて! あと少し! あと少しだけ持ち堪えたら! そしたら絶対に助かるから!!」



 祈るような視線が彼女に集まる。


「本当か!?」

「本当よ!」


「アテはあるのか」まで聞いてくる者はいない。そんな余裕はないし、自ら希望に泥を塗るほどの希死念慮もないのだから。



 何より、シルビアには本当にアテがあるのだから。



 しかし黙って「はいそうですか」と言わないのが士官。


「じゃあどうやって持ち堪える!」


 ロッホの言葉は水差しでなく建設的な作戦会議。


 将来有望ね! 必ず生きて帰らせて、ベテラン士官になってもらうわ!


 しかし希望有望があっても現実は変わらない。メインエンジン二基が停止した今、時間稼ぎの方法は……。


「シルビアさま! 相手艦隊の内訳は!?」


 リータの声にハッとする。


 そうよ! 私たちは二人で一つ!


「モニターに映して!」

「はいっ!」


 相手艦隊は3隻。画質は少しよくないが、ここでシルビアの詰め込んだデータが役に立つ。


「『キティサークル』級巡洋艦2隻、『ゴールドファー』級戦艦1隻!」

「装備配置は!」

「『キティ』が艦体上面に粒子砲3基6門、前2、後ろ1! 『ゴールド』が上面6基12門! 4と2」

「Jさん! 左舷VTOLをフルスロットル!」

「なんだって!?」


 基地からの離陸時に使ったVTOLは、艦底の方に地面と垂直に付いているエンジン機構。滑走路がなくとも真っ直ぐ上に飛び立つのが目的である。


「左だけ使ったら、ひっくり返っちまうぞ!?」

「宇宙ならかまいません! それより向こうは、惑星やコロニーへの着陸を前提にしている形式の艦! 艦底部に砲はないので、潜り込めば攻撃が来ません!」

「なるほどな!」

「ちょうど逆さまになったら、両舷VTOLを噴射、y軸をずらします! そこから相手が角度を合わせるより先に、駆逐艦の機動力で距離を取る!」

「あいよぉ!」


 傾き始める艦体。重力発生装置のおかげで、逆さになっても椅子から放り出されはしないが。

 こちらの作戦が成立するまで相手の攻撃が止むわけではない。



「シルビアさま! 伏せて!」



 視界いっぱいにリータの顔が迫ってきた束の間。


 相手の砲撃がまた、艦橋付近へ命中する。今度はより近かったためか、



 一部の床を突き破り、爆風が吹き込む。



「うわぁあぁぁ!」

「きゃああ!」


 悲鳴がかき消されるかと思えば、一瞬でそれらは文章の地獄に変わる。


「総員、無事かーっ!」

いてぇぇよぉぉぉ……!」

「ひっ!? 先任士官どのの首がぁ!」

「う、腕を拾ってくれぇ……」


「うっ、ぐぇっう……!」


 平和な日本で生きてきたシルビアには。いや、大体の境遇では耐えられない光景。

 思わず目をそらす。

 と、その瞬間、彼女はあることに気が付いた。


 自分の視界は爆風が来る直前、リータで覆われたはず。

 なのに今目を開けると、見えるのは地獄。



 リータがいない。

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