第253話 計画を立てたり立てられたりしよう

 そんな美しい主従の想いが交わされている光景を。


 部屋の中央あたり、離れた位置で見ていたシャオメイ。

 胸と目頭が熱くなる思いで微笑んでいたが、


 一瞬


 ピクリと。

 ドキュメンタリーで見る野生のウサギのように、背筋を伸ばし鋭く振り返ると


「あら、シャオメイ、どうし」

「しーっ」


 盛り上がる一団に割り込み、人差し指を立てる。


 何が起きているかは分からないが、言われている意味は分かる。

 満座が緊張とともに押し黙るなか。

 彼女はゆっくり、音を立てずドアに近付き、音もなく一つ深呼吸すると、



 一瞬でドアを開け、タックルのように外へ跳び出した。



 開けてから跳んだのか、跳んでから開けたのか。

 そう思うほどの早技。

 直後廊下から、



「うわっ! 何むぐっ!」



 短い男性の驚く声が聞こえてきたかと思うと、ドスンバタンと2回だけ。軽く暴れるような音がした。

 その直後、


「があっ!」


 男が一人、蹴飛ばされて部屋の中へ。勢いよく床を転がる。

 かと思えばその背中に、シャオメイがプロレスより躊躇なく馬乗り。

「ぐえ」と呻く男の両腕を、メイド服のエプロン紐で縛りつつ、


「ドアを閉めて!」

「え、えぇ!」


 素早く指示を飛ばし、それを受けてカタリナが走る。


「あ、アッカーマンくん! いったいこれは!?」

「この男が廊下で足を止めていました。聞かれたかもしれません」

「い、いててててて!」

「どうしますか?」

「ど、どうしますって」


 侍従総長が困惑していると、彼女は男の髪の毛をつかみ、首を反らせる。

 ちょうどドラマでナイフを持った殺し屋が、喉笛を掻っ切ろうとするような。


「え!? えええええ!?」

「うるさい」


 声を上げる男の口に、シャオメイがハンカチを突っ込もうとすると、



「えっ? あなた、トラウト少尉!?」



皇后陛下もうもうえいぁ!!」


 無理矢理上を向かされた顔は、クロエのよく見知ったものであった。


「あなた、何をしてるの!? いや、何をしてるっていうか! シャオメイ! とにかく解放してあげて!」

「はぁ」


 皇后の指示で彼女が馬乗りをやめると(腕は解かない)、トラウトは床であぐらをかく。


「何を、とおっしゃいますと……そうなんですよ! お耳に入れたいことがありまして!」


 取り押さえられていた時と同じくらいの慌てようになる。


「耳に入れるでしたら、我々の会話は耳に入ったのですか」

「ひっ!?」


 そこへ冷や水をかけるようなシャオメイの声。

 彼女はいつ間にか、万年筆を逆手に握っている。

 なんの変哲もない文房具だが、尖った先端はさっきの今で怪しく光って見える。


「入ったのかと聞いているんですよ」

「すすすすいませんっ! 少し! いや、割と! 結構!」


 その切先(ではないはずなのだが)を頬に押し付けられ、彼は歯を揺らす。


「シャオメイ」

「はい」


 再度皇后の慈悲で解放されたところで、


「そういうわけで、その、えぇ、算段とか」


 トラウトは気を取りなおす。


「えぇ、まぁ」

「でしたら、急がれた方がいいかもしれません」

「それは私たちもそう話してたところだけど」

「そうではありません」

「えっ」


 ここにきて彼は、急に落ち着き払って、

 いや、


 緊張を隠せない硬さで言葉を続ける。




「元老院に、陛下を狙っている者がいるのです」




「なんですって!?」


 部屋にクロエの声が響くが、他に誰かの「なんだって!?」もあった気がする。

 しかし強張ったトラウトは、リアクションが聞こえていないように淡々と続ける。


「先日、元老院バルバリーゴ卿のつかいを名乗る者から、近衛兵団に接触がありまして」

流通管理流管局長が!?」


 侍従総長は驚愕の色を隠せない。

 元老院は老人ばかりだし、彼とて長く宮中に身を置いている。

 立ち場的にもよく知った相手なのだろう。信じられないという顔をしている。


 が、トラウトの表情は悪い意味で動かない。


「はっ。あくまで『遣いを名乗る』であって、事実確認はなされていないのですが。しかし彼の話では、『シルビア殿下への降伏に向けて、9日に陛下を拘束する』と。『その際には近衛にも協力してほしい』とのことで」

「そ、そんな……」


 クロエのか細い声が響く。

 逆にノーマンは何も言わない。

 やはりどこかものなのだと、自責が何も言わせないのかもしれない。

 だから代わりに彼女が感情が吐き出している。


「詰まるところ、先帝ショーンとガルナチョの例にならおうということでしょうか」

「そう考えてよろしいかと」

「くっ! 一度は先帝の側についたことを許された身だというのに! まさか裏切るとは! 信じられん!」

「むしろそれが、よくない成功体験を与えてしまったのでしょう」


 周囲が感情的になっている今、冷静に頭を働かせるのはカタリナである。


「こうなったらもう、バルバリーゴ卿を問い詰め、場合によっては拘束するしかない!」

「お待ちください。両陛下をお逃しするのと同じです。焦ってはいけません。いたずらに行動しては相手を刺激します。もし詰め切れなければ、疑われていると知って何をやも」


 ヒートアップする侍従総長を静かに、しかししっかりと宥める。


「う、うむ」

「それに、バルバリーゴ卿を嵌めようとする動きかもしれません。もしくは氷山の一角でしかないかも。とにかく裏を取らなければ」

「しかし、予定では9日と言うぞ。4日後では何一つ間に合わん」

「だったらもう、阻止するより先に逃げちゃった方がいいのかも」


 話を聞いているうちに落ち着いたのか、クロエも混ざってくる。


「たしかにその方が、確実かもしれません」

「しかしそうなりますと、4日ではあまり遠くまでは根回しができませんぞ」

「とりあえずは近場でもかまわないでしょう。まずは宮中を脱出して、陛下の安全を確保してから。最初から一気に遠くへ行く必要はないわ」

「御意」


 一行が混乱しつつも、なんとか方針は考えられている一方、


「もしもし、ミスタートラウト」

「はいぃっ!!」


 シャオメイがトラウトへ、背後から耳元へ話し掛ける。

 ただでさえビビるアクションだが、それ以上に彼は恐怖を植え付けられている。


「その話を持ってこられた時のことを詳しく」

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