第236話 意味などいらない

『それは……』


 はっきりとした拒絶が響いたあと。

 シルビアから言葉が返ってくるには10秒ほど。

 人の一生で言えば一瞬の長さでも、運命が動く瞬間には長く痛い沈黙を要した。


 それからようやく絞り出された言葉は、


『何故、か、伺ってもよろしいかしら?』


 断られるとは思っていなかった、という雰囲気はない。

 むしろ彼女も分かっていたのだろう。

 だからこそ運命について考え込んでしまうような。


 しかし、答えを求めるシルビアへ、


「何故? 何故と問うのかい? ことここに至って、言葉が必要かい? 我らのあいだに、いったい何が意味を持つ」


 運命は運命。そこに何もありはしないと突き付けるように。

 バーンズワースは何も答えはしなかった。


 しかし、それであっさり引き下がれるほど彼女は聞き分けがよくはない。

 多少のことで折れていられるほど、背負う運命は軽くない。


『意味ですって? たしかに、私と閣下のあいだで何かを意味を持てる時は過ぎたかもしれません。敵と味方として血を流しすぎましたわ。しかし』


 音声の通話だが、イルミにはシルビアの顔が浮かぶ。

 ジュリさまジュリさまと騒ぐ時の顔ではなく、必死に難題と戦っている時の顔である。


 その立派になった姿が誇らしいようであり、

 それがすぐに浮かぶ相手と殺し合うのだと。


 彼女は今さらながら、少し寂しくなった。


『しかしですわ、閣下。私とは関係なく。あなた方がここで無闇に散ることに、逆になんの意味があるのですか。これ以上内戦などという愚かな行為を続けることに、なんの意味があるのですか!』


 イルミはもう一度バーンズワースの横顔を見る。

 今発された言葉の中には、彼女が説得する際に言ったことと同じものが含まれている。

 それを彼はどうのように受け止めるか、答えるのか。

 あの時はなお積極的に戦う意志を変えてくれた。

 では今回は、投降を拒否した考えも変わるのか。


 生きる道を選んでくれるのか。


 運命の答えは、



「バーナード元帥。30分後、我々は貴艦隊へ向けて突撃を開始する。以上だ」



『なっ』


 それに対し、シルビアが明確なリアクションを返すまえに。

 バーンズワースは通信手へ目を向ける。

 言葉にこそしないが、圧で伝わったのだろう。

 彼は慌てて通信を打ち切った。


「ふう」


 一連の対応が終わると、元帥は一仕事終えたように艦長席へ身を沈める。

 が、むしろ全ては今からである。



「聞いたな! 艦隊、突撃準備! 30分後だ!」



 イルミが声を張ると、フリーズしていたクルーたちが一斉に動き出す。

 素早く元帥の指示を通したうえで、彼女は副官として吟味もする。


「しかし閣下。突撃の準備に30分はかかりませんが」

「そうだね」


 バーンズワースの方を見ると、彼はリラックスした様子で天井を見つめている。


「それまでに敵艦隊から先制攻撃があった場合には、いかがなさるおつもりか」

「バーナード元帥は、そんなことするようなタイプじゃないよ。この戦いに勝ち得た先、目指そうが目指すまいが、たどり着く座が皇帝なら」


 あるいは、視線の先に見えているのは天井ではなく。

 彼が血を流しても停滞させておきたかった、勝者による流血の未来なのかもしれない。


「死体も同然の僕らごとき、真正面から受け止める王者の戦いを選ぶだろう。マツモト中将がよく言っていた、『横綱相撲』ってやつさ」

「たしかにバーナード閣下は、妙に日系人じみたところがありますが」


 実はマツモト中将と仲はよくなかったイルミが適当に相槌を打つと、


 バーンズワースはわざとらしいくらい大きなため息を鼻からついた。


「どうした? 言いたいことがあるなら言え、ジュリアス」


 長い付き合いである。細かい態度や仕草で多くのことが察せる。

 副官ではなくミチ姉として水を向けてやったところで、



 あぁ、そういえば。



 中将との不仲は


『その「私バーンズワース閣下のことならなんでも理解してますけど?」「女房役ですから」って態度が気に入らない』


 というが原因だったな、と思い出す。


「何笑ってるのさ」

「いやなに」


 しかし、



 でも、そう考えたら、セナ閣下以外に仲良くしてくれる女性高官はいなかったかもな。

 いやバーナード閣下やロカンタン閣下くらいなら……



「何暗い顔してるのさ」

「なんでもないって」


 ここに来て謎のダメージを負いつつ、それが顔に出てしまっているらしい。

 彼女は咳払いをして逃れる。


「それよりおまえ、言いたいことがあるんだろう?」

「あぁ。でもそのまえに」


 バーンズワースは背もたれから上体を起こすと、デスクのマイクを取る。


「艦隊傾注。元帥ジュリアス・バーンズワースである」


 普通なら傾注してもらうなりの大声で引き付けるものだが。

 彼の声はいつにも増して優しい。

 それでも慌ただしいはずのクルーたちは聞き流さない。作業を止め、背筋を伸ばして艦長席を見上げる。


「先刻承知のとおり、我々エポナ艦隊は投降勧告を蹴り、突撃を宣言した」


 それに対しバーンズワースも、一人一人と目を合わせる。


「これは明確に、諸君らの命を死に追いやるものである。助かるチャンスがあったにも関わらずだ」


 これから戦うという時に、なかなか重たい言葉である。

 が、艦橋内にといったような、特に波は起きなかった。

 おそらく、ここ以外でも、どこでも起きていないのだろうなとイルミは思う。

 彼女だって、心は凪いでいる。


「だが諸君。これも宣言されたように、君たちには30分の猶予がある」


 だからだろう。



「僕を討つなり、今すぐ離脱するなり。君たちが助かるための行動をするには、じゅうぶんな時間が確保されている」



 重ねて衝撃的な言葉にも、



「どうか、自由で、賢い判断を」



 優しい声にも。

 全員が何もなかったような顔をして、作業へ戻っていく。


 今まで彼らが何を信じ、何故命を捨てて戦えたのか。

 その答えが、この沈黙の中にある。

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