第237話 それぞれ心合わせて

 ややあって。


「カーチャとやり合った時から、意外に命拾いするもんだな」


 バーンズワースは安堵とも呆れともつかないため息を漏らすと、


「ミチ姉だって、そうしていいんだよ?」


 自分からは唯一リアクションが見えない位置に立っていた彼女の方を向く。

 しかし、


「おいおいおい。本気で言っているのか?」

「本気だよ? しないだろうなとは踏んでいるけど」

「こいつ!」


 イルミからも気軽な返事程度。

 なので彼も普段どおりにやることに。

 するとやはり普段どおりの、ちょっと赤面した反応が返ってくる。

 そんなやり取りにバーンズワースが安心していると、


「おまえな、ジュリアス」

「なんだい?」



「おまえが私の命を欲しがったんだ。今さら返却なんて許さないからな」



「えっ」

「女の情念を舐めるな」


 まさかの特大カウンター。

 決まったとチラチラ横目でリアクションを確認するイルミだが、


「えぇ……」

「なんだその嫌そうなリアクションは!」


 せっかく、今回こそは自分が一本取れると。

 満を持した小っ恥ずかしいセリフを吐いたというのに、この扱い。

 彼女がどうやら自分は最後まで吠えさせられる側と確認したところで、


「で。おまえが言いたかったのはそれか?」

「いや」


 問うてみると、彼は小さく首を振った。


「悪かったと思ってる」

「何がだ」


 めずらしく本当にバツが悪いのか、バーンズワースの視線がモニターへ逃げる。


「君があれだけ必死に言ってくれたのに。結局僕は、命を捨てる判断をした」

「あぁ、そのことか」


 イルミは吟味するようにあごへ手を当てたが、


「まぁ、いいよ」


 すぐに離して、同じようにモニターを見つめる。


「生きて戦うのと投降するのは別の話だからな。妹さんのことを考えたら、後者はあり得ない。前回のコズロフ閣下と同じことだ」

「すまない」

「気にするな。私の思いでは、おまえの妹に対する思いに届かなかっただけだ」


 さすがに黙ってしまう彼の姿に、イルミはニヤリと笑った。



「いいんだよ。その代わり、最期の瞬間は私のものだ」



 フォローではない。

 心の底からそう思っているのだ。


「えぇ……」

「女の情念を舐めるなと言っただろう」


 彼女が天丼ネタで押してみると、



「そうか、そうだね。その思いを受けられる男であれて、光栄に思うよ」



「っ!?」


 今度は案外素直な返事が来てしまい、またしてもイルミは赤面。

 最後まで振り回されることとなった。


 そうこうしているあいだに、



「閣下! 艦隊、いつでも突撃可能です!」



「よし。



 諸君。今日で最終公演フィナーレだ。華麗に踊り切って、幕を下ろそうじゃないか」



 あとは30分経つのを待つばかりとなった。



「それにしても。三十路の情念かぁ。怖いな」

「29歳11ヶ月だ!!」






 一方。


「ダメです、繋がりません。無視されています」

「ジュリさま、どうして」


悲しみなき世界ノンスピール』の艦長席。

 ここにも情念を抱えた女が一人。

 デスクに手をつき、項垂れている。


 この段階になって『フラれた』とか『味方になってくれない』などとは言わない。

 ただ、コズロフと陣営が別れたことに始まり、このかたずっと。


「アンヌ=マリー……セナ閣下……」


 運命は彼女から、近しい人、大切な人たちを奪い続けている。

 そしてここで、また二人。

 もの思うなという方が無理筋である。


 また同時に、この苦しみから抜け出すのは、一人でできることではない。


「閣下」


 もし指揮官が非常に優秀で、一人で艦隊を勝利へ導けるような。

 それこそバーンズワースやカーチャのような、一世の英傑たる元帥なら。


 副官というのは、こういう時のために存在するのかもしれない。

 カークランドは一歩、踏み込みすぎないよう彼女へ近付いた。


「お気持ちは分かります、とは軽はずみに言えませんが。私もまた多く戦友を亡くし、なおもこの艦で戦う者として申し上げます」

「……許可します」

「遺影とばかり会話をするのはおやめください。彼らはたしかに枠の中で笑っていますが、果たしてそれが真実でしょうか」

「言って、くれるわね」


 俯いたまま絞り出される声にも、彼は動じない。


「きっとセナ閣下もドゥ・オルレアン提督も、同じことをおっしゃるでしょうから。遺影の中のように、何も言わずに微笑んでいるだけの人物ではないと。私などより、閣下自身がよく知っていらっしゃるはずです」


 月並みな励ましなのではない。

 シルビアにとって彼女たちが、月より優しく照らす存在だから。

 必要なのはこの言葉なのである。


「そして、ドゥ・オルレアン提督が市民のことを考えたように。セナ閣下があなたのことを考えたように。あなたにも今、考え、背負わなければならないものが、離れゆく以上にあるはずです。前を向けばそこに、近くに」


 だからこそ、真実励まされて顔を上げた彼女の視界には。

 ここまでずっと、駆け付けてくれた人々と同じように。

 彼女が幾度苦境に立とうと、反乱者になろうと。見捨てずについて来てくれたクルーたちの姿が見える。


 ふと、アンヌ=マリーの最後の時。

 被弾した彼女を前に、取り乱したことを思い出す。


 あの時も、自分は一番近くで支えてくれている彼らを忘れていた。

 あの時、それこそアンヌ=マリーやカーチャのような指揮官になると誓ったはずなのに。


「そう、ね」


 シルビアの背筋が伸びる。

 彼女は軍帽を整え、マントを翻させると、


「私ったら、成長しないわね」


 決然とした意志の籠る瞳で、モニターを睨み付ける。

 その隣で、カークランドは静かに頷く。


「別にそれで構いませんよ。皆なんだかんだ、成長しないあなたをこそ慕っていますから」

「ちょっと、どういう意味よ」


 彼は久しぶりに『陽気な集まりBANANA CLUB』時代のような態度で肩をすくめ首を振った。


「そんなこと言ったって、どうせこのあと泣き崩れますからね。数日は機能しなくなるでしょう。そのあいだのことはお任せください」

「こいつ」


 その肩をシルビアは鋭く叩いた。



 そうして、双方が双方なりに、決意を新たにしたところで。






「ジュリアス、時間だぞ」

「そうだね」






 誰にも平等に時間は過ぎる。






「閣下」

「えぇ、いよいよね」






 2324年9月18日16時06分


 ユースティティア艦隊442隻対






「エポナ艦隊、突撃せよ」






 エポナ艦隊184隻。






 皇国の運命を大きく動かす戦いの、火蓋が切って落とされる。

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