第5話 誰だって少女は愛らしいと思うものなのでこれはロリコンじゃないです

 え? 身長140台だったら何歳くらいの平均身長だっけ? あ、いや。女性声優さんとか声が高い人は小柄な方も多いし。

 おかしくはない、わよね?

 そのうえ、たまたま童顔だったりもするもわよね?


「失礼ながら、おいくつ?」

「14です」

「子どもっ!」


 シルビアが並べ立てた言い訳がましい理論は、一瞬でちゃぶ台返しされた。もっとも、そうそう並べる必要もなかったろうが。


「で、なんでしょうか」


 お人形さんのような顔が不審者を見る目付きに。シルビアも「ここで騒がれては困る!」と気を取り直す。図書館的には間違っていないが、字面だけなら人として大問題。


「あ、オホン。それで、あなたは士官候補生でしょうか?」

「はい。皇国宇宙軍士官学校エポナキャンパス卒業見込み、リータ・ロカンタンです。特別推薦制度対象者なので階級はありません」


 ハキハキ答えてくれるのはさすが軍人、立派な士官の風味がある。

 が、そういうあいさつに慣れていない中身一般人には情報量が多い。

 なので彼女が汲み取れたのは、



 職場体験に来る小学生みたいでカワイイ!!



 何も汲み取れていない。相手が14才であることも抜け落ちている。

 まぁ150ないと大体11才の平均身長、そう見えるのも無理はないが。

 なお明らかに宇宙文明時代の白人であるリータを、現代日本人の基準で測る是非。


「と、とにかく士官候補生なのね? それなら一つお聞きしたいことがあるのだけれど」

「私でよければ」

「ありがとう。それで本題なのだけれどね? 私もこのたび、士官の勉強をすることになって」

「はぁ」


 不審な目付きがより強くなる。

 そりゃそうだ。ワイヤー入って思いっきり幅広のドレス。こんな狭い艦艇の廊下を想定していないファッションで『士官の勉強』などと。泥だらけの作業着でお料理教室へ乗り込む暴挙である。

 が、当の暴徒は、



 本抱えてクロスした両腕がギュッてなるのカワイイ!!



 ずっと他所のご家庭の弟妹が羨ましかった身として、熱いものを覚える。

 彼女の名誉のために言うが、決して同世代とコミュれなくて拗らせたわけではない。たぶん。

 ずっと勉強ばかりで、アラサーにして少女性に夢がある側面は否定できない。橘夫妻は彼女にもっと、『ち⚫︎お』とか『な◯よし』を読ませるべきだった。でも『カードキャプターさ◯ら』なんか読ませたらロリコンが悪化……


 それはさておき。


「士官入門というか。読み始めるのにオススメな一冊とか、学校で使った教科書とか。教えていただけないかしら?」

「そうですねぇ」


 無作法でも頭空っぽでも、困っていることは通じるらしい。リータも一応真剣に考えてくれるようだ。もしくは単純にお人好しか。

 なお頭スカスカピーマンは



 あごにお手手添えて考えるのカワイイ!!



 ……リータは健気である。


「専門課程に進まれる予定ですか?」

「専門? 博士課程には行ってないわね。ゼミは社会心理学」

「技術士官とか、憲兵に入るとか、情報部を目指すとか」

「憲兵って、なんかあのイヤな感じのやつ?」


 マンガと戦争(という名の悲恋モノ)映画での乏しい知識に、


「はぁ……。逆にどの程度士官、や、軍隊についてご存知ですか?」

「『例えるなら私は新品のスポンジです。なんでもよく吸収し、液体の洗剤はさらに泡立てて御社へ貢献いたします』」

「じゃあまずは一般教養からですね。エンドウ豆にはシワがあるのとないのがあって」

「あ、さすがにその辺は大丈夫よ」

「よかった」

「それにたぶん、すぐにデビューさせられるから。そういうのやってる暇ないし」

「さっき『士官入門』とか言ってませんでした!?」

「だからその辺も念頭において、いい本はないかしら」

「分カリマシタ。何カ考エテミマス」


 脳が疲れたのか。高級ドールのように整った顔は、目がボタン口は糸でギザギザ縫いのお人形みたいに(比喩)。

 そのままフラフラした動きで本を選び始めるのを元凶は



 背が低いから高いところの本に精いっぱいお手手伸ばし(以下略)






『これ一冊でバッチリ! 宇宙航海士資格対策ブック』

『図解 宇宙戦艦の全て』

『戦時国際法全書』

『行動学 〜人間を支配し動かすメカニズム〜』


「どうぞ」


 机に並べられたのは、コンビニ本から週刊少年誌レベルまでさまざまな厚さ。

 ふいー、っと一仕事終えたように額の汗を拭うリータ。たぶん本の重さではなく精神的なやつ。


 一方シルビアはというと、


 こうしてみると、いけそうね。


 前三つは基本暗記系と思って間違いない。シルビアが前世でも得意としていたジャンルである。法解釈の裏をかいて悪どいことしろとかいう応用は知らない。

 行動学においては実験実証が必要だろうが、彼女の専攻は社会心理学。職業はイベント関係。特に不安はないどころか実家の庭、植えたパンジーに来る蝶の種類まで分かる。


 逆に彼女が不安だったこと。

 チラリと隣でリータが広げる本へ目をむける。


「そういう『戦術論』とかはいいのかしら?」


 専門性が高く、自分が知っている世界から最も遠く、応用がものを言うジャンル。


「いきなりあれもこれも詰め込めませんよ? それに士官と言っても、宇宙軍では陸軍みたいにいきなり『小隊のトップ』とかなりません。まずは優秀な艦長のもとで経験積んで、成果を上げれば晴れて一国一城の主」

「漫画家のアシに入って勉強してからデビューする感じね」

「ま、そんな感じー。なので、おいおい学べたり今々使わなかったり、現場や経験から吸収できることより。まずは『上官が「どうだっけ?」ってなりがちな細かい数字・法に即答できる』『艦長の代わりに横の結束をまとめる』。『優秀な副官』になった方が働きやすいかな、って。特に即デビューするのなら」


 自分の本に集中しながらも、スラスラ見解が出てくるリータ。

 シルビアは彼女がこの歳で士官候補生たる理由を見た気がした。


「小さいのによく考えてるのね。いい先生になるわ」

「えへへ。実は考えるの得意じゃない。教官に『おまえは天性の洞察力と勝負勘にだけ恵まれている。だから知識を付けて、考えて行動することも覚えろ』って」


 だからこれ読んでる、と『戦術論』を顔の前に持ってくるリータ。

 瞬間、シルビアの中で歯車が噛み合う。



 この子だ!



 彼女が軍隊で成り上がっていくうえで。

 リータが選んでくれた本のような『勉強する』スキルは、正直なんとでも身に付く。


 では何が問題となるのか。

 それは『戦士の才能』である。

 こればっかりは先天的に備わってもいなければ、後天的に養う暇もない。


 よってシルビアには、それを補ってくれる『半身』が必要なのだ。


 しかしバーンズワースも言っていたように、人の関係は一方向では成り立たない。

 だからこそのリータ。才能たる勘と感覚に優れ、かつ詰め込む勉強には不安の残る少女。お互いが補い合うことで最高のパートナーに、戦場を駆ける運命共同体になれるのだ。


「ねぇリータ?」

「はい?」

「これも何かの縁よ。私たち、友だちになりたいわ」


 決して


「あー、うん。はい! いいですよっ!」



 ああっ! 向日葵級の笑顔カワイイ!!



 だけが理由ではない。Maybe.

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