第6話 家族になるわよ(強制)

 その後しばらく勉学に励んでいた二人だが、集中を破るようにピンポンパンポン。

 館内放送である。


『シルビア・マチルダ・バーナード。至急、元帥執務室へ出頭するように』


 リータが手を止める。


「シルビア……バーナード。確か第四皇女さまじゃなかったでしたっけ? そんな高貴な方が、一方面軍の元帥府に来てらっしゃるってこと?」

「そうみたいね」

「そんなそんな、ないない。しかも今の放送呼び捨てでしたし。何かの間違い、あっても特定の士官に向けた暗号……」

「でもないのよね。じゃ、行ってくるわ」

「は?」


 シルビアが席を立つと、脊髄反射みたいな声が返ってくる。何もない空間を見つめる猫。そんな感じの顔が向けらていれる。


 少女マンガとか、こういうシチュエーションあるわよね。


 ちょっと気持ちよくなった彼女は、演技がかった話し方に。


「そういえば。お友だちになったのに、勉強に夢中で自己紹介がまだだったわね」


 胸を張って手を添えて。ポージングもテンプレートな優雅に。


わたくし、『元』バーナード朝第四皇女、シルビア・マチルダ・バーナードと申します。以後お見知り置きを。ですが今は一介の宇宙軍士官となる身。どうか遠慮せず、変わらぬ友情を」


 決まった!


 むふーっとしながらリータの表情を窺うと、


 またドールフェイスが目ボタン人形顔になっていた(もちろんゲーム世界といっても比喩であって、物理的にではない)。


 どうやら脳がオーバーフローするとこうなるらしい。


 カワイイから定期的にこうさせてみたいわね。


 少女虐待という人間の暗黒面を煮詰めた性癖をちらつかせつつ。それは一旦横へやり、優雅スマイルで締める。


「というわけでリータ。ご苦労なのだけれど、元帥執務室へ案内してくれない? なにぶん今日来たばかりで、不案内なの」






 ジュリさまに会える! と喜び勇んだシルビアだが。

 イルミに「話を通したから、校長にあいさつしてこい」とだけ言われ、すぐに執務室を出された。



 そんなわけでやってきた士官学校。立派な建物だが、さすがに元帥府よりは小さく(そもそもリータが図書館にいたあたり、全体の一部なのかもしれない)。


 校長室は執務室より狭かった。そのうえで国旗をはじめとして、キャンパス対抗大会のトロフィーやらがいろいろ。余計手狭に感じる。


「校長のド・モルガンです」

「シルビア・マチルダ・バーナードです」


 口髭豊かで、顎髭はもみあげと繋がっている。しかし眉毛より上には毛がない校長。


「元帥閣下より聞いております。イベリアへ出航するまえから士官候補生と寝食を共にし、信頼関係をつちかいたいと」

「はい!」


 彼は大きな腹を揺らす。


「殊勝な心がけですがな。残念ながら、今は着任まえ最後の休暇期間。大体の候補生は実家に帰って不在なのですよ」

「えぇっ!? そんな!?」

「ま、逆によかったかもしれませんぞ? 今なら残っている候補生の、誰とでも相部屋になれるでしょう。個室しか宛てがえないのでは、あまり意味がありませんし」

「確かに。それはおっしゃるとおりですわ、先生」

「今回はこちらからあえて部屋を指定することはいたしません。ご自由にお決めなさって、あとから報告いただければ結構ですぞ」

「お気遣い、痛み入ります」

「あぁ、しかし。規律で異性との相部屋は、まぁ言うまでもないとは思いますが! ガハハ!」

「はぁ」


 どこにでもセクハラ親父はいるもので。

 会話が一区切りなのをいいことに、シルビアはさっさとおいとました。






「さ、リータ。相部屋よ」

「はぁ」


 廊下に出るなり、流れるように抱き締めるシルビア。扱いが完全に年の離れた妹。


「さ、二人の家に帰りましょう? 案内して?」


 少女相手に、完全に犯罪者のセリフ。しかし


「はぁ」


 リータはよく分かっていない。本当に勘が鋭いのか疑わしくなるシルビアであった。


 廊下を叩く軍靴の音が響く。気のない返事で会話が途切れてしまったので(あれ以上伸ばしようもないが)、シルビアは次の話題を振る。


「そういえば。校長先生が『大体の生徒は実家に帰ってる』っておっしゃってたけど。リータは帰らなかったの?」

「あー」


 中庭に出て、差してきた西陽に手をかざす少女。



「私は軍属孤児院出身なので。特に帰るところも」



 細まったウルトラマリンブルーは、眩しいせいだけだろうか。


「そう、なのね。悪いこと聞いちゃったわね」

「や、そーでもないです」


 夕日のように沈むシルビアに、リータは夕日のように温かく微笑む。



「おかげで軍の推薦制度の対象になって。今日こうして出会えたでしょう?」



 シルビアは今度こそ、彼女を強く抱き締める。


「そう、ね。じゃあ、これからはどこに行っても戦場に出ても。私があなたの帰る場所よ」

「シルビアさまの帰る場所も」


 リータもそっと背中へ手を周す。


「それはそうだけど、私も同じ士官だから『さま』はいらないのよ?」


 りどころなき世界へ転生した者と、家族なき者。

 二人で温め合っていると、



「お探ししましたよ!」

「はいぃ!!」



 一人の青年士官が声をかけてきた。シルビアのこのリアクションは、やはりやましくロリコンっぽく見える自覚があるということか。

 しかし坊主頭の彼は、そのあたりをスルーして話を進める。


「士官候補生の宿舎へご案内します。ついてきてください」


 左の握り拳を大きく振って、勝手にずんずん歩いていく。






 太陽は沈んで空は紫色。周囲も薄暗くなってくる。


「いやー、あなたが噂のシルビア殿下ですか。お目にかかれて光栄です!」

「いえ、私もう、そんな大層なものではありませんのよ」

「またまたぁ」


 やたら多弁な青年のおかげで、先ほどのように会話が途切れることはないが。


 せっかくの『妹と夕暮れの街を帰宅する』シチュが台なしじゃないの!


 シルビアは勝手に不満を感じている。なんならリータも不満そうに黙り込んでいる。


 私と心が通じているのね!?


 勝手にクネクネ興奮していると。彼女はさらに体をピッタリ、右腰へくっ付けてくる。


 いや〜んカワイイ〜!! 意外と人見知りさんなの!?


 妄想止まらぬ彼女へ水を差すように、青年が立ち止まる。


「ここが宿舎です」


 すっかりそびえ立つ影になっているが、立派な建物がそこに。


「ご案内、ありがとう」

「いえいえ」


 青年が首を振ると、ようやくリータが口を開いた。



「さっきから、ずいぶんと緊張なさってるんですね?」



「えっ?」


 抜けた声を出したのはシルビアか青年か。

 とにかく彼女には、あれだけしゃべりたおしている彼が、緊張しているとは思えない。


「え? そうかなぁ?」

「皇女さまの前だから?」


 言いつつ、シルビアに少しずつ体重をかけるリータ。


「そんなことないけどなぁ」


 青年がながら右手を腰に当てた瞬間、



「危ない!」

「きゃっ!?」



 シルビアは思い切り押し倒された。


「な、何よいきなり!?」


 腰を強打したシルビアが目を開けると、


「えっ?」

「チッ!」


 さっきまで彼女が立っていた位置に



 ナイフを突き出している青年。

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