第82話 これがシルビア'sドクトリン

 時を少し遡って、22日の皇国軍ブリーフィング後の話。


 シルビアはリータを捕まえ、食堂テラス席でハンバーガーを食べていた。

 重ね重ね元帥方の雲隠れ作戦台なしではあるが、先日のことを思えば。

『黒幕をとっちめ、いつか再会』のまえに相手が死ぬかもしれない恐怖。

 もう彼女は構っていられなかった。


「リータ。口の周りにケチャップ付いてるわよ。拭いてあげる」

「私のバーガーを勝手にケチャップ増量したのは、それが目的か」

「もっとカワイイ感じで言って♡」

「けっ」

「はい、ポテトあーん♡」


 なんだかんだ最近も会っていたくせに、欲望がとどまることを知らない彼女だが。



 しばらく好き放題していると、そのうち軍人らしい話も始める。

 リータが相手してくれなくなるから。


「さっきの作戦会議だけど」

「結局、これといって打つ手は語られませんでしたね」


 ハンバーガーをたいらげ、残ったポテトを食べるリータ。

 細長い一本を齧っていたかと思うと、


「えぇ。それと、同盟軍が残骸を回収してるって話あったじゃない」

「ちょっとしたライフハックですね」


 今度は口蓋に押し付けベキベキへし折りながら、一本丸ごと口の中へ。


 小動物みたいな食べ方もなスタイルもカワイイ♡


 と思いつつも、シルビアは冷静に話を進める。

 もはや頭でいちいち「こうしよう」と考えなくとも心臓は動くように。

 彼女にとって『でる』とは、染み付いた機能と習性である。


「私あれ、もしかしたら使えるんじゃないかって」

「使うって、溶かして建材にでも?」

「いえ。状況をひっくり返す、作戦に」

「こっちも『サルガッソー』作るんです?」

「そうだけど、そうじゃないというか」


 説明するまえにもう一度、頭の中で組み立てていると。


「そいつは興味深いなぁ?」

「詳しく聞かせてよ」

「ジュリさま。セナ閣下」

「相席いいかな?」


 今から昼食らしい元帥二人が通りがかる。

 腕が折れているカーチャの分か、バーンズワースはトレーを二つ持っている。

 片方にはパストラミサンドとサラダチキンサンド。もう片方には山盛りのパエリア。

 丸テーブルの四方にと思いきや。何故か半円の範囲でリータカーチャバーンズワースシルビア。狭い。


「で、どう利用するつもりなんだい?」


 元帥たちはシルビアが結局リータといることを咎めない。

 無駄だと分かっているのか、それより作戦に興味津々なのか。


「はい。連中は作業船で残骸を回収しに来ています。それも小型の」

「宇宙じゃ重力がないからね。牽引するだけならデカいのはいらないしね」


 バーンズワースがスプーンを差し込むパエリアは、海鮮ではなく肉系。


「人員も多くないことでしょう。映像で見たものですと、海底トレジャーハンターくらいの定員では?」

「ま、その辺の業者だろうしねぇ」


 こちらを見ずに呟くカーチャは、パストラミを一枚抜き取りリータへ餌付け。

 それをやや恨みがましく眺めつつ。

 シルビアは声に静かな力を込める。


「であれば、乗っ取るのは容易です」


「ほぅ」

「へぇ」


 明らかに元帥たちの空気が変わる。

 たとえるなら雑談していた教授が急に、卒論発表モードに変わったような。

 シルビアも自然と背筋が伸びる。

 伸びると、やや丸まっている時より背中とシャツに隙間ができる。

 そこを汗が一滴、腰骨に向かって滑り落ちる。


「連中が漁る艦に、人員を伏せておくのです。えぇ、なんなら作業船を乗っ取れなくともいい。艦内を臨検されるなら返り討ちにして乗っ取り。気付かれないなら黙って。なんにしてもあの『サルガッソー』へ、こちらの工作員を運べます」


 相槌すら打たれない。

 皇国宇宙軍二大巨頭が、言葉の続きを待っている。

 その叡智が彼女の策を精査し、脳内でシミュレートしている。


「あの残骸ゲリラの損壊具合では、艦内に兵が常駐してはいないでしょう。そのあいだに乗っ取りでもなんでもです」


 元帥たちの食事が止まっている分、シルビアは言葉を止めない。

 むしろ最後のギアを入れる。


「連中が反転攻勢に出てくると言うのなら。その際必ず『サルガッソー』を通ってきます。そのうえ、『まだ戦場に着いていない』『ここは自分たちの庭』と油断していることでしょう。そこへ逆に……!」


 ちょうどいいタイミング。リータの手の中で紙ナプキンがと鳴る。



「お返しのキリング・フィールドをお見舞いしてやるのです!」



 シルビアも強く拳を握ったところで、元帥二人は顔を合わせ頷き合う。


「僕は悪くないと思うね」

「なんなら、こちらの中破小破した動ける艦。持ってくこともできるんとちゃいます?」

「それがいい。その方がやったあとに退却できる」


 まだいろいろ詰める必要はあるのだろうが。

 とりあえずは手応えのある作戦のようだ。


 何より、今の皇国軍は。

 多少博打でも挑まないと、状況を覆せない。


「コズロフ閣下にも話してみようか」

「工作員も数出してもらわないとだしね」


 また数回頷き合う元帥。

 と、バーンズワースがシルビアの方を振り返る。

 その表情は褒めてくれる

 段階を越えて、真剣な指揮官のそれである。

 発表を終えて弛みかけた背筋がまた伸びる。


「君の作戦は参謀たちに持っていく」

「ありがとうございます」

「僕ら二人で推薦するから、おそらくは採用されるだろう」

「はっ!」

「その代わり」


 彼は少し身を乗り出す。

 さすがに「きゃっ♡ 顔が近い♡」とか思っている場合ではない。


「その時は立案者として。君は確実に潜入工作に駆り出される。いいね?」

「えっ、はっ、はいっ! もちろんっ!」


 考えてみれば当然の話だが、完全に失念していた。

「作戦考えたら現場ヨロシクちゃん♪」できるほど、彼女はまだ偉くない。

 強張るシルビアに、黙っていたカーチャが笑い掛ける。


「だぁーいじょうぶ大丈夫。私が引率してあげるからさ。そりゃ前線の危なさは減らんけど」

「閣下自ら? 腕も負傷してらっしゃるのに?」

「どうせ誰かは方面司令、やっぱり元帥格が行かなきゃだろうし。それにオモシロそうじゃん?」


 何はともあれ、キャリーしてもらえるようだ。

 責任だけでも軽くなり、少し安心していると、


「シルビアさま」


 今度はリータが口を開く。


「何かしら」

「その、潜入工作はいいとして。『サルガッソー』での攻撃は、する側も危険ですよ? 流れ弾も多いし。そのうえ、終わったら終わったで、ボロボロの艦で脱出なんて」


 言われてみればそのとおり。急に腹痛が始まるシルビアだが。

 ここはもう、それ込みではらを括るしかない。


「大体昨日の戦闘も聞きましたけど。毎回毎回、少し捨て身戦法が多すぎませんか? 今は運よく生き残ってますが、やっぱり危なすぎます」

「でもね、リータ」


 今さらのがれられないだろうし、何より


「あなたも知ってると思うけど、私は士官学校でしっかり教育されていないわ。実戦経験も半年ない」

「はい」

「そんな私が、強敵相手に戦い抜くには」



 この世界を生き残り、成り上がっていくと決めたのだ。



「捨て身だろうとオウム返しだろうと。手段を選んでられないのよ」



 できることはなんでもやる。

 命を懸けた勝負にも出る。

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