悪役令嬢とコスモスの花束 〜推しと運命の少女と国家転覆スペースオペラ〜
辺理可付加
立志編
第1話 待望のエクスタシーンと思ったら破滅ルートだった
「第四皇女、シルビア・マチルダ・バーナード。皇族たるもの国家臣民のために身を捧げること、率先して示さねばならん。よってエポナ方面軍への従軍、惑星イベリア基地への出向を命じる」
「……えっ?」
間抜けな返事は無理もない。彼女からすれば
『気が付いたら旅番組のヨーロッパ宮殿回でしか見ない大広間にいて』
『目の前には壇上で玉座に座ったヒゲがスゴい白人中年男性がいて』
『急に知らない名前で意味不明な辞令をくだされた』
のだから。
え、なに? どういうこと?
という混乱をかき乱すように、周囲のヒソヒソ話が聞こえる。
「『従軍して国民に示す』って、もうご兄弟が入営されているのにねぇ」
「しかし惑星イベリアか。辺境も辺境ではないか」
「士官学校を通さずに、直接前線へ送るのか」
「これ、絶対あの一件ですわよね?」
「えぇ、クロエお嬢さまとの例の」
「実質、追放というところですな」
「は? え? ……は?」
周囲をキョロキョロ、着たこともないドレスの生地を撫で撫で。日本人離れした赤毛の横髪をいじいじ。
混乱の底にいる彼女へ、玉座右隣りの側近らしき老爺が靴を鳴らす。
「シルビアさま。皇帝陛下のご下命ですぞ」
「あっ、は、はい?」
返事を催促されているのだが、今の彼女にそれを汲み取る余裕はない。
そもそも正式な口上もよく知らない。
なにせ、彼女は本日この時に至る今の今まで。
ただの現代日本における一般社会人だったのだから。
「もうよい」
「え? あ!? ちょっと!」
中年、もとい皇帝陛下のため息が合図。シルビア・マチルダ・バーナードになった彼女は、衛兵に引きずられる。両脇を固められ、さながら捕獲された宇宙人の体勢。
「ちょっちょっちょっちょっと! 怖い怖い怖い!」
便宜上シルビアは、やたら長いポニーテールが床を擦る不快感に耐えるしかなかった。
はたから見れば、赤毛のせいで箒にしか見えない。
大手イベント企画会社の若きエース。いわゆるバリキャリ。高校も進学校、大学も難関私立のエリートさん。中学の頃から必死に勉強してきた
が、その代わり。
「アンタもうアラサーなのよ? いい加減一人暮らししたら? こんなんじゃカレシも連れ込めないじゃない」
「父さんもさすがに、一回くらい嫁に行ってくれた方が安心するなぁ」
「あー聞こえなーい! リモートワーク中だから聞こえなーい!」
「今会社から帰ってきたとこじゃない。早く晩御飯食べなさい」
勉強だけしてきた
ちなみに連れ込むカレシも最初からいない。高校時代、相手がカノジョ持ちと知らずに玉砕ガチへこみ。以来、恋愛偏差値は『答案用紙に名前を書いてください』状態。
世の中、『女性なら若いってだけで男が寄ってくるでしょ』などと事情通は申すが。
「橘って気ぃキツいよな」
「顔がもう怖いんですよ」
「給湯室でばったり会っても、仕事の話しかしない」
「趣味とかないんか?」
無知な新入りを一週間以内に狩れないとゲームオーバーである。
そんな彼女。世間サマの評価、ほとんどはぐうの音も出ないが。
実は一つだけ。
趣味はあるのだ。
それが、
『ダメだよ。次の太陽が昇るまで、君をこの部屋から帰さない』
『閣下!?』
『朝には任地へ向かわなければならない。悪いけど、君の気持ちを確かめている時間はないんだ』
『閣下』
『だってクロエ。僕は答えを、聞くまでもなく知っているんだから』
『ジュリアスさま……!』
「シャッ! シャッ! オラッ! キター!!」
パソコンのディスプレイいっぱいに映る、銀髪スパイラルパーマの好青年。
に齧り付く梓。
そう、恋愛シミュレーション。いわゆる乙女ゲームである。
それも結構えっちなやつ。イケメンにメチャクチャにされるやつ。
一応『銀河を股にかけるハイスケールな、スペースオペラ×恋愛!』とか隠れ蓑付きのやつ。
でも頭の中には広大な宇宙じゃなくて、モザイク修正が広がってるやつ。
「ジュリさまマージでキツかったわ。あれ攻略見ないとムリでしょ。最推しが難易度Sとか勘弁してほしいわ。もしくはもっと糸目キャラを
『きゃっ!?』
『ほら、怖がらないで。力抜いて』
『だっ、ダメです!』
『ダメじゃない。きれいな体、よく見せて。手、どかせるよ』
「きゃ〜っ!!」
愚痴りつつも視覚聴覚はシーンへ集中、触覚もマウスの硬さをしっかり感じる。
さぁ、待望のムフフへ突入! 画面のCGも切り替わっていざ! と思ったその時
「梓ー。さっきから何騒いでるのよー?」
「ギャーッ!!!!」
ノックもなしに母が部屋に突入!
慌てた梓も顔面からディスプレイに突入!
オトメの恥を隠蔽する魂の一撃!
執念が届いたか、画面は真っ黒になったが
梓も視界が真っ暗になった。
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