第2話 地獄に仏、ならぬ推し
「えー、あー。えー……?」
宇宙船の一室。一応第四王女用にあつらえたとあって、それなりに広く
化粧台の鏡に映る顔は、
「ウソでしょ」
ペタペタ触っても、頬をつねっても。
橘梓ではなく、シルビア・マチルダ・バーナードだった。
何度も見た顔。よく覚えている顔。
主人公をいびってくる、イヤな『悪役令嬢』として忘れられない、憎い顔。
「やっぱり、アイツよね」
あれから息つく間もなく宇宙船へ乗せられた、梓もといシルビア。自分の顔に今思えば皇帝の顔、宇宙船まで見覚えのあるものが並ぶ。
「ってことは私、あのゲームに?」
直前までやっていた、えっちなやつ。
「の、シルビアってことは……。ダメじゃん!!」
何がいけないって、ただ悪役令嬢だからではない。
梓としてゲームをプレイしていたころ、彼女は調べたことがある。
「このシルビアってやつ、最後どうなんの?」
あまりにもイヤなやつすぎて、到達するまで待てなかったのである。
「へぇー。どのキャラルートでも、バッドエンド行かなきゃ大体軍隊にトばされるのね。ん?」
『ちなみにシルビアのその後について、作中では特に言及がない。しかし、ディレクターの
“設定だとこのあと、シルビアはすぐ戦死するのよねー”(出典4)
と答えている』
「ふーん。ま、そこまでやって『ざまぁ』って感じよね」
「死んでるーっ!? 死ぬーっ!?」
置き論破ならぬ置き死刑宣告。立っている床が抜けて、宇宙空間へ放り出される気分である。
「えええええヤダヤダヤダ! ていうかすぐ戦死って、第四皇女なのに扱い雑じゃない!? もっと丁重に守りなさいよ! 『のよねー』じゃないわよ!」
実際雑である。これだけご乱心召されても、近習から「姫!?」の一言も返ってこない。
というか近習がいない。
皇女が身ひとつ、
「あんまりよ……。私が何したっていうの?」
彼女は何もしていないが、シルビアはいろいろしたわけで。で、今は彼女がシルビアなわけで。
もちろんそんな理屈、当事者が受け入れるわけない。
「だ、だ、誰か助けてーっ!!」
繰り返しになるが、助けてくれる近習はいない。
あれから数日。毎日恐怖に怯え、鏡に映る痩せた顔を見て「あらやだ美人」とかほざいて。
前世で好きだったバンドの、なんの慰めにもならないファイトソングを歌っていた時。
「シルビア殿下。デービットソンです。よろしいでしょうか」
口髭が特徴的な、中年の艦長が部屋を訪ねてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
艦長は一歩入ったところで敬礼をすると、それ以上立ち入らずに報告する。
「本艦は現在、惑星イベリアへ向かっている途上ですが。本日ヒトサン、いえ、13時にエポナ星域方面軍司令部へ寄港。元帥閣下よりごあいさつを受ける予定となっております」
「そうですか」
「ここ数日、狭い士官室でさぞ息が詰まられたでしょう。司令部では物資の補給及び艦の整備、イベリアへ配属される士官候補生の乗艦など。数日滞在することになりますので、少しでも羽を伸ばしてください」
「お気遣い感謝します」
「では! 元帥府よりお迎えが来ましたら、また参ります!」
シルビアの素っ気ない態度も気に留めない。誰より寄港を楽しみにしていそうな艦長は、機嫌よさそうに去っていった。
それから大体3時間前後。進まないサンドイッチを1時間近く、めくったり閉じたりしていた時のこと。
「殿下。デービットソンです。元帥府よりお迎えが参っております」
今度はドア越しの連絡。何やらシルビアには、死刑執行に呼び出される囚人の見る景色と思えた。
艦長室へ案内されると、そこには数人の供を連れた士官が立っていた。
「シルビア殿下をお連れしました」
真島D曰く『カラビニエリを参考にした』サブカル受け満載な軍服が振り返る。
黒いマントが
「ご苦労さま」
振り返った顔に、シルビアは思わず
「宝塚……」
「は?」
「あ、いえ、よき士官は国家の宝! なんて」
「はぁ」
高級将校用の軍帽の下には、ダークブラウンのくせっ毛なウルフカット。さらにその下は凛々しくも女性の顔立ち。
男性と思っていた背中は、バレーボール選手並みの長身だった。思えば後ろからはマントで体付きこそ見えなかったが、やや細いシルエットだったか。
軍隊だと女性もイケメン化するのねーなんて呑気に眺めるシルビアだったが、
「皇国宇宙軍少将及びエポナ方面軍幕僚長、イルミ・ミッチェルです」
「ん?」
「何か?」
一歩前に出て敬礼する姿に見覚えがある。
「えーと、どこかで」
「おそれながら、どうでしょう? 小官は
そんなんではなく。前世で『どっかのルートで出てきたなコイツ。立ち絵見たわ』なのだが。
そういえばエポナも聞き覚えがある。誰か軍人系キャラのルートで出てきたのだろう。あんまりそっち系の話を進めると『
返事をしないので、この件はもういいと思われたのだろう。イルミは先導するようにドアへ向かう。
「それでは妃殿下、参りましょう。元帥閣下もお待ちです」
元帥府というのは広く立派ではあるが、意外と軍事施設とか秘密基地感はなく。
シルビアの乏しい人生経験からくる語彙では、
「オシャレなキャンパスか美術館、って感じ」
ならここは学長室か、それとも大学の歴史と象徴が詰まったナンカスゴイルームか。
なんの木材かも分からない重厚な扉の隣には、『
小市民には触れるのも
「閣下。ミッチェルです。シルビア妃殿下をお連れいたしました」
この先に、軍隊という社会で
一応より偉い身分のシルビアだが、中身は大政奉還以来『その辺の人』の血筋。
就職面接の十倍緊張して、背筋がバキバキに伸びる。
が。
「閣下?」
扉の向こうは返事がない。ただの屍ではあるまいが。
「閣下? 元帥閣下!?」
イルミも高級将校や宝塚にはあるまじき勢いで扉をドンドン。まるで借金取りかストーカー。
ちょっと申し訳ないが、滑稽さで緊張がいい感じにほぐれてきたシルビア。
が、
「閣下! バーンズワース閣下!
ジュリアス!!」
「えっ」
今、彼女的に聞き捨てならない固有名詞が。
そこへ上書きするように
『おやー? その声はミチ
「ミチ姉言うな! 妃殿下がおられます!
『君だって今、呼び捨てたじゃないか』
「入 っ て よ ろ し い で す か !」
『ごめんごめん、音楽聴いてた。どうぞお入りください』
「お恥ずかしいところをお見せし、失礼いたしました、妃殿下。妃殿下?」
イルミが気まずそうに振り返る。
しかしシルビアは、それどころではない。
「い、今の声って!?」
忘れるわけも、聞き間違えるわけもない。
彼女が梓のころから恋焦がれた、死ぬ直前まで聞いていた。
イルミが咳払いして開いた扉。その先に待っていたのは。
スパイラルパーマの銀髪。やや細めながらしっかりした体躯。個人的性癖ポイントの、柔和で微笑むような糸目。
「初めまして、シルビア妃殿下。皇国宇宙軍エポナ方面派遣艦隊元帥、ジュリアス・バーンズワースです」
激推しキャラその人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます