第3話 推しで死中に活を求める略して『推死活』

「ジュ、ジュ、ジュリさま!?」

「ジュリさまぁ!?」


 つい前世そのままファン丸出しな声を上げると、本人より先にイルミが動揺する。


「妃殿下! 失礼ながら、仮にもあなたは妃殿下で彼は元帥です。その、公的な会見でファストネーム、しかも愛称で呼ばれるのは困ります」

「アッ、スイマセン」


 初手からグダグダし始めるお目見えだが、当のジュリさまは


「ハッハハ!」


 特に気に留めることもなく、サイフォンにマグカップをセットする。


「いいじゃないか。君がミチ姉で僕はジュリさま。呼びやすくていいじゃないか」

「ミチ姉やめろ!」

「すでに威厳とか壊れてるなら、全部取り除いてしまおうと。殿下のお気遣いだよ」

「壊したのは閣下ですからね!」

「『ミチ姉』で壊れたんじゃないか」

「壊したのはおまえの『ミチ姉』で私じゃない!」

「さ、殿下。どうぞソファへお座りください」


 急に梯子はしごを外されてイルミは紅潮、硬直。頭に耳を当てたら、ピーガガガとエラー音がしそう。

 シルビアの中でも完全に宝塚イメージは崩れ去った。今はもう、学校の友人グループで『王子(笑)』イジりされてる系女子である。


 しかしジュリさま、もといバーンズワースはエラー修正することもなく。

 呑気にコーヒーを三つ用意する。


「どうぞ。僕の趣味で、わりと安い豆だけど」

「ありがとうございます」

「砂糖はいくつ?」

「あ、ひとつ」


 高い豆ならブラックにしようかとも思うが、安物ならまぁ。そもそも中身は皇女ではなく庶民なので、高い豆など分からないのだが。

 コーヒーが跳ねないよう、ゆっくり角砂糖を沈めるバーンズワース。シルビアの代わりに混ぜながら、リラックスした声で語る。


「本来なら妃殿下であらせられるが。人事上は『これからイベリアで士官デビューする新人のうちの一人』。そういう形でエポナ方面軍へ着任している。そして皇帝陛下からも『そう扱うように』と。なので軍隊の階級・指揮系統を優先し、臣下の礼は多少省かせてもらうね。他へのもあるし」

「分かりますわ、閣下」

「ですので『ジュリさま』は禁止です」


 横から復活したイルミの一言が、前からはコーヒーが差し出される。


「でもまぁ、『ジュリさま』自体は別として。僕も『ミチ姉』って呼ぶし」

「ミチ姉やめろ!」

「ミチ姉もたまに『ジュリアス』って呼び捨てるし」

「うっ」

「あまり堅苦しくすることもないかな。ウチの方針なんでね」


 バーンズワースは自分のコーヒーにバーボンを注ぐ。まだ日も高いのに、砕けているとかいう範疇ではない。


「度量ある方針を取られているのですね。わたくしは素人ですが、よいことと思いますわ、閣下」


 まぁ、対するシルビアもゆるいどころか。乏しい知識で必死に令嬢口調を構築しているレベルである。

 月並みな褒め言葉だが、閣下は素直に笑ってくれた。たぶん口調がおかしいとかではない、はず。


「ありがとう。軍隊では上司とその作戦に命を預けなければならず、上司も部下の遂行力に命を賭ける。だからまず、人間としての信頼関係があって。それを組織の指揮系統という縦のパイプで円滑に通す。これが大事だと思っている。そのためには、時にいち人間同士としての対面も必要になる」

「『時に』は『たまに』ですからね、閣下」


 堅苦しい方面の一刺しがあったからではないだろうが。

 彼の眉根が少しだけ真剣に下がる。


「なぜいきなり行動哲学をベラベラしゃべるのか、分かるね? 自慢したいんじゃない。君も士官として配属されたからには、人の上に立つことになる。それも皇族の作法ではなく軍人の生き方として。これは元帥として新人に贈る、訓示だよ」

「心に刻みますわ、閣下」


 口ではいい返事をしているが、彼女の内心は


 えぇ声してるわぁ〜(唐突な関西弁)。上司の説教とか武勇伝も、全部この声だったら喜んで聞くのに。


 いつか指揮官として、あまりにも重大な事故を起こす感じである。

 しかしジュリさまもミチ姉も、さすがにそこまで脳みそ溶けてるとは思わないらしい。


「そういう意味では、『ジュリさま』か。先制パンチが打てる君は、ウチに配属されてよかったというか。他所じゃなくてよかったねというか」

「まぁ、前向きに捉えてもいいでしょうか」

「でしょう? だからまずはイベリアで経験を積んで。いつか立派な士官となって会える日を楽しみにしているよ」


 瞬間、花畑にいたシルビアに電流走る。

『まずは』『いつか立派な士官となって』『会える』


「それは閣下、もしかして」

「なにかな?」



「場合によっては、後々こちらへ配属になることも……。あるということでしょうか?」

「まぁ、実力を発揮し、元帥府での勤務が妥当と判断されればね?」

「立派な士官になれば、閣下のおそばで働くことも、可能であると?」

「ミチ姉みたいに高級将校まで上がれば、あるいはね?」



 シルビアの内側に炎が宿る。なんなら瞳から溢れ出る(比喩)。


「ど、どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。承知いたしましたわ」


 今までゲームで自分を慰めるばかりだった人生。画面の向こうにしかいない、現実にはいない推し。


 それが、その横で! 砕けた雰囲気の職場で! キャッキャウフフしながら過ごす人生があり得ようとは!



 死ねない。ディレクターが言ってた『死ぬのよねー』とか関係ない。こんなところで死ねない!

 それだけじゃない!

 令嬢だ皇女だなど、どうでもいい! 軍人として! この軍隊の中で成り上がっていかなければならない!



 さっきまでサンドイッチすら完食できなかった心に、メキメキと生きる目標が刻まれた。

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