第295話 Shall we rondo

 こちらに横腹を見せた艦隊が動く。

 コズロフは当初、


「なんだ? カーチャがバーンズワースにやった、逃げ回り戦法か?」


 そう考えた。


「時間稼ぎですか?」

「何より単純に、正面から当たらんで済むだろう」

「御意」


 しかし、その答え合わせより先に


「砲撃、来ます!」

「退くなよ! 優位な勝負にすら命を懸けられんのでは、勝てる戦いなどなくなる!」


 交差する光の物量が、こっちを見ろと騒ぎ立てる。

 かと思えば、共鳴するようにフラッシュを焚く味方の前衛たち。

 別段レーダーを阻害されるわけではない。

 しかし単純に観測手が被害状況の確認に手を取られ、他の報告が遅れる。


 ゆえに、第一波が落ち着くまでのあいだ。

 彼は退屈そうに、春先の山のように色めくモニターを眺める。


 正直、味方にどれだけの被害が出るかなどほぼ興味はない。

 魚鱗陣で突撃しているのだ。そんなものは織り込み済み。

 そのうえで、普通にやっていれば勝利も揺るがない。

 ここまで砲撃が来ることもない。


 であれば、あとはどれだけ相手を削り、手早く勝利を手中にするか。

 それだけでしかない。


 なので座席の肘掛けで頬杖まで突きながら。

 敵艦隊の被害と、その『動き』とやらの報告を待っているわけだが。


「……」



「……うん?」


 なんだか妙である。

 コズロフが階下の観測手たちへ目を向けると、

 彼らは必死にレーダーと向き合っている。

 誰も居眠りなどしていないし、不慮の事故で突然の殉職をしてもいない。

 だというのに。


「……まだか」


 いつもの聞き馴染んだ


『艦隊被害何パーセント!』


 という、大袈裟に切羽詰まった報告が飛んでこない。

 やけに遅い。


 理由は単純なことのようだ。

 なお座席のパネルへ食い入るような彼を見れば分かる。

 被害の計上が終わっていないのだ。


 では何故終わらないのかといえば、


「副官」

「はっ」


 静かな問い掛けにエールリヒは振り返るが、提督はモニターを見たまま。


「連中が砲撃を始めて、どのくらいになる?」

「……やけに、長いかと」

「インターバルはいつだ。どれだけ連射している。砲身が焼け付いても、機関がオーバーヒートしても構わんとでも?」


 声を掛けておきながら、副官を無視して独り言のコズロフ。


「否!!」


 そのまま一人、結論まで達したのだろう。

 彼は立ち上がるなり、


「第一観測手!」

「はっ、はい!」


 忙しい彼の思考へ割り込む。


「被害確認はいい! 今すぐ連中の動きを報告しろ!」

「はっ!」


 一時は中断された報告の答え合わせ。

 その内容は、



「輪形陣の外周が、時計回りに回転しています!」



「やはりか!」


 コズロフの新たな予想と合致するものだった。


「閣下! これは!」

「そうだ副官!」


 まさか! という顔のエールリヒへ、彼は勢いよく振り返る。



「これはただの輪形陣などではない!」



 先ほど、T字有利の話をした。

 昔は有効なかたちであったが、今は苔した常識である、と。

 その理由は、『砲弾を放物線で飛ばす時代ではなくなったから』と。

『今の時代は光線が真っ直ぐ飛ぶので、むしろ被弾しやすい』と。


 これは防御の話。

 しかし攻撃面ではコズロフが、こんな発言をしている。


『後部の砲塔も使いたいのかもしれんが、な』


 後部砲塔は正面を向いていると使えない、という話である。


 この話を聞いた時、勘のいい方なら気付いたのではないだろうか。


『正面に何かあると邪魔』

『この時代の砲撃は放物線ではない』


 そう。

 実態として、


 この時代の艦隊決戦、実は戦闘に参加しない艦は多い。


 何百隻で戦っているのだ。

 横一列並びならともかく、基本的に後方配置の艦の目の前が空いていることなどない。

 振り返るまでもなく味方やつがいる。


 そのうえで、基本的に艦隊の損耗が30パーセントを越すと撤退。

 サボタージュではないが。


 この時代に一周回って、前衛から槍で突き合うようないくさをしているために、

 大将の横でボヘーッと突っ立ってたら、知らんうちに勝ったり負けたりする


 そんな者も多くいるのだ。


 しかし彼らとて丸腰で戦場にいるわけではない。

 まずもって軍艦が兵器であり、その砲塔にはエネルギーが満ちており、

 火を噴く時を今か今かと待っている。

 いつでも命令があれば即応できるようになっている。

 そう、前衛が『艦体損耗』『エネルギー消耗』


『砲撃のインターバルが明けるのはまだか』


 などと言っているあいだも。



 であれば。

 全ての艦とまでとは言わずとも、

 せめて後衛の艦くらいでも砲撃に参加させられたなら。



 輪形陣というのは、本来空母を守るための陣形、防御重視だが。


 こちらはむしろ、積極的な殺意の構え。

 自分たちで突撃しない点はあるが、全員で待ち受ける分煮詰まった殺意。


 迂闊に近寄った同盟艦隊を、文字どおりの回転効率で削り取る。


「車懸かりの陣とは、さらに古風な真似をするではないかロカンタン……!」


 コズロフが怒りとも笑いとも取れないニュアンスで奥歯を剥く。

 発想としては通説上の長篠・設楽原合戦の方が近いかもしれない。

 が、どちらも通説上の武田軍を苦しめた戦法には違いない。

 彼と同じように、騎兵による高火力突撃が伝わる武田軍を。

 もっとも、上杉の車懸かりも長篠の三段撃ちも武田の騎馬隊も、なんならT字有利も。

 全て『通説』で『疑問が残る』とか言われがちだそうなのだが。


 しかし、少なくとも今ここでは、現実問題として。


「たしかにこれなら、敵ユースティティア艦隊の練度を考えれば。『足並み揃えて砲撃の中を突撃せよ』というよりは易しいでしょう」

「『バターにでもなっておけ』というだけの話だからな」


「閣下! 艦隊損耗率、すでに10パーセント目前です!」


「驚異的スピードだな」


 絶大な効果を上げていると言って差し支えないだろう。

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