第294話 凶なる配置

「ふむ。さすがに趣向を変えてきたか」


 同盟軍ユースティティア艦隊。

 三角形、いわゆる魚鱗の陣形で、スタンダードなら後方にいるべき、

 しかし今回は中心やや前方、北条鱗の上段の三角の底辺あたりに構えている、

 旗艦『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』。


 その艦長席でコズロフは頬杖、魔王のような斜め座りをしていた。

 ユースティティアは彼の同盟での古巣、ではあるが。

 それで居心地がいいということもないだろう。


 では何故そうもリラックスしているのか。



 それは、相手がユースティティア艦隊だからである。



 記憶力のよい方であれば覚えていらっしゃるだろう。


 ユースティティアはシルビアが、皇帝となるまえに率いていた艦隊である。

 そして、アンヌ=マリーがいた場所でもある。

 前述のとおり、コズロフもいた。


 つまり皇国軍ユースティティア艦隊は、連戦をこなした部隊なのだ。

 アンヌ=マリー戦から第二次皇位継承戦争という絶え間ない連戦を。

 ゆえに損耗が、エポナなどを除けば他の方面派遣艦隊より激しい。


 しかもその後、指揮官たるシルビアと副官カークランドは皇帝、禁衛軍へ。

 復興どころか柱石すら抜けていってしまった状態なのである。


 もちろん、そんなデスロードも去年の秋、10月のこと。

 戦闘、移動、戦闘と、MLB並みの過酷スケジュールをこなすうち、

 気付けば半年経っている。

 あれからもう半年経っている。


 よって、もちろんそのかん放置されていた、ということもない。

 復興自体はされている。


 が、皇国軍は全体が疲弊し、リソースは限られている。


 そこにこれ幸い噛み合ったのが、アンヌ=マリーの死、コズロフの更迭。


 はっきり言って、対処しなければならない脅威が薄い。


 ゆえに、補充された人員物資も後回しの残りものというか。

 ユースティティアは忘れられた戦場となりかけていたのである。


 そこにこのたび、コズロフが舞い戻ってきた。

 たいした補充をされていないのは、こちらもそう変わらないかもしれない。


 が、それなら連戦していない同盟側の方が、当然余裕がある。


 だからこその、この態度なのである。

 もっとも、彼はいつでも余裕たっぷりなところはあるが。



 そんなコズロフに対して。

 彼の視界に映っている皇国軍はというと、


「輪形陣。防御を固めてきたようですな。もしくは艦載機を活かしたいか」

「あぁ」


 今までの積極策とは打って変わったドクトリンを選んでいる。


「なんにせよ、さすがに疲弊しているらしい」

「いまだ『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』の鐘が近くを浮いている。そのくらいの期間しか経っていませんからな」

「あれはどうやら重力の関係で、この辺りを延々回っているそうだぞ」


 副官の発言に補足を入れつつ、彼は足を組み替える。


「それより、オレが言っているのはロカンタンと『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』のことだ」

「精神的にも、艦の状態的にも、勢いを駆って戦うだけの余裕がない、と」

「うむ。大人気おとなげないかもしれんが、子どもが堪え性を競うのは厳しかったらしい」


 執念深くはあるが、普段は自身の中では芯を通し、実直にところがないコズロフ。

 しかし今ばかりは、底意地の悪い表情を浮かべている。


「さて。それでも戦争とは、得てして我慢比べの世界だ」


 彼は斜め座りから真っ直ぐに座りなおす。

 戦闘に向けて、精神を切り替えるのだ。



「それに敗れたのであれば、そろそろ決着とさせていただこう!」



 威勢のいい声によって、クルーたちの背筋が伸び、



「艦隊、蹂躙せよ! 突撃!」



 号令一下、火蓋が切って落とされる。






「敵艦隊、動きはじめました!」

「ん」


 対する皇国艦隊、輪形陣の中心から前方寄り。

 旗艦『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』。

 その艦長席で、リータは小さく頷いた。


 それを受けて、ナオミがクルーたち、そして艦隊へ指示を返す。


「艦隊前衛、回頭! あとは指示を待て! 緊張することはない! 練習どおりに、ただ動いて撃てばいい!」






「間もなく敵艦隊、射程内に入ります!」

「よし、艦隊、砲撃準備!」


 ここのところは、正直言って戦果としては上手くいっていなかった。

 事実、主要な星や基地で奪取できたものは特にない。

 そんな戦場が続いてのスタミナ勝負、ついに相手にかげりが見えたのだ。

 ゆえに、多少鼻息荒くなるコズロフだったが、


「閣下!」


 少し水を差すように、観測手の声が上がる。


「なんだ!」

「敵艦隊が、こちらへ横腹を向けております!」

「ほう?」


 報告を受けた彼は、思わずあごへ手を添える。


「T字有利か? また古式な」

「放物線で殴る大艦巨砲主義の時代ならいざ知らず、今時ですか」


 その右斜め前、副官も同じポーズで突っ立っている。


「後ろの砲塔も使いたいのかもしれんが、な」

「なるほど」



 試しに戦艦大和の模型でも見てもらえば分かるが、

 当時の戦艦というのは、艦橋の後ろにも砲塔がある。

 この配置はコズロフらが戦う宇宙時代の戦艦にも踏襲されている配置である。

 退却時に多少役立つ。


 しかし、勘のいい諸兄ならすぐに気付くであろう。

 そう、仮に戦艦同士が真正面から向き合って撃ち合う場合、


 この後部砲塔は機能しない。


 前方2基後方1基の大和で言えば、攻撃力は3分の2になってしまう。



 そこで役立つのが『横腹を向ける姿勢』である。


 砲塔は左右への旋回が可能な構造となっている。

 そのため、艦首が相手の方を向いていなくとも、砲撃自体は可能なのである。


 であれば。

 たとえば相手に左側面を向け、砲塔も左側へ照準をつければ、


 艦橋が邪魔になることなく、全ての砲塔が目標へ砲撃できるのだ。



 そういう観点で見れば、理解のできない布陣ではない。


 が、絶対的な問題として



「だが直線で飛ぶ粒子砲の時代には、いいまとに過ぎん!」



 少し仰角が変われば前後へ大幅に着弾点がズレる大砲の時代ではない。

 今はレーザーがライフル弾のように真っ直ぐ突き刺さるのだ。

 フェンシングで半身はんみにならず正対するバカはいない。


 コズロフが椅子から立ち上がると同時、観測手が声を上げる。


「射程内、入りました!」



「来たか! では連中の望みどおり、脇腹を食い破ってやれ!」



 裂帛れっぱくの気勢が響きわたるその時、

 別の観測手が声を上げる。



「敵艦隊、動きます!」



「何?」

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