第296話 この手に限る
ただ。
ここまで見ると、まるで神の一手かのような戦術だが。
こんな単純な策が、リータが練り出すまでこの世に存在しなかったのか。
そんなわけはない。
当然今までに思い付いた人はいるし、実行するシチュエーションもあった。
過去の軍人たちもプロであり、長く戦争をしているのだから。
しかし、我々がシルビアのキャリアを通して宇宙戦争を眺めるかぎり。
この戦術が出たのは初めてのことだろう。
これが何を意味するのか。
それは、
端的に流行っていない。
では、戦術が流行らないというのはいかなることか。
それは、
「艦隊、左右へ散開しろ!」
「はっ!」
「あの猪口才なトーチカを包囲殲滅する!」
有用性がなかったり、対策・弱点が明確であることに他ならない。
この戦術で言えば、コズロフの包囲がそれに当たる。
こんなもの、背後へ回り込んでしまえば
そこにいるのはいつもと変わらぬ、インターバルを迎えた敵艦である。
所詮こんなものは相撲の変化や野球の隠し球。
ごく稀に、いきなりやられると効くくらいのものなのだ。
「起死回生に奇策をとるのはよくあることだがな! 伝わる好例は生存バイアスに過ぎん!」
逆に移動に優れた陣形でもないものが、その場でぐるぐる回るだけ。
機動戦への対応力など絶無に等しい。
向こうが戦国時代の術理で来るなら、こちらは紀元前。
カンナエの戦いで殴り掛かるだけである。
こちらは疑問ばかりの通説とは違い、
2,000年後でも宇宙時代でも規範とされる、由緒正しき戦争芸術である。
ここからが自分たちのターン、とコズロフが艦長席で肩をいからせている時。
もう一つ。
『
かつて腕組み仁王立ちが基本姿勢だった男の株を奪うような。
それでいて小柄ゆえに迫力の足りない少女が、モニターを睨む。
「閣下。山が割れました」
その隣でナオミが耳打ちすると、
「うん」
彼女は小さく頷く。
そのかわいらしい仕草がきっかけかのように、無骨な姿勢が解かれると。
利き手がゆっくり、わずかなテイクバックをとり、
勢いよく前方へ突き出される。
「さぁ、仕掛けるよ!!」
彼女が尊敬してやまない、女性の英傑の仕草。
「敵艦隊、回転が止まりました!」
「そうだろうな」
『
その報告を受けても、コズロフは気に留めなかった。
このまま正面への集中砲火を続けていては、背後がインターバルで無抵抗になる。
ゆえに背後の艦隊で回り込みに対処するのであれば。
今度は回転する理由がない。
むしろエネルギーの無駄、やめるのは当然とばかり考えていた。
だからこそ、
「提督っ!」
「どうした」
「敵艦隊正面中央、にわかに突出しはじめています!!」
「……何?」
これが、
円の内側で、それこそいつもの後方艦隊のように、
今か今かと突撃の時を待つ艦隊の、道を開けるためとまでは思わなかった。
「艦隊突撃せよっ!!」
艦長席でリータが吠える。
この時を待っていたのだ。
「狙うはコズロフの首一つ! 『首狩り令嬢』のお膝元だった本領を私に見せろっ!!」
そう言いつつも、真っ先に飛び出すのは速度で勝る『
同盟艦隊の、魚鱗で尖っていたはずが凹みつつある先端へ飛び込む。
そう。敵がこちらを包囲しに動く。
これがリータの狙いだったのだ。
円を囲うには、さらに大きな円を描かなければならない。
その分艦隊は横へ横へ広がっていく。
彼女はよく覚えている。
自身が尊敬してやまぬ『半笑い』の英雄。
初めて彼女の乗艦にて戦う至福を得た時のことを。
彼女の『必殺技』のことを。
横に展開した陣形で、あえて一翼を薄くし敵を誘導する構え。
これが非常に効果的であり、
そうなるくらいには、
『横に広がれば薄くなる』
『そこが勝負を分ける狙い目』
なのは常識なのだ。
ということは。
今この時も、目の前の同盟艦隊は左右へ展開し、
中央にいるコズロフを守る壁も薄くなる。
「コズロォォォォォフ!!」
「やはり卿はそうしてくるのが似合うな!!」
とはいえ無人の野ではない。
『敵を倒す』というよりは、『指揮官に近付かせてはならない』。
そんなある種、より切実な殺意を持った光線が降り注ぎ、
もちろん一発でも被弾すれば、当たりどころによっては終わってしまう。
しかしこんな時は、迷った方が危ない。
『
あとは、この時のためにあったかのような、リータの天性の才能。
「面舵2! 艦橋右に20度!」
「はっ!」
的確に、逆に彼女の指示を聞いて相手が合わせるように。
「下げ4! ロール!」
閃光は次々艦体の横をすり抜けていく。
天使が導く戦場の魔法。
そうしているうちに、同盟艦隊の多くはたった一隻へ砲撃を集中。
インターバルとなったところに、
ワンテンポ遅れた皇国艦隊が現れ、一方的な応射が飛ぶ。
「うわあああぁ!」
「閣下! 提督閣下!!」
同盟軍艦隊。
薄くなった前衛は見る見る数を減らしていく。
ついには僚艦が被弾しはじめ、飛んできた破片が『
「狼狽えるなぁ!」
クルーたちが座席にしがみ付き、副官が壁に手を突くなか。
コズロフはただ一人、床から生えている大樹のように仁王立ち。
「しっ、しかし!」
「プライドやメンタルの話ではないわ! 今にもロカンタンが来るというのに、無抵抗で泣き喚いているつもりか!?」
「は、はっ! たしかにっ!」
「生き残りたければ迎え討て! 二度とこのような目に遭いたくなければ、ここでやつを仕留めてしまえ!」
なんならここに来て、ようやく彼の闘志は温まってきたらしい。
まさにそれに応えるように、
「提督! 『
両者が何度目かの対峙をする。
何度対峙しても、
『今日ここで殺す』
その意思は変わらない。
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