第297話 巧遅より拙速

「『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』捕捉!」


 コズロフたちがこちらを捉えたように、

 リータたちも彼らを捉える。


「砲撃準備ーっ!」


 彼女の目はもうモニター中央、米粒大から大きくなっていく光点しか映っていない。

王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』の足は凄まじく速い。

 この世に存在する全ての戦艦のなかで、最も速い。


 が、それだけではなく、向こうからも詰めてきているのだろう。

 以上な速度で光点はサイズを拡大し、点から艦のシルエットへ変貌する。

 少女の奥歯が、油が注されていない歯車機構のように鳴る。


「コズロフ閣下……! あなたがどれだけ人倫に許されざる人でも、私は許しましょう。私はよく知らない人だけれど、あの『オルレアンの城壁』があなたを生かした。シルビアさまの信じるあの人が」


「『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』、間もなく射程内に入ります!」



「ですが!」



「総員、衝撃に備えろっ!」



「『Homme mort ne fait guerre』! “死人は戦争をしない”! ことわざでもなんでもなく!」



 その身長から、絶対値として長くない右脚を思い切り振り上げ、



「だから!」



 艦長席のデスクへ叩き付ける。




「シルビアさまのために死ね!!」




 それが撃鉄による一発かのように。






ーっ!!」






ーっ!!」






 愛ゆえの殺意が

 プライドゆえの殺意が

 交差する。






 初撃は両者とも外した。

 多少掠めたかもしれないが、気にならないレベル。

 さすがに距離があるからだろう。


 しかし、こんなものは手袋の投げ合いにすぎない。


 次。

 ここからが必殺の間合いへと変わっていく。






「引き付けろ! よく狙え! 相手はあのロカンタン、半端な攻撃はかわしてくるぞ!」






「いい!? タイミングが大事! 私の指示をよく聞いて!」






「敵の目の白い所が見えるまでは撃つな!!」






「ここまで来たら回避はなし! 腹括って! 確実に! 真っ直ぐ行って真っ直ぐ当てる!!」






 両者ここで相手を下さんと。

 狙いを外せば必敗、テーブルに自らの命を乗せた勝負。



 先に動いたのは、



ーっ!!」



 リータ率いる『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』。



 バンカーヒルに出たコズロフとは違い、中間の間合いから第一、第二砲塔が火を吹く。






「提督閣下! 砲撃来ます!」

「回避!!」


 対する『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』も反応が早い。

 精鋭である。

 一対一の状況なら、リータでなくとも砲撃を読むのは容易い。


 早速回避に動こうとしたその時、


「ん? いや、待て!」


 コズロフの制止が通るより早く、

 いや、最初から制止しても意味はなかったのだが。



 閃光は『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』から少し逸れたコースを貫く。



 そこには、



「提督っ! 『一角獣Long horn』が!!」



 僚艦が一隻。

 激しく被弾した『一角獣ロングホーン』は大破し、


 破片を撒き散らす。



 それが真横にいた『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』に、質量弾として衝撃を見舞う。



「うおおおぉぉ!!」

「きゃあああ!!」


 お決まりのように揺れる艦橋、上がる悲鳴。


「狼狽えるな!!」


 仁王立ちだった指揮官も、さすがにデスクへ手を突いている。

 それでも舌を噛むのも恐れず周囲を叱咤する姿は、さすがと言えるだろう。


「しっかりしろ! ロカンタンがすぐそこだぞ! 目線を切るな!」


 しかし、


 誰しも彼ほど強くはない。

 だからこそ提督なのだ。


 まともな神経の人間は、思わず目を閉じ歯を食いしばる。

 いちいち指示は聞こえないし、周囲の状況を脳が理解しない。


 そこを、






「第三、第四、第五砲塔! 照準合わせーっ!!」






 見逃すような速さを、『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』はしていない。






「来たぞっ!! 砲撃手! 撃て!!」

「えっ!? あっ!?」

「照準などもういい! この距離だ! 撃てっ!!」



 あっという間にすれ違いざま。






ーっ!!」






ーっ!!」






 両者の砲撃が交差する。



王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』の第三、第四砲塔から放たれた閃光。

 あやまたず『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』を捉えた。


 しかし、実際に一瞬早かったのは相手側だった。

 狙っていない分すぐに発射されたのだろう。

 それはやはり、規格外の速度を持つ敵艦の急所をまともに捉えられなかったが、


 一方で偶然、1発が後部に配置された第五砲塔に直撃する。


 それにより、



「うわああああ!!」

「ひあああ!!」



 強烈な揺れが『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』を襲う。

 発射直前でエネルギーが充填されていたため、結構な暴発を引き起こした。

 決して致命傷ではないが、


 その衝撃で艦橋を狙ったはずの照準は逸れ、

 単純に予定より砲塔が一つ減ったこともあり、






「うおおおぉぉ!!」

「閣下ぁ!!」

「オレのことはいい! 被害状況は!!」

「はっ! ダメージコントロール!!」

「艦体損傷率……



 60パーセントを突破! 大破寸前です!!」



「生き残ったか……!」


 一発轟沈や致命傷には至らなかった。

 しかしもちろん、


「継戦は不可能です! 今すぐ撤退を!!」

「くそっ!」


 怒りに任せて拳をデスクへ叩き付けるコズロフだが、


「ここで死ぬわけにはいかん……!」


 深い妄執は、彼を盲目にも冷静にもする。



「艦隊に通達! 『当艦被害甚大につき、戦線を離脱する』!!」



「はっ!」


 すれ違って距離がとれたのをいいことに、そのまま逃走を試みる。






 一方、『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』の方は、


「被害状況!」

「損傷率20パーセント弱! 第五砲塔沈黙! しかし戦闘、航行に支障はありません!」

「よし!」


 まだまだ余力たっぷりである。

 そして、


「閣下! 『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』、我々から距離をとる動きです!」

「つまり、辛抱たまらんってことですね!」


 リータの勢いも最高潮である。



「なんとしても仕留め切る! 追撃せよ! 私らの脚なら追い付ける!!」

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