第298話 翻弄せし運命

 相手は虫の息、いざ決着



「最大戦速!!」



 というところで。


 それは起きた。


「か、閣下!」

「何!」



「第二エンジン沈黙! 最大戦速に達しません!!」



「はぁ!?」

「第五砲塔暴発により、回路が被害を受けたものと思われます!」


 ここに来て、痛恨たる運命のイタズラが降り掛かる。


「おのれっ!!」


 しかし、それだけなら問題はないだろう。

 こちらより遅い『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』が、こちらより深傷ふかでなのだ。

 単純に鬼ごっこをすれば、休み時間いっぱいも逃げ切れるまい。

 ただ、


 戦争は彼女らだけでしているのではない。


 リータもコズロフも、真っ直ぐ突撃して交差した。

 つまり、『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』の現在地は、


 敵陣のど真ん中である。


 万全の状態なら。

 あるいは彼らを無視し高速Uターン、追撃に移るのもありだろう。

 しかし今は違う。

 速度が単純に5分の4まで低下している。

 気楽に背を向けて、振り切れるかどうかは微妙なところである。


 しかもコズロフは速度の問題もあり、僚艦たちと足並みを揃えてきた。

 対してリータたちは、ひと足さきに飛んできたスタンドプレー。


 味方との連携に少し時間が掛かるのと同時に、






「急げっ! コズロフ閣下を見殺しにしてはならん!!」



「早く救援するのだ!!」



「いいから敵艦隊の鼻っ面に突っ込んでやれ!!」






 同じく『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』もすれ違い、

 眼前には一歩遅れた皇国艦隊。


 同盟軍総指揮官戦死などあってはならない。

 よって彼の麾下艦隊も、死に物狂いで突撃を仕掛ける。


 このような入り乱れての混戦で、全てを無視して一人を追えない。






「コズロフっ! コズロォォォォォフ!!」






 少女の叫びも虚しく、



 同盟艦隊の奮戦もあって、『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』は戦場を離脱した。


 しかし、その戦闘の最中さなかで。

 多くの同盟軍ユースティティア方面軍将校が戦死。


 艦隊としての損耗は20数パーセントと伝わるが、

 ユースティティア艦隊の指揮系統は壊滅したと伝わる。






 14時29分。

王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』艦長室。


 執拗なまでの追撃戦も終了し、皇国軍ユースティティア艦隊も一息ついたところ。

 しかし、指揮官クラスは戦後処理も忙しいもので。

 リータとは同方面派遣艦隊司令並びに副官とリモート会議を行なっていた。

 デスクの隣にはナオミも立っている。


『では、報告の書類等はこちらで作成を進めさせていただきます』

「お願いします」


 今回は久々の快勝である。

 一刻も早く皇帝や臣民へ届けたいニュースだが、彼女は忙しい。

 そもそも麾下艦隊の把握は現地の将校の方が早いのだから、任せることに。


『正直、我々の戦力で勝てるとは思っていませんでした』

「でもみんな、頼んだとおりにできる、いい子たちでしたね」

『もったいないお言葉です。皆に伝えます』

「大袈裟な」

『とにかく、今回の勝利は閣下のおかげです。艦隊を代表して、感謝申し上げます』

「こちらこそ感謝を。あなた方と皇国、皇帝陛下に栄誉のあらんことを」

『元帥閣下と皇国、皇帝陛下に栄誉のあらんことを!』


 差し当たっての連携が終わると、


「ふぅ」


 リータはパソコンを閉じ、デスクに両肘を突き、手にあごを乗せる。


「お疲れさまです」

「ん、ありがと」


 ナオミがすかさず、準備していたココアを渡す。

 彼女も受け取り、マグを両手で包み、湯気を口で吹いているが、


「第二エンジンはいつ直る?」


 まったく頭を休める様子はない。

 しかし必要なことでもある。

 副官もタブレットを操作する。


「本体の損傷は軽微ですが、回路が半分吹き飛んでいるので……はい。バラして修理、そこそこ時間は食いますね」

「そっか」

「でもまぁ、本艦はワンオフですからね。特にエンジン。まだ早く済む方ですよ。本体がやられてたら、お取り寄せするものが多すぎる」


 一度そこまで報告してから、彼女は一度リータの様子を確認する。

 少女はマグを口元に近付けてはいるが、手を付けない。

 内容に対して『ふぅん』といった感じ。


 なのでナオミも、具体的な日数などはすっ飛ばす。

 指揮官が一番知りたいことはこれだろう。


「ご心配されなくとも、『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』よりは早く直ります。あの損傷ですからね。置いていかれることはないでしょう」

「……うん」


 そこまで聞くと、彼女もようやく雰囲気が和らぐ。

 ナオミも肩から力を抜ける。


「閣下。敢闘精神があられるのはよろしいですが」

「何、急に」

「あなたもコズロフになりつつある」

「はぁ? このおチビがぁ?」


 まったく意味が分からない、というリアクションだが。

 彼女はシルビアより、『リータに身長の話はするな』と言い含められている。


 その少女が、それを引き合いに出してまでジョークでとぼけたのだ。

 分かっていて、逃げようとしたのだろう。


 だが、そこに踏み込むのが副官の役目である。

 たとえ会ってから日が浅かろうと。

 親しい人や仲のいい友人の気遣いではなく、職務として。


「コズロフは皇帝陛下へのリベンジ精神に取り憑かれ、戦争をしています。もはやあれは妄執の塊、何かそういった、人ではないモンスターのたぐいです」

「悪いことしてると怪物になっちゃう童話ってありますね」

「あなたもそうなり掛けている」


 失礼な発言ではあるだろう。

 リータも眉を顰めている。

 が、咎めはしなかった。


「あなたも、『コズロフを殺す』という妄執に、取り憑かれている」

「……」


 自覚があるのだろう。


「お忘れではないでしょう。本艦は連戦で傷付き、あなたも体調が思わしいとは言えない」

「あれは」

「鼻血が出るのはいつものこと、ということであれば。それはあなたが常に虚弱であるだけの話です」


 少女は押し黙って答えない。

 答えられないのであれば、年相応の抵抗と言える。

 であれば、あまりいじめるのもよくない。

 そう思う程度の神経はナオミにもある。


「ですから、これはちょうどいい機会です。休みましょう。休めばいい、落ち着けばいい。それだけの話です」


 子守唄のように優しくまとめてやると、


「そう、ですね。うん、そうだ」


 指揮官の理解も得られたらしい。

 心にも届いたか、


「なんか、眠くなってきた、かな」


 瞼がウルトラマリンブルーを半分ほど覆う。

 早速か、と思わなくもないが、いいことである。


「では。ちゃんとベッドで休んでくださいね」


 副官も艦長室をあとにしようと背を向けたその時、


 背後でガタッと音がした。

 ついでバシャッと液体が撒かれる音に、ゴンッとマグがカーペットに落ちる音。


「やれやれ、言ったから」


 苦笑しつつ振り返る彼女だが、


 その笑顔は一瞬で凍った。


 視界に映ったもの。

 カーペットを濡らすココアはいい。

 問題はもう一つの、



 デスク上面を濡らし、側面を流れ落ちるほどの、真っ赤な血溜まり。

 その中心で突っ伏す、顔。

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