第319話 秋の夕暮れ
シルビアがカピトリヌスへ帰ってきたのは、10月23日の朝のことである。
ケイは今度も軌道エレベーターで出迎えたわけであるが、
「あれっ」
「何よ、開口一番に」
「いや、別に」
戦争完全終結により軍人が解放を喜ぶ一方、政治家はここからが忙しい。
シルビアの誕生日こそリモートで祝ったが、それ以外は基本メールでやり取り。
それこそ、誕生日祝い以来姉の顔を見た彼女なのだが。
「満足げな顔してるなぁ、って」
「そりゃそうでしょ」
「それはさておき、お帰りなさいませ、陛下」
「あぁ、うん」
──“姉帝の顔を見た時、私が最初に思ったことは
『覇気のない顔をしている』
だった。”
“誕生日祝いの時にも思ったが。それはまぁ、日が日だけに浮かれているのだろうと考えた。”
“なのでこの日も、
『一大事業が終わり、差し当たっての肩の荷が降りたのだろう』
『だからまぁ、憑き物が落ちたような顔もするだろう』
『何せ、ずっと目指していた目標だったのだから』
そう結論付けた。”
“この時すでに兆候が出ているとは、微塵も思わなかった。”──
ケイとカークランドを伴い、シルビアが軌道エレベーター施設から一歩出ると。
当然、大量のマスコミが待ち受けていることは想定済みである。
しかし、
「わああああ!!」
「終戦万歳!!」
「平和万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
「皇帝陛下!! 皇帝陛下!!」
帝都でも繁華街でもないこの地に、大量の皇国民が駆け付けていたこと。
さすがに彼女の想定外だった。
「これは、また、すごいわね」
「そうかな?」
「そうよ」
「何をおっしゃるのです、陛下。人類史上に宇宙戦争を終わらせた偉人はいません。いったい誰のどの事例と比較して、この扱いが過分と申せましょう」
「ごめんカークランド。何言ってるかさっぱり聞こえない」
なんなら大量のフラッシュと体格がいいSPの壁で、視覚もあまり機能しない。
なんかたくさん人がいるんだろうなくらいしか分からない。
「ほらお姉ちゃん、あそこの横断幕見て」
「見えない見えない。逆にあなた見えてるの?」
「行きがけに見たよ」
「じゃあ見えないんじゃない」
国民たちの熱い思いも、熱すぎて受け取れない有り様であった。
ちなみにそこには
『“真の平和をつかみ取る” 公約を果たした真の皇帝に敬意を!!』
と書いてあったのだが。
シルビアが目にしたのは、後日ワイドショーで流れた映像でのことだった。
ただこの時の皇帝には、市民の熱狂が
「あれ? 止まった?」
「国民たちが進路を塞いでいるため、進めないとのことです」
「えぇ……」
「すごいねお姉ちゃん。みんなめっちゃ手ぇ伸ばしてる。今窓開けたら車から引き摺り出されるよ」
「ゾンビパニック!」
リムジンの座席で間抜けに叫ぶほど。
もはや持て余すレベルのものだったようである。
“思えばこの時、『冷めている』とまでは言わないが。”
“姉帝は一人、すでにどこか宇宙中の熱狂とは違うところに心があったのである。”
行く先々で国民たちの歓声歓待を受け続けた結果。
シルビアが『黄金牡羊座宮殿』へ帰り着いたのは夕方だった。
「秋の夕暮れって美しいわよね」
車から降りた彼女は振り返って呟く。
ケイも手で目元に傘を作りつつ相槌を入れる。
「メイプルとか柿の実とか毒キノコとか、赤やオレンジがキレイな季節だよね」
「毒キノコて。まぁでもそうよね」
シルビアはほうっと一つ、感じ入るようなため息を溢すと、
「全てが熱く燃え盛るような、でもなんだか燃え尽きるようにも見える季節だわ」
「気温のせいじゃね?」
遠回しに『寒いから早く屋内へ入ろう』と水を向けるケイだが。
シルビアはマフラーを喉元に寄せ、じっと落陽を見つめていた。
『ケイ、今ちょっといいかしら』
シルビアから内線で電話があったのは、21時を少し過ぎた頃らしい。
その時彼女は宰相執務室。
持ち帰った議題をまとめ終わり、これから入浴しようかというところだった。
『部屋に掛けたけど返事がなくて』
「いいよー。ナイスタイミング。さすが姉妹だねぇ」
『じゃあ今からそっちに行くわね』
「えー? 陛下の方からお越しに? 普通逆ですぞ」
『……そうね。でもそういう気分なの』
「あ、さては招く側になってお茶とか用意するのがメンドくさいんだな?」
『そういうこと』
実際、シルビアの淹れる茶はマズい。
かといって姉は妙に根っこが小市民というか。
夜分になるとできるかぎり、使用人を
「まったく、悪徳令嬢シルビアとは思えないな。ま、皇帝にもなって邪智暴虐のままでも困るけど」
ケイは生粋の皇族として、使用人に職務を
「……成長したもんだ、この数年で。いろいろありすぎた数年で」
今回ばかりは姉にならい、自身で備え付けの給湯室へ向かった。
『ケイ、入るわよ』
「どうぞー」
シルビアは思ったより遅れてきた。
ケイは茶が入る時間を見計らってきたのかと思ったが、
疲れてるのかな?
部屋に入ってくる彼女は、思ったより足取りが重かった。
「もう遅いし、ラベンダーティーでよかったかな?」
「ありがとう」
そのままシルビアはゆっくり椅子に腰を下ろす。
どこか重い所作。
しかし、椅子に沈む体はどこか軽い、いや、
まるで羽。
重さがないみたい。
ケイ自身、不思議なものに触れて宙に浮くような、ぼやっとした感覚に包まれる。
彼女も釣られて静かにカップをテーブルへ置き、向かいへゆっくり座る。
その間シルビアは、じっと茶の水面を見つめていたが、
「それで、どうしたの? 終戦記念式典の進捗? それとも演説の原稿書けって?」
「あぁ、それもお願いしたいけど、そうね」
相手に視線を移し、
「手早く本題に入りましょうか」
ハーブティーを一口、唇を湿らせた。
熱さゆえに、たいした量を啜れたわけではないが。
物理的なことではなく、単に気持ちを切り替える儀式だったのだろう。
彼女はスッと背筋を伸ばす。
釣られてケイも背筋を伸ばす。
真っ直ぐにかち合う視線。
「ケイ」
「何?」
「私は皇帝の座を
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