第168話 避けられぬ運命
かくして2324年7月14日、午前7時12分。
宇宙の朝夜の概念はないが、生活リズムの時間的には『朝駆け夜討ち』か。
シルビア率いる皇国軍ユースティティア方面派遣艦隊。
コズロフ率いる『地球圏同盟』ユースティティア方面軍艦隊。
両者は開戦の間合いで対峙した。
皇国軍艦隊旗艦『
「元帥閣下! 敵艦隊補足!」
「よろしい」
艦長席で腕を組み、深く座るシルビア。
帽子も目深に被り、あごを少し引いている。
ゆえにつばと前髪の隙間から覗く左目が、上目遣いに睨み付けるよう。
「カークランド准将。味方艦隊の足並みは?」
彼女の問いに、観測手の隣に立っていた副官が振り返る。
「はっ! 中央艦隊及び水雷戦隊(※)、『一糸乱れぬ』と申し上げます。さすが中核艦隊、と言ったところでしょうか」
※この時代の巡洋艦駆逐艦は魚雷を積んでいない(水上戦闘と違い、『喫水下を狙う』場面がないため)。
しかし『通じやすい』という理由で旧来の呼称が使われている。
「よろしい」
低く抑えた声。
「機関部に確認。アンチ粒子フィールドは」
「はっ! システムオールグリーン! いつでもフルパワーでいけます!」
聞かれると予測していたのだろう。即座に欲しい答えが返ってくる。
「よろしい」
ここまで、低く抑えた、それゆえに
それがついに弾ける。
「ならば予定どおり! 一時停止する必要はないわ! 艦隊突撃! 左右の水雷戦隊も突っ込ませなさい!」
デスクを両手で叩くようにして立ち上がり、吠えるように叫ぶシルビア。
カークランドが指示を復唱する。
「了解! 艦隊、突撃開始!!」
「中央の先陣はこの『
「了解!」
「アンチ粒子フィールド展開!」
彼女は思い切り左手を突き出し、敵艦隊を握り潰さんばかりに宣言する。
「さぁ、仕掛けるわよ!!」
一方、同盟艦隊『
アンヌ=マリーは艦長席の横に立っている。
「お座りにならないので? 戦闘が始まれば危険です」
「いえ」
副官の問いに、小さく首を左右へ。
実際は立った方がモニターがよく見えるとかいうことはない。
ただ、気持ちの問題なのだろう。
コズロフのように立っているのが好きとかではなく、座っていられないのだろう。
と、そこに、
「『
「ついに、時が来ましたか」
その閣下から、
会議では『受けて立つ・引き込む』を主張したアンヌ=マリーだが。
コズロフによれば
「
「先立っての内乱。あの前哨戦でも、地道な小惑星排除戦術を取るとすぐに気付いた」
「オレの性格と勘案して、『らしくない』と考えを巡らせたのだろう」
「ゆえに、もし今回こちらがじっとしていれば、やつは裏を考える」
「それよりは、多少圧を掛けた方が引き出せるだろう。それにやつはインファイトの首狩りを好むからな。こちらが寄っていくほどに欲を見せるだろう」
「何より、やつは軍歴が浅い。考える暇を与えんことだ」
「卿の策は、そのあと実行すればいい」
とのこと。
よって、序盤の展開は双方積極攻勢。力比べが選ばれた。
「閣下」
頭の中で戦術を反芻し終わったタイミングで、副官の声がする。
「えぇ。では本艦も前へ」
「前へ、でありますか?」
返ってくるのは意外そうな声。
それはそうである。
普通はシルビアのように旗艦で前へ押し出すものではない。そこはアンヌ=マリーも多分に漏れず。
「前へ。圧を掛けるのが重要であるならば、本艦こそその責を担いましょう。むしろ、いなければ圧にならない」
「は、はっ!」
副官の敬礼はぎこちなかった。
それもそのはず。『
暗に囮になるとでも言うかのような指示は、危険でしかない。
それを理解しているからか、それともいつものルーティーンで意味はないか。
アンヌ=マリーはマフラーの内側へ手を突っ込む。
取り出したのは、軍服の内側に隠れる、首から下げたロザリオ。
それに口付けをすると、しまうことなくそのままぶら下げ、
「鐘を鳴らせ! しかして祈りを! 主と戦士たちと同盟の精神に、
いつもの聖句を唱える。
「機関最大! 前へ出るぞ!」
それから、副官が先ほどの指示を再度周知するのを尻目に、
赤基調に緑と白の、タータンチェックのマフラー。
整えるフリをして口元へ寄せると、
「あなたも」
そっと囁いた。
「閣下! 敵艦隊、動きます!」
「そう。まぁ予想の範囲内ね」
『
シルビアは艦長席に深く座りなおし、冷静にことへ当たろうとしていたが、
「閣下!」
「何かしら」
「敵艦隊『
「なんですって!?」
観測手の報告に、思わず腰が浮く。
彼女とてアンヌ=マリーの副官と同じく、その危険性を把握している。
何度も体験し、知りすぎるほどに知っている。
だからこそ、
「くっ! おとなしくしていればいいものを……!」
アンヌ=マリー自身に争う意図はないことを知っている。
ここを乗り越えれば、また笑って手を取り合える日が来ると思っているからこそ。
彼女には危険を冒してほしくはなかった。
しかし運命は、
そしてそれ以上に時間は、
シルビアを急き立てる。
「閣下! 間もなくお互いの射程内に入ります!」
歯軋りする彼女に代わり、カークランドが状況把握に務める。
「一斉射でよろしいですね!」
「でも、それだと」
「閣下!」
「くっ!」
さすがに多くの部下の、自分自身の命がかかっている。
シルビアは大きく首を左右へ振ると、
「艦隊、斉射準備!!」
モニターを直視せず、唸るように叫ぶ。
「斉射準備ーっ!!」
副官の復唱が響くなか、
アンヌ=マリー! どうか、どうか!!
彼女はもう、祈るしかなかった。
束の間、
「艦長!」
「閣下!」
「「
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