第167話 なればこそ、衝突
『卿がサルガッソー戦役の流れで同盟へ渡ってこの
コズロフの声が急に、演技がかって同情的になる。
それも本心というよりは、シルビアを煽るためのような。
「そんな……」
『セナやバーンズワースのように、なんでも庇い切れる人物は貴重なのだな』
この世界に来て以来、自分は人に恵まれている。
彼女にも、それ自体の自覚はあった。
が、それが『普通の場合はどこまでならセーフなのか』。
そのバランス感覚を麻痺させてしまっていた。
軍隊生活は長くなっても、政治的判断の経験は小鹿のようなこともある。
思わず彼女の目が泳ぐ。
巻き込んでしまった、先ほどから物言わぬアンヌ=マリーを探すように。
が、遮るように降り注ぐのは、コズロフの声。
『さて。オレの近況報告は終わったが、もともとは卿の方から話があったのだったな? まだ何か言い置くことはあるか』
「……いえ」
シルビアはデスクに両手を突き、項垂れるしかなかった。
「何を言っても、あなたが話し相手じゃ仕方ないわね」
『そうか。ではこれで、なんの話かは知らんが決裂だな』
そういえば彼は、他人の会話に乗り込んだ身である。
が、
『であれば、今日はもういいだろう。オレとしては、失くしたはずの右腕が疼くのでな。今すぐ一戦
勝手にまとめに入っている。
どころか
『この
みなぎる闘争心を抑えられる余裕、というものを存分に滲ませている。
「義手でも
『たしかにそれもいいのだが。これは右腕の恨みというものがあるからな』
そのうえで、ここまで愉快そうだった声に、一段の圧が加わる。
『卿の首を取った
「そう。似合わない饒舌と思ったら、腕だけでなく頭も打っていらっしゃったのね」
シルビアも別に、コズロフの人となりを全て知っているわけではないが。
それでも思う。復讐心が彼を変えた、と。
『そうか、頭もか。それも卿の首が特効薬となるだろう。いやなに、すげ替えるわけではないが』
言いたいことは言えたし、聞きたい返事は聞けたのだろう。
いかにも満足そうに息をつく音のあと、
『では今日はお開きにしよう。髪は念入りに洗っておけよ。はっはっはっはっはっはっ!!』
響く高笑い。
『
それをたっぷり見送り、
「通信、途絶しました」
の報告を聞き届けてから、
「くそっ!!」
思わずカークランドの肩が跳ねるほど、シルビアはデスクへ強く拳を叩き落とす。
「閣下」
「こんなことを、言うもんじゃないけど……!」
丸まった彼女の背中には、
自分のせいで立場が変わってしまったアンヌ=マリー
仕方ないとはいえ、自身とのことでこんな運命の交差になったコズロフ
「あの時……! あの時見逃さずリータに撃たせていたら……!」
カウンセリングなどできない副官にも見て取れるほど、多くの悔恨が浮かんでいた。
現存するカークランドの手記には、この日の日付つきで
『閣下は今日のことを、
“故郷に残してきた恋人を強姦されていた気分である”
とおっしゃった』
と、ページの最下部に小さく記されている。
ショックではある。
ショックではあるが、いつまでも萎れてはいられない。
その後艦隊へ帰投したシルビアは、即座に各指揮官と通信。
作戦会議を発議した。
コズロフが今日引き返したからといって、明日来ない確証はない。
いや、おそらく来る。
何よりそれ以上に、
「私が生み出した因果なら、私が断ち切らないと。いち早く」
「魔王を討って、姫を救出ですな」
この世界に来て以来、ずっと『
今度ばかりは『彼女』の問題。
気の持ちようが違う。
メンツが揃ったところで、シルビアはあいさつもなしに切り出す。
「仕掛けるわよ。こちらから。迅速に、苛烈に」
今まで『話し合いを』と言っていた彼女がこの発言。
画面に映る各指揮官のウィンドウがざわつく。
が、それこそ作戦そのままのように。シルビアは沈黙を待たず言葉を続ける。
「もとより相手は『オルレアンの城壁』率いる、牙城の
さらに「コズロフ閣下が!?」という声がざわめきを突き破るが、彼女は取り合わない。
「状況から言っても、我々が寄せ手、向こうが受け手。防衛陣を敷くのが常套よ。でも敵将は私の首を取ることにご執心。ただ『追い払う』戦術より、確実にやるため、前へ出たがるはず」
雑音が多いなら、それを上回ればいい。
彼女はデスクを叩き、大声を張り上げる。
「その
鬼気迫る、とはこういうことか。
今までシルビアの判断に懐疑的で、今もざわついていた将校たちだが。
『はっ!』
今回ばかりは、元帥麾下の名に恥じぬ統制を見せた。
一方。
今は『地球圏同盟』軍所属となったディアナ基地。
その作戦会議室にて。
「敵方は補給路も伸びる遠征。当然持久戦は取らず、仕掛けてくるものと思われます」
並いる将官たちの前で、アンヌ=マリーはスクリーンを棒で指している。
「となると、考えられる戦術は」
画像が切り替わり、映されたのは
『
彼女はチラリとコズロフに目を向け、小さく咳払い。
「先般の皇国内乱。その戦場でかの艦は、異常な耐久性を見せつけました」
「うむ」
似合わぬフランス国旗に身を包んだ隻腕の男に、不愉快そうな色はない。
彼女は安心して話を続ける。
「今までの敵将バーナードの戦闘データからしても。この『盾』を存分に押し出してくることは間違いないかと」
「だろうな。で、どうする」
提督の言葉は、丸投げではない。
アンヌ=マリーを軍人として信用している趣がある。
あの戦場で乱入した、恨み骨髄であろう彼女を。
それだけ冷静か。あるいはシルビアさんへの熱が深いか。
一瞬だけ思考を逸らしたアンヌ=マリーだが、すぐに職務へ戻る。
「ですのでここは受けにまわり、引き込みます」
「ほう」
コズロフの体が机に乗り出す。
シルビアという強敵のスペック。アンヌ=マリーという軍人の見識。
彼はその両方を、等しく楽しんでいる。
「首狩り戦術か。だがそれはやつの最も得意とするところだぞ? また、その戦術で当たるには、最も容易ならざる鉄の首輪をしている。下手をすれば、他の艦を皆殺しにする方が早いかもしれん。内乱の現地にいた卿が知らぬではあるまい」
「はい」
コズロフの問いにも、彼女は澱みなく返事をした。
その事実に彼は口角を上げつつ、相手を引き出すように言葉を紡ぐ。
「それでもなお、勝機があると?」
対するアンヌ=マリーは、静かに告げる。
「あります」
その静かさにこそ、自信が満ちている。
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