第169話 動く戦局、交差する思惑

 今回は前回のように斉射が集中しなかったため、『悲しみなき世界ノンスピール』は当然無傷。

 が、もちろん轟沈した味方の破片はいつもどおり飛んでくる。


「ダメコン部門! 被害状況は!」

「損傷ありません!」


 その衝撃はいつも、錯覚を起こさせる。

 いうほど大きな揺れでもなかったが。シルビアは艦長席の手すりを強くつかみ、堪えるような姿勢をしている。


 が、それでも。


「艦隊、被害状況知らせぇ!」


 カークランドが通信手の席の背もたれをつかみつつ叫ぶと、


「不要よ!」

「閣下!?」


 即座に割り込むほどには、視野が広いようである。


「火力と火力のぶつかり合い! そのうえ両者とも前方へ突撃しているわ! 被害状況はすぐに更新されるし、このままだと入り乱れての乱戦になる! 把握は困難になるわ!」


 そのうえ、状況を踏まえて指示を出す程度には冷静。



「だったら目の前の戦闘に集中なさい! 当たるを幸い、バーンズワース・ドクトリンよ! 各艦、自身が敵を倒し生き残ることに注力! 下手な統制よりその方が勝てるわ!」



 かつ大胆。

 繰り返し語られる、30パーセントのデッドライン。

 戦艦すら簡単に葬られる戦場で、このボーダーは高くも遠くもない。

 うかうかしていると、一瞬で足が出てしまう。

 だからこそ、細かい把握が必要となるのだが。

 それをというのだから、ピーキーなやり口である。


 が、今の彼女には、一刻も早く決着をつけるという意思しかない。

 前回のコズロフ戦、皇国軍人たちの命以上に。


 大切な親友と、つかみかけた平和への第一歩がかかっているのだから。






 一方、


「提督っ!」

「私はもう提督ではありませんよ」


 同盟軍『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』艦橋内。


「本艦98パーセント以上健在!」

「初撃は特に優劣なし、でしょうか」


 スラッと立ち、デスクに軽く右手をついているアンヌ=マリー。

 バリアの分『悲しみなき世界ノンスピール』より衝撃があったはずだが、華麗に乗りこなしている。

 このシルビアの泥臭さとも、コズロフの雄偉さとも違う立ち姿。

 今は敵将の彼女が、いつかと同じように並んでいたなら。

 また讃美歌を聴いていたのだろうか。


「いえ! 味方は艦隊被害4パーセント! 敵方は7パーセント! 有利です!」

「重要なのは割り合いより艦種ですよ」

「はっ!」


 静かな声に、慌てて通信手たちが再度細かく報告し、副官がまとめる。


「こちらは戦艦が中心、敵方は先発していた水雷戦隊が目立つでしょうか」

「ふむ」


 少し考えるような相槌だが、判断が早いほど味方を安心させる。

 彼女は少しマフラーを弄るも、ほぼ間を置かなかった。


「このままだと、後半与える火力で劣ることもあり得ますね」

「では……」

「インファイトに持ち込みましょう。これなら斉射の脅威は減り、こちらが温存できている水雷戦隊の機動力が生きる」

「はっ!」


 ここが勝負の分水嶺となりかねない。

 アンヌ=マリーは味方を鼓舞するべく、マフラーを少し下げる。

 澄んだ乙女の声がよく通れば、兵士は駆り立てられるものである。

 コズロフが馬鹿にしたフランス兵も、それでパリやオルレアンを奪還したのだから。


「艦隊、最大船速! いち早く敵の懐へ飛び込みます! スクランブル交差点のようにしてしまいましょう! 普段からサラリーマンたちが飛び込んでいる戦場です! よもや誇り高き軍人のあなたたちが怖いとは言いませんね!?」


 艦橋中から返ってくるイエッサーに、物理的に身を震わせつつ。

 彼女はマフラーの位置を元に戻す。


「『今回の策を決めるには、近付きつつも一定のスペースを確保しなければならない』でしたか」


 チラリと背後も振り返っても、壁と艦橋の出入り口しかないが。

 アンヌ=マリーの視線が向くのはもっと先。


「間合い管理も何もなくなってしまいましたが。まぁ閣下には我慢していただくとしましょうか」






「閣下! 『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』より全艦隊へ! 最大船速とのこと!」

「ドルレアンめ、段取りを変えたな?」


 ところ変わって、同盟軍『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』艦橋内。

 普段と違ってめずらしく、コズロフは艦長席に腰掛けていた。

 豪快な体躯は座席から飛び出さんばかりの収まり方である。


「一時的に指揮権を委譲してはいますが、指示を変更させますか?」


 副官エールリヒは困惑気味だが、彼は余裕そうにあごを撫でる。


「いや、状況に即応できるのは優秀な将校である証左だ。何より」


 その指が止まると、今度は口角がニヤリと動く。


「『この程度の難易度ならできるだろう?』と。あの女、そう踏んだのだ。悪くない」


 本当に頭でも打ったのか。最近は軽薄な印象もあるコズロフだが。


 やはり、芯は変わっておられない。


 エールリヒが忠誠を誓った、彼の武人としての矜持、男気。

 そういったものは健在である。

 なればこそ、



 あのシルビア・バーナードを討てば。

 閣下の憑きものさえ落ちれば。



 彼は彼で、体に気力がみなぎるのを感じる。

 それをしっかり拾い上げるように、



「『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』、前に出るぞ! タイミング勝負だからな! 好位置を抑えろ!」



 提督閣下の大号令が響く。


「はっ!」


 エールリヒも、副官として心地よい敬礼が決まった。






 どちらかが動いたなら、もう一方も反応するものである。


「敵艦隊、速度を上げてきました!」

「アンヌ=マリーめ。早めにインファイトを選んできたわね」

「閣下!」


悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内、観測手が振り返る。


「何かしら」


「敵艦隊内にて、突出してくる熱源があります!」


「『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』ではないのか」

「いえ、『主の庭は満ちたりヘヴンフィル』は最前線にて足並みを揃え居座っています」


 カークランドの問いに彼が首を振る。

 一方シルビアは、


「ふむ」


 少しだけ考えを巡らせ、


「それがコズロフね」


 デスクに両肘をつき、顔の前で両手の指を組み合わせる。


「最大船速のなかで突出できる程度には性能がある艦で。足並みを無視しても許される立場。こんなのは一人しかいないでしょう」

「御意」


稼ぎ頭キルオーナー』のシグナルがなく、討つべき相手を見失っていたところだが。

 向こうから姿を現したなら、ここが勝負どころ。

 彼女はデスクを叩いて立ち上がる。


「レーダー、その熱源をマークアップ! 艦隊に共有! そいつを狙うわよ!」


 かつては大恩があり、情から見逃しもした相手だが。

 シルビアは全身の血が逆流するような感覚を覚える。



「さぁ! 今度こそ! 右腕以外もご退場願おうかしら!!」

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