第239話 僕らの最後は

「思ったより」


悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。

 カークランドはモニターを見つめ、ポツリと呟く。

 が、数秒待っても続きが来ないので、隣で仁王立ちのシルビアは横目を向ける。


「どうなのかしら?」

「あ、いえ」


 ハッとこちらを見て、目を逸らし軍帽を整えるリアクション。

 自重して言葉にしなかったおもむきがある。

 しかし、


 気になるじゃない。


 急かすような目付きに、彼は観念して息をついた。


「思ったより、砲撃が来ないな、と」

「なるほど?」

「たしかに敵艦隊は非常に少ないですが。その数なりの圧すら感じないと言いますか。あの名にしおうエポナ艦隊が」

「ふむ」


 目は合わせてこない。

 相手へのリスペクトを欠く発言と思ったのかもしれない。

 何より、カークランドはエポナ艦隊でキャリアをスタートさせている。その後も一年の短い軍歴とはいえ、その多くをそこで過ごしている。

 彼自身、『エポナ艦隊』という存在にプライドを持っているのだ。

 認めたくない思いもあったのだろう。


 別段シルビアに、それを払拭してやる義務はないが、


「おそらく、撃ってない艦も多いんでしょう」

「まさか、サボタージュですか?」

「いえ」


 カークランドとは別の、気付いたこと。

 胸の内にしておくのも自分が忍びないので、外に出してしまう。


「もう砲撃するだけのエネルギーが残っていないのよ」

「それは」

「艦を動かすだけで精一杯」


 彼がこちらへ振り返る気配がしたが、今度はシルビアが目を合わせない。


「それでもついてきた。戦えないけどついてきた。死ぬだけと知りながらついてきた。それがエポナ艦隊のプライド。閣下への最後のご奉公。最期までともにありたい仲間たちへの愛」


 潤んだ目を見られたくないから。


「閣下」

「あなたの愛情は、『J』たちとビアガーデンにでも行って晴らしなさい。経費にしといたげるわ」


 彼女は、湿っぽい話はこれでというようデスクへ手をつき、身を乗り出す。



「であれば。エネルギー切れで止まる艦が出るまえに決着をつけるわよ! 仲間に置いていかれる者が出ないよう! 最期まで一つの集団にさせてあげなさい!」






「敵艦隊第二射、来ます!」


 そんなシルビアの気遣いが通じているかは分からないが。


「そうか。だったら、一等激しいところへ飛び込んでやるか」

「こちらから行くまでもないと思うぞ」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。

 そして、






「まだまだぁ! 御相伴ごしょうばんつかまつる!」






「前へ! 前へ! 『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』のあとは、我々が先頭を切るのだ!」






「一足先に地獄に行って、みんなのエスコート準備しとくのも! 地獄くらいは他より重役出勤してやるのも! よ!」






 エポナ艦隊各艦の戦士たちも。

 誰一人悲痛な声を上げることもなく、一心不乱に突き進んでいく。

 いつも『死ぬかもしれない』突撃をしている艦隊である。

 しかしそれでも、『死ぬ』と決まった殿しんがり。『負けて死ぬだろう』というガルシア戦では動きが鈍りもした。






 だが今、



「諸君。ジュリアス・バーンズワースだ。せっかくだから定期連絡をしようじゃないか。『次で死ぬかも』が切実だからね。最後に僕の美声を聞いていっておくれ。そして次が聞こえたなら、喜べ。君はおそらく生きている」


「まぁ、聞こえているがもう助からん、ということもあるな」



「敵艦隊、砲撃来ますっ!」



「こちらもだ! ーっ!」

「総員、衝撃に備えーっ!!」



「きゃああああ!!」

「うおおおおあ!!」



「被害状況は!!」

「艦体被害57パーセント! 速度大幅に低下! 複数のブロックで通信が完全に途絶! 好きな教典の好きな節を選んでる暇くらいはありますよ!」

「いいだろう! 私が好きなのは『雅歌』の1章7節だ!」

「ワァオ情熱的ぃ!」

「おまえはどうだジュリアス」

「聖書かい?」

「興味ない。体の具合だ」

「血液が、何パーセントかは知らないや。気分は大幅に低下」

「ならドクターを呼んで止血を」

「もういい。ゆっくりさせてやれ。彼には秘蔵のシングルバレルをあげてきたんだ」

「そうか」


「それより、定期連絡でも行おうか。ハロー、ハロー、何パーセント生き残ってるかも分からない艦体の皆さん。元気かい? それとも、僕みたいに、元気なフリしてるかい? 諸君らが生きているか、僕の声でチェックしようって話だったけど。申し訳ないね、こっちが先にトビそうだ」


「そもそも先頭走ってるからな」


「でもまぁ、僕のデッドヒート込みでライブ感を楽しんでおくれよ。みんなで華々しくやろうじゃないか。楽しくやろうじゃないか。見せつけてやろうじゃないか。我らエポナ艦隊を、過去の仲間たちも、未来新たに属する者たちも。上品な英雄とも愉快な庶民とも語られるよう、最後に一仕事していこうじゃないか」



『どうせ死ぬなら、最後を好きなだけ、好きなように飾ってやろうぜ』と。

 もう元帥閣下ですらない、愛しき我らのリーダーの掛け声が心を軽くする。

 ゆえに、



「次の砲撃、来ます!」

「応射だ!」



 逆に閃光へ吸い込まれるかのように。

 エポナ艦隊は澱みなく、ユースティティア艦隊へ向かう。

 もはや、そこに敵を討とうとかそういうことはなく、



「前へ、前へ、前へ。一歩でも前へ進もう。一歩でも前に進めば。僕らの未来はここで終わるけど、きっと誰かの未来は明るい気がする」

「ふふ、どうだろうな」



「そう信じようじゃないか」

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