第240話 スワンソング
「さすがに距離が近付いてくると、激しくなってきましたな」
深刻そうな声色ではないが。
カークランドは唸るように呟く。
相変わらず『
アンチ粒子フィールドが機能しているおかげである。
しかし艦隊全体では、そんな守りなど備わっていない。
「艦隊被害、3パーセント越えました!」
戦況としては余裕かもしれない。
が、決して喜ばしくはない報せが届くようになる。
「向こうのためだけじゃなくて。そろそろ我々のためにも、決着をつけないといけないわね」
シルビアもデスクについた両手をグッと握る。
が、その一方で。
「ジュリさま……!」
傷口から、宇宙空間では見えづらい黒煙を吐きながら。
真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる、先頭の『
その姿を憂うように、奥歯を噛み締めるのであった。
「艦隊被害、30パーセントを越えました!」
その『
だんだんバーンズワースのラジオも、夜の朗読劇じみたテンションになるなか。
「そうか。
「すでに何回も割ってるけどね」
「通信手! もう艦隊被害の報告はいらないぞ! 聞くだけ寂しくなるからな!」
イルミが代わりに声を張る。
もうずっと長いあいだ、気迫だけで戦っているのだから。
しかし、
いや、違うな。
彼女の脳裏に、昔の光景が蘇る。
『責任、取りに来たよ』
『えっ……? 責、任?』
『今日から君は僕の副官だ。この任あるかぎりは、宇宙の果てまでよろしく頼む』
あの瞬間から、もうずっと。
イルミが振り返ると、バーンズワースと目が合った。
マイクを握る彼は、ラジオの合間に優しく微笑み返してくれる。
あるいは、元からそういう顔なのかもしれない。純白のサモエドのような。
そう。我らが
ずっと、気持ちだけで。
あの背中を追い続けてきた気がする。
いつも数歩も先を行く愛しい男を、追い付けない男を。
置いていかれないようにと、振り落とされないようにと。
隣で並び立つに
そんな彼女の思考をかき乱すように、
「砲撃、来ます!!」
「きゃ」
「ぐあっ」
相変わらずの大きな揺れと、悲鳴すらかき消すような爆音、
艦橋の床を突き破って噴き上がる爆炎。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「熱っ! 熱いぃ!!」
「それ、それっ、私の足っ」
「艦橋下部に被弾! 被害甚大です!」
「電線をやられました! 各部との連絡途絶! 被害状況不明です!」
噴出する致命的な被害。
席に着いていなかったイルミも、気付けば床に転がっていた。
先ほどは振り返って見ていた艦長席が、今は前方にある。
なかなか吹っ飛ばされたらしい。
どこか打ったかもしれない。
が、今の彼女に、そんなことを気にしている余裕はない。
素早く立ち上がり、前に出て指示を飛ばす。
「なら機材が機能しない通信手は走って衛生兵を呼びに行け! ダメコン! 艦橋の被害を確認! 空気漏れがないかチェックしろ! それから! それからっ!」
状況把握に努めようとして艦橋内を見渡し、イルミは言葉を失う。
「うぅ、痛い、お母さん」
「おい、しっかりしろ! しっかり!」
「エディ……もう7つになったか……サッカーボール、届いたか……」
「誰か、誰か胸ポケットを……ハニー……写真……」
「今出してやるから1分耐えろ! 死ぬな!」
常勝無敗、栄光の『
ゆえにいつも無事で帰り、長らくの付き合いがあるクルーたち。
何年も、幾つもの戦場をともに駆け抜けたクルーたち。
彼らが死んでいく姿というものを、イルミはずっと忘れていた。
「衛生兵は急がせろっ!」
飛び散るのは汗か涙か。
そんな彼女の頬に、そっと触れる手が。
「なっ」
振り返れば、バーンズワースが腕を伸ばしている。
涙を拭うロマンティックなシチュエーションかと思いきや、
「ミチ姉、頭を打ったな。大丈夫かい?」
その指には血がついている。
どうやらこめかみのあたりを流れているらしい。
が、
「おまえもだぞ」
「うわホント。でもまぁ、僕は、別から、ね」
「そうだな。お互い、気にするだけ無駄だ」
「違いないや」
彼は静かに笑うと、マイクに息を吹き込む。
「やぁ諸君、聞こえてる? それとも、もう、誰もいないのかな。僕はギリギリ、スワンソングを、楽しんでいるよ」
「ジュリアス」
「そんなわけで、みんなも、思い思いに。もういちいち、斉射だ応射だ、言わないからさ」
「ジュリアス」
「何さ」
「そのマイク、コード切れてるぞ」
「ありゃまぁ」
指摘された途端、バーンズワースは適当にマイクを投げ捨てる。
そのまま背もたれに沈み、ふーっと長い息をつくと、
「ま、こいつも艦も、長く
と、全ての役目を終えたようにリラックスし始めた。
「艦隊被害、5パーセント突破!」
「こちらからは近付いていないのに、ここまで踏み込まれるとは」
『
カークランドは食い入るようにモニターを見ている。
まるでオリンピックの緊迫した場面にのめり込むような具合ではあるが。
現状はそこまでのんきなことを言えるものではない。
「閣下」
彼が隣の指揮官へ話し掛けると、
彼女は逆に、映画の主人公が凶弾に倒れるシーンを鑑賞しているような。
激しい情動を静かに孕ませた表情で、前を見つめている。
「閣下」
「何かしら」
二度呼び掛けてようやく、シルビアは返事をする。
できれば気付かないフリをしていたかったような。
「このままのペースでは、下手をすれば10パーセントに達しかねません」
「そうかもしれないわね」
「これだけの戦力差があっては、許されない損害です。そもそも論、可能なかぎり出血は抑制するべきです」
「そうね」
「手っ取り早く、敵の勢いを満足させてやる必要があります」
「でしょうね」
こちらと目を合わせない、淡々とした返答。
カークランドはあえて一息間を開けてから、本題を叩き付ける。
「今すぐに、『
「……」
「閣下」
「……分かっているわ」
そう答えつつ、シルビアは数秒じっと、何も言わない。
しかし、今度は彼も急かさなかった。
たしかに決断を求めはしたが。
宣言する瞬間が彼女の意思でなければ、永遠の悔いになると思ったから。
そんな気遣いがあるからこそ。
シルビアも自身が背負っているものを思わずにはいられない。
やがて、ずっとデスクの上で握られ震えていた彼女の右手が、
ゆっくり持ち上がり、地面と平行になったあたりで開かれる。
「僚艦5隻に連絡」
静かで、力強い声とともに。
「次の斉射は『
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