第36話 でもなんか結局、相談相手を間違えてる気がする

「……そこまで言えたら、もうじゃない?」


 話は今に戻り、大浴場。

 三人は湯船から上がり、タオル一枚でベンチに横たわっている。

 いちいち脱衣所に戻らずとも休憩できるのが、温泉自慢のリゾートならではか。


「食べるほど食欲が出るものですが。シャチが陸に上がろうというのですか?」


 後半に皇国の諺を使うのでシルビアにはよく分からないが。なんとなくリータも同感そうな雰囲気。


(『絶頂期から欲張るとマイナス収支で終わる・全て失う』的な意味らしい。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』をより強めに戒める感じか。後で知った彼女は、パチスロで『今日は勝てる!』と突っ張って泣いた男。前世の同僚に教えたくなった)


 とまぁ、いい話のはずが批判を受けるシロナ。


「違うんです! そんなことないんです!」


 ベンチから起き上がってプンプン怒る。


「タオル落ちるわよ」

「もっと上の、具体的な目標があるんです!」

「聞いちゃいないわね」

「『恋は盲目』と言いますが、大抵の場合聞き分けもないのです」

「なるほど」






 シロナのマゾっぽい誤解を産む宣言から一日空いて、2320年8月8日。晴天、と言っても屋内。宮殿の大広間。

 13時から開始された元帥任官の式典は、豪奢荘厳を極めた。

 地球の北半球ほど夏の盛りではないが、それでも汗ばむ季節。


 一兵卒のため、元帥杖下賜の現場には入れなかったシロナ。

 代わりに一足先。式典後に立食パーティーが行われる庭で彼女を待っているのだが。

 恒星の光の下と、人が鮨詰めの室内。どちらが暑いかは判断がつかなかった。そもそも広間には空調があるかもしれないが。






 式典が終わるまで、一時間もかかったかは知らない。時計は持っていたが。

 手持ち無沙汰だったシロナはパーティーの準備を手伝っていた。確認する暇などなかったのだ。



 運び込まれた赤、白、ロゼの、種々のワイン。

 産地やブドウの種類別にまとめたり。赤にデキャンタを添えたり。白やロゼをワインクーラーに突っ込んだりしていると。


「ははははは!!」


 高級将校たちが群れをなして現れた。軍部と懇意と聞く貴族や政治家は複数いるものの、ほぼ軍人で皇帝もいない。

 どうやら公式な二次会というよりは、有志や仲間内での飲みなおし的なものだろう。

 それにしても、


「これで同時期に元帥が三人か」

「むしろ、わざわざ方面軍を分けてるんです。一元管理が無理なこと自体は、まえまえから分かっていた。管理者である元帥が各方面にいない方こそ遅れている」

「手厳しいね。じゃあミチ姉にも早く元帥になってもらおうか」

「なぜよりによって、すでに元帥がいる方面に立てるのですか! あとミチ姉はおやめください!」


「あの銀髪、バーンズワース閣下だぁ……!」


「それだけ、意地でも増やしたくない格ということだ。実務や能力以上に、軍という概念において。そのうえで。聖櫃の蓋を開けねばならんほど君の実力は高く、見合う報酬もこれしかない。そういうことだ」


「あの巨体は、コズロフ閣下!」


「それだけ、私たちとしましては感謝してものです。名誉も大事ですが、実もありませんと。本日はながら酒宴を用意させていただきました。ぜひ、日頃の労を癒してください」


「クロエお嬢さまは相変わらずだなぁ」


 さすが元帥レベル。公務でないパーティーを宰相の娘手ずから企画、他元帥も揃い踏み。参加者が豪華である。

 待ちに待ったわりに、前回と同じように近付きがたい空気だが。


「おっ、マコちゃ〜ん!」

「はぅっ!?」


 向こうから壁を破ってきた。猛者たちの視線を独り占め。100万艦隊の艦砲射撃にも劣らぬ威力。

 全身の毛穴から心臓が飛び出しそう(のちに本人がインタビューで『支離滅裂なだが、本気でそう思った』と語っている)なシロナへ、元凶が肩を組む。


「その子が例の?」

「そう」

「何が例の!? なんの話!?」


 日差しゆえの汗が、冷や汗に変わって得することはない。

 慌てる少女に、カーチスはウインクして背中を叩く。


「別に? 『パーティー会場でカワイコちゃん待たせてる』ってだけだよ。ほら! 自己、紹、介!」

「えっ、あっ。シロナ・マコーミック初等宇宙兵です!」


 着帽なのに最敬礼。当然帽子を落とすシロナに、閣下たちはフランクに挙手で当礼。


「ジュリアス・バーンズワース初等上級大将であります」

「イワン・ヴァシリ・コズロフ初等艦隊元帥である」

「クロエ・マリア・エリーザベト・シーガー初等娘です」

「このノリ、続けるのですか?」

「じゃあ僕が紹介しよう。初等ミチね……」

「見え透いた真似を!」


「えっえっえっ」


 たぶん柔らかい空気にしてくれる気遣いなのだろう。それはそれとして一兵卒には慌てる出来事。

 同じ苦労人の波動を感じ取った初等ミチ姉(結局何者か分からない)が耳打ちしてくる。


「いいか? これで分かったと思うが、とかく閣下というの生き物だ。覚悟しておけ」

「もうやられてましゅ……」

「哀れな……」


 そのやり取りに、元凶の片割れバーンズワースが笑う。



「ははは! だってさ! 言われてるよ、!」



「カー、チャ?」

「なぁにー? なんか言ったー?」


 瞬間、シロナに電流が走った。

 当のカーチャは普通に受け流しているが。いつの間にか遠くへ行って、フレンチ・コレクションを物色している。


 その受け流せていることが、彼女には衝撃だった。

 カーチスに取ってコンプレックスとも言える『カーチス男性名』を。

 気にしないでも腫れ物にするでもなく、さらっと『カーチャ女性名』に。


「あぁ、カーチャってのはクロエさんの発案でね」

「ジュリアスさまが『あだ名を付けよう』と」

「で、原案を発展させて、ほら。彼女、片方だけ口角上がってるでしょ? だから『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』」

「閣下はすぐにあだ名を付けたがる」


 ミチ姉のため息を


「なになに、なんの話ー? それより乾杯しようよ。ブルゴーニュのピノでいいかな?」


 ワイン片手に、気にしてるんだかしてないんだかの『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』。


 その顔にあるのは、ナチュラルな微笑みだった。






「あんなふうに、相手に気負わせずに救ってみせる。そういう人に、私はなりたいんです!」


 全てを語り終えたシロナは、グッと拳を握って決意表明した。


 ベンチの上、


「えぇ、分かったわ。分かったから」

「タオル拾いな?」


 心のうち以外も丸見えの姿で。

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