第74話 死ぬのは早いぞMr.グラース

「閣下」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。

 もはや勝利を確信すべき展開だが、イルミは少し困惑した様子。

 味方の強さに、とかではない。


「相手の動き、何やら

「うん」


 バーンズワースも肘掛けで頬杖ついて、相手の状況を探る様子。


「撤退しようと尻尾向けてきたのに、また回頭しようとしてる、かな?」

「何をそんなクルクルと」

「ふむ」


「元帥閣下! 味方艦隊先鋒が、戦艦『陽気な集まりBANANA CLUB』を先頭に敵陣へ突入!」


「よぉーし、今の時代にも一番乗りの褒賞くらいあってもいいだろう」


 結局ポケットティッシュくらいしかくれなさそうなテンション。


 と、そこに、


「2時方向に艦隊確認!」

「『赤鬼』か?」


 勝ちが確定した状況と、相手の不可解な行動。

 思考がふと緩みかかったところに、緊張が生き返る。


「えと、は、はい! 『戦禍の娘カイゼルメイデン』の反応あり! ジャンカルラ・カーディナルです!」

「モニターに」

「はいっ!」


 オペレーターの愛らしい声も、ここでは聞こえる。

 が、仕事はテキパキと。映像の中に構える艦隊は。


「こっち向いてるねぇ。ミッチェル少将、どう思う?」

「残念ながら、あちらに当たっていた味方艦隊は敗走したものと。次はこちらに仕掛けてくるのではないでしょうか」

「ふむ」


 彼は頬杖の小指で、顔をペチペチ等間隔に叩く。


「このままアマデーオを殴りに行きたいところだけど。横腹突かれるわけにもいかないよね。レーダー、先鋒隊は?」

「順調です。数では劣っていますが、敵艦隊に防御体制がないので実質無人の野原です」

「ほう。ミッチェル少将、先頭はたしか」

「『陽気な集まりBANANA CLUB』、戦艦です。閣下」

「なるほど」


 バーンズワースは椅子から立ち上がり、デスクに備え付けの無線を手に取る。


「通信手、全艦隊のチャンネルを僕に」

「はいっ!」


「エポナ艦隊。ジュリアス・バーンズワースである。これより中核艦隊は2時方向! カーディナル艦隊を迎撃する! しかし、これに当たって先鋒艦隊の援護は不要。引き続きアマデーオ艦隊を攻撃、粉砕せしめること! やつらを『サルガッソー』には逃げ込ませるな!」


 ここで一呼吸おくと、彼はイルミの方を見てニヤリ。

 対する彼女は、一瞬驚いた顔をしたが。

 すぐにため息まじりで、首を縦に振った。


「なお、これにより僕は先鋒隊の戦況を構ってやれない! よって! 一時的にその指揮権を先頭!」


 宇宙の先にいるであろうへ届くように。

 バーンズワースははなむけとして、高らかに声を張り上げる。



「『BANANA FISH』へ委譲する! 以上!」



 ふぅ、と一息ついて、満足そうに腰を下ろす閣下だが、


「『BANANA FISH』ではなく『BANANA CLUB』です、閣下」

「あら、そう?」

「締まらんな」


 ちょっとの言い間違いでも混乱しかねない軍隊において、致命的ミス。

 イルミも敬語をやめるパターンに入るレベル。

 しかし彼は悪びれずに笑う。


「まぁまぁ。『バナナフィッシュにうってつけの日』ってね」

「戦争にうってつけの日なんてあってたまるか」

「向いてない日はあるんだけどね。365日っていうんだけど」


 バーンズワースは両手を組んで鼻の下へ。

 いわゆる碇ゲンドウのポーズ。

 手の下で口元が歪む。

 それは、糸目で端整な彼の顔立ちに似合わない、獰猛な獣の笑みだった。



「さて、カーディナルも、カーチャのご自慢も。お手並み拝見といこうじゃないか」






 一方、


「艦長!」

「今の『バナナフィッシュ』とは、我々のことでは!?」

「でしょうね」


陽気な集まりBANANA CLUB』艦橋内。



「総員! ジュリさまに私たちの実力を見せつけるわよ!!」



「はっ!」


 シルビアは大きく吠え、クルーはさらに吠えた。


「ジュリさまにアピールする! この時を、シルビア・マチルダ・バーナードは3年待ったのよ!!」


 実際は半年も待ってない。






 意気込むシルビアには悪いのだが。


「提督! これ以上は!!」

「くっ! 素直に引くべきだったか!? いや、それでは……!」

「味方艦隊損耗率、25パーセントを突破! 限界です!」

「堪えてくれ! オレたちだけではそうかもしれんが、右翼艦隊で言えばまだ戦える数のはずだ!」

「しかし!」


日々の糧を作るベーカリー』艦橋内。

 アマデーオ艦隊の実情は、もはや彼女のお手並みという段階を過ぎた。


「敵艦隊はすでに我々の懐に切り込んでいます!」


 逃げれば少しでも距離を保てる。

 反撃すれば敵の足を止められる。

 が、どちらもしなかった。そんな時間が数分あった。

 それだけのことなのに、勝負は決してしまった。

 鍵もせず見張りもいないダイヤを盗むには、ポケットに入れる数秒あればいい。


「判断を、間違えたか」


 彼とて、決して無能な提督ではないのだろう。

 普段は的確な読みと指揮で皇国軍を相手取るに違いない。

 だからこそ、今日この一大決戦の場に呼ばれているのだ。


 だが、今に限っては。

 ジャンカルラが取り残されることを慮ってしまった。

 根が優しいのか、年長者としての本能か。

 とにかく、他人が絡むと判断を間違える人物というのはいる。

 それだけにすぎない。


「『踊る姫君The princess waltz』より打電! 『提督につかれましては、いち早く撤退を!』」

「しかし!」

「提督! 敵は前衛を虱潰しではなく、縦に突き破っているのです! 本艦の位置は艦隊の中心! すぐだ! すぐに来る! あなただけでも、今が逃げられる最後のタイミングです!」


「いや、もう遅い!」


 長らく座るのを忘れていたアマデーオだが。

 ここに来て落ち着き払い、ゆっくり深く椅子にもたれる。



「そんな自分のためのギリギリのギャンブルより。オレたちは味方に資することをしよう。踏みとどまって、抵抗して、抵抗して。敵の数を減らす。それが明日の味方を助けるし、カーディナル提督の助けにもなるはずだ」



「提督……」


 さっきまで怒鳴っていた副官の声が湿っぽい。

 した発言に取られてしまったようだ。

 たしかに文面を見れば自己犠牲の塊みたいだが。


「おいおいおい。なんだ、この空気は。言っておくが、オレは何も逃げられそうにないから腹を括ったわけじゃないぞ?」


 彼の本意はそこではない。


 いかに彼が老練とは言え、そりゃ判断を間違えることくらいある。

 なんなら老練となるまでの人生など、間違いの連続である。


「さっきも言っただろう? オレたちで言えば限界でも、右翼艦隊ならそうでもない。カーディナル提督がここまで退がってくれば、まだまだ大艦隊だぞ? そもそもまだ75パーセントはあるんだろう? 救助を手伝ってもらえれば、実質まだまだ戦える!」


 ではをもって老練とするのか?

 それは、間違えたあとの堪え性である。



「さぁ! そろそろシャッキリしろ! いつまでも抵抗せずに寝ていると、本当に起きられなくなるぞ!」



 人生は巻き返せると知る年長者に、



「敵艦隊! 映像目視にて捕捉!!」



 若きエネルギーの奔流が到達する。

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