第75話 若人走る

「艦長! 捉えました! 『日々の糧を作るベーカリー』捕捉!」

「モニター拡大!」

「やはり! 間違いない!」

「本当ね、カークランド少佐! 間違ってたらイム中尉と副官交代よ!」

「重くないか!?」


陽気な集まりBANANA CLUB』のクルーたちが、ナイトクラブのように燃え上がる。

 紛うことなきチャンス、いや、もう掌中も同然だが。

 シルビアの掌。今までこの世界で経験してきたピンチにも劣らぬ汗が吹き出す。

 カーチャがやるように突き出したら、雫が飛び散りそうだ。


「『BANANA FISH』指揮下艦隊! 全艦『日々の糧を作るベーカリー』に集中! 他には目もくれるな! 進路上の邪魔なやつだけ排除しなさい!」


 が、ここはということもあろう。やはりあれは、盛り上がるイベントなのだ。

 彼女は艦長席から立ち上がる。


「あれさえ沈めれば、この草刈り場も宅地開発完了よ! パン屋はさっさと地上じあげして、中核艦隊の増援に向かうわよ!」


 たしか、彼女はいつも左手を突き出していたか。

 リータと同じ左利きなのだろう。


「元帥閣下のお達しどおり、ライ麦畑までに捕まえなさい!」


 シルビアは肩肘の関節が驚くほど、勢いよく腕を突き出す。



「さぁ、仕掛けるわよ!!」






「『踊る姫君ザ・プリンセスワルツ』轟沈!」

「くっ、やるな! だが!」


日々の糧を作るベーカリー』艦橋内。

 いくら士気を上げようと、さすがに巻き返すには遅きに失するか。

 そう思われたが。


「現在反撃をしている艦は、一旦砲撃を中止しろ!」

「提督!?」


 ここからでも入れる生命保険は、案外あるのが世の中である。

 アマデーオもベテランとして多くに対応してきた身。ケース別のニーズは心得ている。


「散発的に撃たれても、怖くもなんともないものだ! それより残った艦で足並みを揃え、一斉射に出る!」


 普段は温厚な人物なのだが、今ばかりは焼き切れる瀬戸際。

 艦長席デスクの液晶に映るマップの、皇国艦隊にゲンコツを落とす。


「連中は味方の艦隊を前から削り取るのではなく、槍で穿うがつように浸透している! 高速戦闘だ! ならば対応策は足を止めさせることだ! 制圧射撃をすれば嫌でも止まる!」

「『踊る姫君ザ・プリンセスワルツ』より脱出艇確認できず! ベンスン大佐、生死不明MIA!」


 申し訳ないが、いたんでいる暇はない。

 戦争は、戦場は、命以外にも人間性を削り取っていく。


「そのうえ、我々の反撃がないも同然で突っ込んできているからな! 油断しているんだ! 効くぞぉ!? 足さえ止めれば、高速戦闘の短所だ! 突破力を失った瞬間、前線の残存する艦からも包囲されることになる!」


 戦術の講義、というよりは味方を鼓舞するポジティブな情報。

 言葉を並べているうちに、


「全艦、準備完了です!」

「よぉし!」


 時は来た。



「全艦! 斉射!」






「艦長! 強力な熱源反応! これは、艦隊全体による一斉射です!!」

「間に合われたわね!!」


陽気な集まりBANANA CLUB』艦橋内。

 シルビアたちとて、アマデーオの言うように油断していたわけではない。

 だからこそ『やられるまえにやれ』の高速戦闘なのだ。

 ただ、相手の冷静さが追い付いただけ。


「J! バナナたちに祈りなさい!!」

「無事に帰ったらヨリ戻させてやるからよぉ!!」



 瞬間、撒き散らされる閃光。もはや光の分厚い垂れ幕を、顔に向かって投げ付けられるような。

 サングラスがほしい、などと思う間もなく。

 視界と、他の五感も衝撃によって乱暴に奪われて。


 だが。

 ここまで再三『回避など運である』と述べてきたが。

 その意味では、今回も運が味方したことだろう。


 敵の懐、つまりは包囲下で行われた制圧射撃。

 手っ取り早く相手艦隊を瓦解させようと思ったら。

 相手の勢いを効果的に削ぐのなら。


 一番は旗艦の撃沈。

 すなわち艦隊という立体の、中心を狙うのが常道である。


 ゆえに、一番先頭という端の端にいるシルビアたち『陽気な集まりBANANA CLUB』は、



「うっ、くっ! みんな無事!? 総員、被害状況知らせぇーっ!!」

「被弾、前面に直撃1、擦過2! 右側面後部直撃2! 装甲破砕! 中破ですが航行に支障ありません!」

「機関、及びエネルギーゲイン、まだやれます!」

「艦体制御正常!」

「カークランド副長!」

「人的被害と応急工作ダメコンの指揮はこちらでまとめる! 艦長は継戦を!」

「任せる!」



 ある程度、殺意の網から逃れることができた。

 まさか指揮権を委譲された艦が一番危険なポジションにいるとは。

 夢にも思われなかったのだろう。


「艦隊! 生き残りはボーナスタイムよ! 敵艦は斉射によるインターバルがあるわ! ここで抑えて9回裏はシャットアウトする! もう一踏ん張り、労働の喜びを噛み締めなさい!!」


 バーンズワース艦隊の一番の強みは、もしかしたら非常識なことかもしれない。






「やったか!」

「敵艦隊反応、多数消失!」

「よしっ!」

「提督!」

「もらったぞ! 何より今ので足が止まったはずだ! 次の斉射で……!」


 そう。常識が違うのだ。

 普通はあんな攻撃を受けたら。

 止まるのだ。

 回避運動に走ることで、直線最短で迫ってくる突進力が。

 恐怖と、生き残ったらしいことへの弛緩で集中力が。

 集中力が切れたことで、再度同じように突撃しようという気力が。


 単純にブレーキ掛けるとか、慣性の法則無視して止まるとかではなく。

 そういう細かい、されど戦場の一瞬を分けるかせが。


 普通は。

 常識では。


 が、



「提督っ!!」

「なんだとっ!?」






   な い し     な いぃ〜っっっ!!」






「皇国艦隊! 依然こちらに突っ込んできます!!」

「あの弾幕のなかを、揺るがず突っ切ってきたというのか!?」






「なかなかビビり散らしたけどね! 軽巡一隻でカーディナル艦隊に突っ込んだ時の方が、よっぽど怖かったわよ!!」

「あんた何やってんの?」

「全艦、狙いは付けたわね!? 目標、敵艦隊旗艦『日々の糧を作るベーカリー』!!」






「オレはまた、読み違えたか……」






ーっ!!」






 お返しとばかり高まる熱源に、アマデーオは元来の性質を呼び起こした。

 すなわち、


「あぁ、そういえば。カーディナル提督は逃げおおせたろうか」


 優しさ、人のよさである。



「カーディナル提督……そうだ、約束の、年代もののスコッチ……要塞のな、オレの部屋の棚にな……ちょうど正月パーティーでもらってきた、上等なのが……」






         2324年1月21日午後15時8分

         戦艦『日々の糧を作るベーカリー』 轟沈

 ジョシュ・アマデーオ提督 カンデリフェラ・ステラステラ宙域にて戦死

              享年 44

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る