第72話 悪魔も元は天使という教義もあるが

「正面敵艦に熱反応! 砲撃、来ます!!」

「J! 下げ舵10!」

「あいよぉ!!」


 いわゆるビーム砲撃などというのは、『見てから回避』できない。

 ミサイルや放物線を描く大砲の時代とは違う。


 ゆえに、検知できる距離の敵艦は熱源反応で。

 そうでない距離は


『何発撃った。あの艦のスペックだと、オーバーヒートを起こさず連射できるのはn発まで。それを過ぎてないから、まだ撃ってくる or 過ぎてx分経ったからそろそろ』


 とかで判断するしかない。


『見てから回避』ではなく『回避してから結果を見る』。


 それを的確に指示できるかが艦長の技量の一つ。

 また、忠実に、もしくは適宜修正して実行するのが操舵手の妙技の一つ。

 なのだが。


 特に序盤など、大艦隊の一斉射などで顕著だが。

 いちいち『あの艦何発撃ったぞ』とか観測できない。

 そもそも『n発連射』も連射のインターバルで誤差が生じる。


 つまり、運である。


 リータのように、勘と観察から必然へと昇華する天才なら

 が、多くのものに備わっていないからこそ天才と呼ぶ。

 やはり、



 運である。



「くぅぅううぅ!!」

「きゃああ!!」

「おぉっ!」


 真横をすり抜ける閃光。直撃はしなかったようだが、『陽気な集まりBANANA CLUB』艦体に衝撃が走る。

 手すりを握り締めていなければ、座席から転げ落ちそうになる。

 シートベルトが欲しくなるシルビアだが、それはそれでという時逃げ遅れるとか。


 でも、私なんかまだいい方よ。


 彼女は揺れる視界で、なんとか周囲を確認する。

 他のクルーたちは目の前に、艦の一挙手一投足を左右する制御盤。

 なかにはこの状況でも、レバーやらスイッチから手を離せない者もいる。

 が、逆に振動で余計な部分に触れれば、それで事故が起きもする。

 だから彼らは、そのままの姿勢で振動に耐えねばならない。

 操縦桿を握るロッホなどが代表例である。


 また、シルビアが目の前の敵艦に集中する分、それ以外の報告を受けるカークランド。

 副官の仕事は『艦長がかまえない全部』と多岐に渡る。

 よって、場合によっては艦橋内のさまざまな座席に寄り添い、行ったり来たり。常にフットワークは軽くなければならない。

 席に座らない、座れない場合が多いのだ。


「おぉああ!!」


 彼は機関部門と連絡しているオペレーターのところ。立ったまま座席の背もたれをつかんで耐える。

 特急の急停止に吊り革で踏みとどまる、なんて比ではない。


 そりゃリータも鼻血くらい出るわ!


 心の支えを脳裏に浮かべて落ち着くと、シルビアは自身の責務に取り掛かる。


「ダメコン! 状況!」

「直撃はありません! 損傷なし! 継戦可能!」

「破片でも飛んできたかしら!?」

「艦長! 『猛牛ブル』のシグナル、ロスト!」

「みたいね!」

「『挽歌Elegy』より入電! 『我僚艦を喪失せり。貴艦のチームに組み込まれたし』!」

「受け入れなさい! 我々は一旦砲撃するから、次の斉射から足並み揃えてもらうように!」


 逆に自分がどっしり構えているのも重要なのだ。

 みんな取り敢えず、艦長席の方を向いて叫べばいい。報告相手を探すロスがあるだけで、死人の利子が増える。


ぇーっ!」


 今度は敵艦が宇宙の塵に。

 回避を試みたようだが。二隻による挟み込むような斉射には、腕が追い付かなかったようだ。


 こういう、逃がさないための撃ち方も存在するが。

 やはり最後は己と相手の運でしかない。


 だからエポナ艦隊は強い。

 命知らずどもは回避しない、とまでは言わないが。

 運が絡む『生存』より、実力が支配する『殺戮』に集中してくるのだから。


 しかし、当然人間は生きたい。

 普通、『なんて運だから』で諦め切れるものではない。

 であれば、それを部下に可能たらしめるバーンズワースは






「悪魔、だったか」


『地球圏同盟』右翼艦隊、『日々の糧を作るベーカリー』艦橋内。

 銀髪の暴威を存分に受ける、アマデーオ提督はポツリと呟いた。

 我知らず椅子から立ち上がり、両手をデスクについている。


「提督?」


 三十路の女性副官の、困惑したような声。

 振り返ると彼女は、真っ青な顔をしていた。赤いリップだけがやけに血色よい。


 たしか、キャビンアテンダントのメイクが濃いのは……

 非常時に顔が青いとお客さまが心配するから、分からないように、だったか。


「艦隊損耗率、7パーセント!」

「はっ!」


 悲痛な声に、くだらない雑学へ逃げかけた脳が意識を取り戻す。


 提督なのに情けないぞ、ジョシュ!


 彼は気力をみなぎらせるべく、あえて若者のように頬を叩く。


「もう7か! 早いな! だが、艦隊、もう少しだけ堪えてくれ! 最後まで踊る必要はない! ただ、彼らを『庭』へ引き込むために! もう少しだけ!」


 撤退とは非常に無防備である。

 反転するあいだが無防備。背中を見せて逃げるのも無防備。

 ゆえに、そんな時間はできるだけ短くするにかぎる。

 今はまだ、『庭』への距離を減らすため、ジリジリ前線を退げたいフェーズなのだ。

 もっとも。そのために正面から化け物の突撃を受ける羽目に。被害も多く出ているのだが。


「カーディナル提督に不満はないが。提督と組ませてほしかったかな」

「『オルレアンの城壁』、ですか」


 アマデーオとしては独り言だったが、副官が律儀に拾ってくれる。声は震えているが。


「いや、それより彼女は、地球のカトリック教会でも知られた人物だろう?」

「それが何か」

「被害、10パーセントに拡大! ジュルチャーニ中将と通信途絶!!」

「限界か……! 通信手! 予定より早いが、そろそろゴーギャンに退却の打診を!」

「はっ!」


 状況も、オペレーターの悲痛な顔からも、世間話をしている場合ではない。

 が、途切れた会話をそのままにしておくより、落ち着きを優先する。


「オレはな、カーディナル提督みたいな娘をな。ずっと『聖女とは』と思っていたんだ」

「雰囲気は力強い方ですが」

「いや、彼女の麾下は喜んで命を投げ出すくらいだろう? そこまでの存在は、やはり聖女だろうと」

「なるほど」


 彼の目が、脳裏に浮かぶ同僚の女性陣からモニターへ戻る。

 そこには、線が走ったと思えば爆ぜる光。佳境になった花火大会。

 たまに爆破事故だったり、興奮した客が揉み合いで怪我したり、なんて聞くが。

 比べものにならない、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 続くアマデーオの言葉は、食いしばる歯で若干曇った。



「だが、相手側になるとな。悪魔にしか見えないんだよ」



「原義的な聖女がほしい、と」


 副官はどうしようもない、というようなため息をついた。

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