第222話 待ち受ける未来は
かくしてロービーグス攻防戦は幕を閉じ、
エポナ艦隊 残存323隻 轟沈136隻/大破・航行不能76隻
シルヴァヌス艦隊 残存423隻 轟沈55隻/大破・航行不能64隻
死傷者推定1,500,000弱
という大被害を叩き出した。
これは例えるなら、半日と少しのあいだに神戸市が壊滅したようなものである。
核爆弾や大災害もなしに。
人と人との殺し合いで。
しかし、これでも少なく済んだのである。
たしかにこの戦いは元帥タチアナ・カーチス・セナが戦死。
それに伴い、シルビア派シルヴァヌス艦隊の敗北によって終わったが。
数字を見れば分かるように、彼らはまだ数のうえでは優勢であった。
もし30パーセントの法則を無視したなら、弔い合戦はじゅうぶんにできた。
敗北を勝利に変えることも、バーンズワースの首という大金星もあり得た。
が、彼らはそれをしなかった。
指揮官たるカーチャの望みが、敵味方問わず余計な被害を出さないことだったから。
ゆえに指揮権を委譲された『
継戦せずに撤退した。
一方で、エポナ艦隊も追撃することはなかった。
あまりにも満身創痍。多くの艦では敵艦隊撤退とともに気絶するクルーが続出。
戦闘どころか航行にも支障をきたすレベルだったという。
まぁ、徹夜で15時間以上ぶっとおしの戦いをしていたのだ。無理もない。
ずっと命の危機に晒されて、途中でショック死しなかっただけ偉い。
こうして戦士たちが、誰にも文句の言えない休息に沈むなか。
戦艦『
イルミは座りもせずに、じっとモニターを見つめていた。
この時はちょうど、シルヴァヌス艦隊が撤退している最中であった。
強敵たちの去り行く背中を、彼女は敬礼し、見送っていた。
『
元帥タチアナ・カーチス・セナは退艦せず、艦長席で事切れていたと報告を受けた時も。
イルミは同じようにしていた。
なのでずっと見ている人がいれば、「またやってる」と思ったかもしれない。
だが彼女は気にせず、心の底から敬礼を続けた。
イルミはバーンズワースの副官であり、彼こそ最強の軍人と信じる一方で。
カーチャのことを、彼以上に深く尊敬していた。
隣の芝生は青く見える、ということではない。
女性士官たちにとって、彼女という存在は大きかったのだ。
いくら男女平等が謳われようと、軍社会ではどうしても男性が優位である。
こればかりは、生物としての組成が違うのだから仕方ない。
だが、それを笠に着て女性を見下すのは、まったくの別問題である。
そういった連中を黙らせるのに、カーチャの存在が大きかった。
何せ皇国軍の頂点たる元帥なのである。
いるだけでも違うし、あの面倒見がいい人である。
イルミ自身もどれだけ気に掛けてもらったことか。
ゆえに彼女は、今までの思いを込めて。
また、カーチャが後輩シルビアのためにと、その生き方を
深い敬意を示さずにはいられなかったのだ。
が、実はその裏で。
これは、私たちは大変なことをしてしまったのではないか?
イルミの脳と頭蓋のあいだを、不快な何かが這う。溶けた鉛のような何かが。
たしかに、バーンズワースが言っていた『勝敗の拮抗状態』。
こちらが大きく負け越しており、残ったエポナ艦隊も甚大な被害を受けたなかで。
敵方随一の英傑たる、元帥『
これは少なくとも印象のうえでは、トントンかそれ以上にするインパクトがあろう。
ゆえに彼の語る『両陣営の未来を繋ぐ』状態には、近付いたかもしれない。
が、
これで、よかったのか?
彼女は疑問を拭えない。
そのためにセナ閣下を失うのは、正しい選択だったのか?
人の命に優劣を付けるのは悪しき考えだが。
いや、しかし、やはり。
『皇国の未来』として考えた場合、
『両陣営の未来』を保つのは、セナ閣下より重要なことだったのか?
イルミは頭の何かが、重力に従い下へ、全身へ巡るのを感じる。
この国は、ただでさえ内乱に次ぐ内乱で大きく力を落としている。
そのうえで、あの『三元帥』たるコズロフ閣下も失ったところなのだ。
そこにセナ閣下まで失って……
大丈夫なのか? 皇国は。
『両陣営の未来』が紡ぐこの先に、いったい何が残っているんだ?
彼女の不安はそれだけではない。
そもそもの目論見について。
敵のトップはシルビアである。
正直どう考えても、ノーマンへの身内の愛情、クロエとの友情より、
カーチャに対する敬愛と恩義の方が強い。
さらに彼女は、運命のイタズラで盟友アンヌ=マリーを失ったところ。
ほんの2ヶ月まえの出来事である。
大切な人を奪われることについて、非常にセンシティブで荒れている。
本当に、和解などあるのか?
『両陣営の未来』など、認められるのか?
イルミはシルビアという、激しい人物の面影を想起して、
絶滅戦争の予感に震えた。
だからこそ彼女はそれを振り払うように、カーチャへの弔意に没頭したのだ。
あるいは、皇国の守護聖女となった彼女へ「どうすればよい」とすがるように。
とにかく、今のイルミはバーンズワースと話がしたい。
それは一人の女としても、過酷な戦いを乗り切った安堵からも。
シルビアを除けば、唯一残った元帥に皇国の未来を問うためにも。
死者より生者にすがる意味でも。
通信ではダメだ。
彼女は会って顔を見て話がしたかった。
なので。
イルミは事後処理を艦長に任せ、『
偵察機を借りていち早く『
近くで見て損傷の軽微さに、改めて新兵器の防御力を実感しつつ。
彼女は艦内の格納庫に降り立った。
すると、事前に連絡したからだろう。
副官代理以下、数名の士官が彼女を出迎えている。
疲労の残る、少しくたびれた敬礼に答礼しつつ、イルミは早速声を掛ける。
「私が不在のあいだ、副官任務の代行ご苦労だった。見事にやり遂げてくれたな」
「はっ! 光栄であります!」
口では彼を讃えつつ、
ジュリアスは……
彼女は少々不満だった。
何せ、元帥自ら『命が欲しい』と告げるような役目から、無事帰還したのだ。
しかも『返却してほしければ自分で取りに帰ってこい』という殺し文句付きのを。
正直、出迎えて抱き締めて褒めてくれるのを期待したのだが、
バーンズワースはいない。
彼女個人の気持ちは別にしても、そもそも話があって戻ってきたのだ。
「閣下と話がしたい。艦橋か?」
イルミが歩き出しながら問うと、彼は慌てて着いてきながら、
「それが、今はお会いすることができません」
俯き気味に答える。
「そうか。やはりまだお忙しいか。まぁ少しあとでも」
腰を据えて話す時間は取れなくとも、とりあえず艦橋に行って顔を
と思ったところで、彼女は引っ掛かった。
「待て。今は貴様は、『会えない』と言ったか?」
「はい」
「どういうことだ」
イルミが鋭い声を出すと、副官代理の声は萎縮したように低くなる。
あるいは苦しげで、不安そうに。
「閣下は今、集中治療室におられます」
「……なに?」
──『第二次皇位継承戦争編』 後半へ続く───
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