皇位継承戦争編

第132話 綱引き

 2324年4月8日、14時22分。



「よって我々は悪逆の兄を討つことを表明し! ここに、正統なるバーナード朝の樹立を宣言する!」



港町の眺めボルチモアビュー』の艦長席にて。



「誇り高き皇国臣民、皇国軍人よ! 国賊に与したもうな! 義によって立ち、天によって戦いたまえ!!」



 シルビアは力の限り吠え切った。

 前職では何度かスピーチの場面もあったが、元々得意なタイプではない。

 しばらくやっていなかっただけに、


「はい、オッケーです!」


「あぁ終わった〜」

「お姉ちゃんお疲れさま〜」

「カッコよかったですよ! シルビアさん!」

「リータ〜、吸わせて〜ギューッてさせて〜」

「うわアンタ手袋の色変わってる手汗すごいな」

「リータちゃんガチのリアクションじゃん」

「問答無用!」

「ぎゃあああ!!」


 消耗ハンパなかった。






 その後、シャワーで汗を流して。

 シルビアはまた艦長室にいた。

 St.ルーシェから帰ってきた頃の、少女の成長にドギマギしていた姿はもうない。

 殺し合い以外にはすぐ慣れるのが彼女である。


「ねぇリータ」


 バスローブに身を包むシルビアは、パソコンと睨めっこしている彼女へ声をかける。


「はい」

「あれで本当に、味方は集まるのかしら」

「半々」


 リータは即答した。

 半々という内容だけなら、考えもせず大味に出せる結論ではあるが。

 彼女には皇国人として、一般人として、孤児として、軍人として、高級将校として。

 そのよく働く『目』で見つめてきた、心の機微がある。


「皇帝がクーデター犯だったという話。信憑性で言えば、こっちも向こうも証拠はありません。天秤がひっくり返るには弱い」

「つまり」

「えぇ」


 彼女はようやくこちらを向いた。

 件のウルトラマリンブルーが静かに揺れる。


「それであれば、立場バリューのある皇帝側に」

「むぅ」

「それに、仮にこちらの道義的正しさが信じられたとしても」

「というのは?」

「私は孤児なのでかまいませんけどもね?」

「あっ」


 そう。

 多くの軍人には家族がおり、カピトリヌスにいる場合もあるのだ。

 転生者たる『梓』と違って。


 たとえシルビアたちに正義があろうとも。

 多くの人は、人質があれば悪に従うだろう。


 しかしリータは、案外楽観的な声で天井を見上げる。


「でもまぁ、やらないよりは全然。向こうと同数とは行かなくとも、こちらにつく味方も増えるでしょう」

「そうかしら」


 これでも一応、彼女は『半々』と答えたのだ。

 現状聞くかぎりではまったくの望み薄だが、そうではないはずなのだ。


「迷ったらとりあえず、皇帝というブランドにつく人もいますが。それと同じくらい、迷ったら『軍』というイデオロギーにつく人もいます。幸いにしてシルビアさまは軍服で司令官クラスマント持ち。贔屓目で見てくれる人もいます」

「なるほ、ど?」

「何より」


 リータはパソコンを閉じる。ここからが重要というように。


「向こうは軍に対して基盤がない、ということは。現状向こうの主な勢力は、政財界で構成されていると見ていいでしょう」

「宮殿住まいですもの、宮殿を出入りする連中でしょうね」

「ですがこちらの放送には、ケイ殿下とクロエさまが同席なされました」

「なるほど、読めてきたわ」

「そう」


 ニマリと笑う表情は、なんなら半々どころか有利とすら言いたげな。


「二大社交界の人気者を抑えています。ショーン派のおもだった人物にも、彼女たちの味方をしたい者。ショーンより彼女たちが勝者となった方が都合がいい者は大勢いるでしょう」

「向こうの基盤を揺るがせる、ってことね?」

「はい」


 リータは椅子から立ち上がり、シルビアへ彼女の軍帽を渡す。


「この戦い、長引けばこちらの有利です」


 だから気合い入れるために、早くバスローブから着替えろと言うように。






 だが、それは相手も先刻承知だったらしい。






 それから三日後。

 一行はフォルトゥーナ基地へというところ。


 リータとシルビアは昼食をかじりながら、エゴサーチをしていた。

 皇国全土に広がる動揺のを確認しているのだ。


「ケバブはね。ドネルケバブはね。ソースが大事なのよ。私のはこのチリ……」

「私はイスケンデル風の、トマトソースと溶かしたバターが好きですね」

「なんですって!?」

「それよりお肉が羊かどうかの方が」

「なななな、なんですって!?」


 ケバブ宗教戦争はさておき。

 演説に対する世間の反応は上々。


『いったいどっちが正しいの?』

『オレはシルビア殿下一派、つうかクロエさまを信じるね! 何故なら美人だから!』

『あの聖女のようなクロエさまが、悪人側に与するとは思えない』

『どちらが正しいかより……。陰気なショーン殿下が皇帝なのと、クロエさまがおられる国家なら……』

『そう思うとショーン殿下って怪しいよな。なんで自分だけ助かって、どうやってクーデター追い払ったか全然説明ねぇもん』


 やはり主人公クロエ効果で、贔屓目に見てくれる意見が多い。

 これは一般の声だが、おそらく軍や政財界でも大差ないだろう。


 さすがよね……


 嫉妬、とまでは言わないが。

『主人公』という存在に対する、何やら言い知れない感覚。

 たとえるなら、インハイ予選で全国レベルの強豪と当たった時のような。

 ふざけてクラスメイトとケンブリッジ大学の入試過去問に挑んでみた時のような。

 探索型RPGで、レベルが20も30も上の敵にエンカウントした時のような。


 コズミックホラー、って言うんだっけ?


 底知れない、途方もない、強大な何かと対峙した感覚がシルビアを包む。

 そんな、広大な宇宙へ放り出された彼女を現実へ引き戻したのは。


「あらっ」


 唐突に、デスクの上の電話が着信を告げる。

 さすが軍人、リータはワンコール内に受話器を取り上げた。


「はぁい」

『艦長!!』


 返ってきたのは、副官の切羽詰まった声。


「な、何?」

『今すぐに艦橋へお越しください!』


 内容が隣にいるシルビアへも漏れ聞こえるほどの大声。

 リータが彼女へ目配せしているあいだに、優秀な彼は理由も述べる。



『前方に、皇国軍艦隊が現れました!!』

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