第257話 因果応報

「何事だっ! 無礼者っ!」


 一瞬思考がフリーズしたトラウトだが、バルバリーゴの怒声で我に返る。

 そのまま物理的にも振り返ると、


「黙れ逆賊! 不敬の域を超えたダニどもめ!」


 そこにいたのは、


 通常とは違う、青と白基調で帽子キャップにはガチョウの羽の軍服


 近衛兵たちだった。

 その手にはアサルトライフルが構えられている。

 本来ピストルとサーベルしか装備しない、それすらも儀礼的な彼らが、

 前回のクーデター以来、心を入れ替えて用意したもの。

 その銃口が、こちらを向いている。


「くそっ! いったいどこから、いや、まさか! 謀ったな!?」


 バルバリーゴが喚くと、それに答えるように、


「そうとも」

「近衛とは誠実さをもってお仕えする兵士。しかし貴様のような輩は騙し討ったとて、少しも心が痛まんな」


 トラウトもよく見知った顔、

 あの日ともに勧誘を受けていた士官のうちの二人が現れる。

 彼らはサーベルを抜き、切っ先を相手の顔へ向ける。


「あのような、犬畜生にもことを企てるどころか。それをよもや我らに持ち掛けるとは」

「近衛を舐めるな、と言いたいところだが」


 と、彼らは一旦言葉を区切り、


 銀に光を反射する鋭利な先端を、ゆっくりトラウトの顔へスライドさせる。



「近衛の恥晒しめ。貴様も生かしてはおけん」



「なっ!?」

「そこの遣いとかいう男とマメに会っていたのを、オレたちが知らぬと思ったか」

「それどころか、こちらの様子をチラチラ窺いおって。見張ってみれば、案の定内通していたか」

「それはっ!」


 全ては両陛下を守るためのスパイ活動である。

 むしろ志は彼らと同じくしているのだが。

 なるほど言われてみれば、明らかに怪しい動きだったかもしれない。

 こちらからも向こうを疑い、報連相をしなかったゆえの結果か。


 しかし、報連相といえば。

 彼らの方こそ、クーデターの話を報告しなかった。


「おまえら、このことは陛下に!?」

「なんだ、今さら保身か?」

「お伝えするまでもない。貴様らごとき、我々で排除すればいい。無闇に煩わせることもない」


 そういうことか!


 おそらく彼らも様子見をしていたのだろう。

 本当にバルバリーゴが裏にいるのか、だったり、何より、


 近衛から参加する者が現れはしないか、と。


 もしそんなことがあれば、彼らにとってこのうえない恥である。

 保身をしているのは彼らの方だったのだ。

 果たしてトラウトが参加していると見られた今、陛下へ報告するまえに、


 事実が漏れるより先に隠蔽、とまでは言わないが。

『不忠者は出たが、近衛自身の手で素早く自浄した』

 という成果で上塗りしてしまうために。


「地獄でショーンの近衛でもしているがいい」


 捨て台詞とともに、サーベルが振り被られる。

 それと同時に、銃口が狙いを定めなおすように揺れる。

 そのどちらもがスローモーションに見えたトラウトは、弁解しようと試みて、

 スローモーションに見えている時点で、もう手遅れなのだと悟った。


 ゆえに、全てを諦めた脳裏に浮かんだのは、



 ケイ殿下……



 彼の深い後悔。



 自身の発言で猜疑心を煽り、骨肉の争いを引き起こさせてしまった男が、


 身内たる近衛兵の粛清によって消されようとは。



「これが、因果応報というものか」



 ここのところ、残酷な運命ばかりを突き付ける世界だが。



 腐ったように見えて、そういうところは案外しっかりしてるんだな。



 アサルトライフルが悲鳴をあげる刹那、


 トラウトは少しうれしくなった。











「なんてこと……」


 さすがにトラウトのことまでは伝わっていないのだが。

 それでも事態の大きさに、カタリナとシャオメイは呆然とするしかない。


 ただ、それでも侍従たる彼女たちは、脊髄反射的に次の行動を選べる。


「クロエさまのところに、行かなければ」






 二人が従者の心得乙女の慎みを忘れてダイニングへ駆け込むと、



「逆賊バルバリーゴ、討ち果たしてございます」



「う、うん」

「そう、なの。ご苦労さま」


 すでにそこには実行者だろう近衛の士官がひざまづいていた。

 幸か不幸か、うやうやしくこうべを垂れているので、両陛下の顔が青ざめていることには気付かない。

 もっとも、気付いたとて。

『まさか元老院の一人が』と動揺している程度に思われるだろうが。


「と、とにかく、忠勲大義である。そなたらの働きを、余は最大限の感謝をもって讃えたい」

「もったいないお言葉です」

「私からも、重ねて感謝を」

「ははっ!」


 どうやら彼らは今、自身の忠道と賛辞の愉悦に浸っているらしい。

 困り果てた両陛下が、どうしようかと目配せしあうのも意識の外である。


 あるいは、このことで頭がいっぱいだったか。


「それから、非常に申し上げにくいのですが」

「なんでしょう」


 皇帝より先に相槌を打ったのはクロエだった。

 ともすれば、頭で明文化したかたちではなくとも。

 状況的に、無意識のどこかで予想ができていたのかもしれない。


「我が近衛兵団からも、不忠者を出してしまっておりまして」

「!?」

「そ、それって!」

「誠に恥ずべき大罪、両陛下にお詫びする言葉もございません」

「そ、それはよい。そなたらの功績は、不問とするに値する」


 ここまで来ると、ノーマンも理解したのだろう。

 声が震えている。

 もちろん今来たところのカタリナ、シャオメイも。

 控えていた侍従総長も。

 全員が理解したのだから。


「それより、その不忠者というのは?」

「はっ。両陛下におかれましては、大変ショックであらせられると思いますが」

「シーザー・トラウト少尉であります」


『ひゃっ』と『きゃっ』の中間のような悲鳴が、短く小さくクロエから漏れる。

 口元を抑える姿を見て、ノーマンも迷うような表情を浮かべたが。

 やがて意を決し、皇帝として事実を確認する。


「それで、トラウト少尉はどうした?」

「もちろんこちらも、近衛の威信にかけて討ち果たしてございます」


 今度こそ彼女は悲鳴をあげた。

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