第290話 生娘の将器
皇国艦隊562隻
「艦隊、突撃!」
対
同盟艦隊535隻
「諸君、童女に負けるのか? 意地を見せろ!」
19時18分、両艦隊の砲火が交錯した。
皇国軍艦隊。
陣形は複縦陣、つまりは細長く長方形にズラッと並んでいるかたち。
ゆえに『ここまでが先鋒艦隊』という区切りもないが。
それでも明確にオフェンスと言える位置取りに、『
その艦橋で、デスクに両手をついて立ち上がる、小柄な指揮官。
真っ直ぐ、持ち前の目で戦場を読むべくモニターを睨む横で、副官が静かな声を出す。
「しかし、よいのですか?」
周囲を
「何が?」
「先頭集団に入られたことです」
なんであれ采配に疑義を呈するのだ。
少しでもクルーの動揺を避けたいなら、正しい判断と言える。
「当艦は何より運動性が売りです。閣下も目と反射神経が秀でているとお聞きしています。それが」
「キチッと列の中に入って、正面から。活かす場面がないって?」
「それどころではありません。『
「それができなきゃ、ただの図体の大きい的」
「皇国軍全てを統括し、国家の命運を背負う人物がいるには、危険で迂闊な位置です」
「ふふん、言ってくれる」
「役目ですので」
一連の会話を、リータはモニターから目を逸らさず交わしている。
映像ではすでに敵味方の砲撃が入り乱れ、沈めたり沈められたり。
緑といえど、目に優しくはないフラッシュが瞬き、瞬く。
それが少女の白い肌、赤い頬の横顔を断続的に染めるが、
それでも彼女は目を逸らさない。
「百理ある。でもね」
固い決意を示すように。
「あなたの言うとおり、皇国の命運を背負っているなら。皇国の戦い全部、私が背負わなきゃならない」
「はい」
「だったら、暑いだの寒いだの、鼻血出ただの熱があるだの、敵がどうだの味方がどうだの。そんなの言ってらんないんだわ。むしろ自分の得意とか注文どおりとか、そんな場面なんてほぼない」
「閣下! このまま行きますと、30分以内には本艦も敵の射程圏内に突入します!」
「ん、ありがとう。苦労かけるけど、がんばって」
かと思えば観測手の悲鳴にも近い報告に、彼女は優しく微笑み返す。
その余裕や優しさは、続く言葉を象徴しているかのようだった。
「私が元帥であるなら。あらゆる苦手も不利も受け入れたうえで。注文された状況で、注文どおりに勝たなきゃならない」
静かなウルトラマリンブルーの、静かな闘志。
「そうしないと皇国を、みんなを。シルビアさまを守れない」
それがリータの、この戦争に懸ける全てなのだろう。
彼女は左手を勢いよく前方へ突き出す。
「艦隊前へ! 前へ! 銃後と明日を守るため、私に命を貸しておけ!」
戦闘開始から1時間が経過した頃。
同盟軍艦隊の中央やや後方。
旗艦『
艦はそこにどっかりと構えており、
指揮官は艦長席でずっしり、座席に重みを与えて座っている。
そんな余裕も余裕、落ち着き払ったコズロフなのだが、
「提督っ! 味方艦隊被害、20パーセントを突破いたしました!」
「ふむ」
案外戦況は予断を許さない
「副官」
「はっ!」
「こちらの戦果はたしか」
「10パーセントを越えたところです」
「うむ」
どころか、悪い方で趨勢が見えてきた感じがある。
しかし、
「思った以上に、突撃力に差が出たな」
指揮官は無感動無感情のままである。
「御意。拳の威力は速さと握る硬さがものを言います。練度不足で足が
まぁそれもそのはずである。
戦闘開始まえから嘯いていたように、
「しかしそれでも倍のスコアをつけられた。もちろん艦隊自体の練度の差もあろう。が、何より」
「リータ・ロカンタン」
「うむ」
勝ち負けではなく、その将器を見極めるのが目的なのだから。
「いかがでしたか?」
エールリヒの問いに、コズロフは満足そうにあごを撫でている。
「彼らに練度と自信があろうと、それは時に緊張で鳴りを潜めてしまう。ゆえに、指揮官は常に味方への着火剤とならねばならない」
彼はモニターをじっと見つめる。
そこには前衛から送られてきた、『
味方とともに閃光や敵艦隊を掻き分け掻き分け、力戦している。
「そこでやつは自身が率先するかたちを示した。艦隊に『指揮官に遅れをとるわけにはいかない』と、別方向からの勢いを与えたわけだな」
「それが味方を無理矢理にでも前方へ引き出し、流されるうちに体が動く、と」
「それだけではない」
コズロフは一度言葉を区切ると、座りなおして左手を鼻へ添える。
スポーツや映画が佳境に入った時、改めて見入るような。
「見ろ、あの程よく
「燻み、ですか?」
「そうだ。程よい損傷とも言えるな」
彼の声は、表情は、うっとりとしている。
優れた芸術作品を鑑賞するような恍惚がそこにある。
歴戦の男には傷こそが、ストラディバリウスの飴色の光沢に見えるのかもしれない。
「ロカンタンの
「皇国でも、同盟に来ても聞くのですから、本物でしょうね」
「それが今回、あのように擦り傷まみれとなっている」
恍惚の雰囲気、生娘発言と相まって、なんだか妙な性癖暴露にも聞こえるが。
せっかく上司がご機嫌なのだ。副官は気付かないフリをしておく。
「『閣下があのようになりながら戦っておられるとは!』『この戦いに、本当に命を捧げておられるのだ!』『我々も命を惜しんではいられん!』今後戦いが続くと見越した場合に、これ以上の戦意発揚プロパガンダはあるまい」
あるいは彼は、艦体そのもではなく。
その向こう、艦橋で声を張り上げる少女の姿を幻視しているのかもしれない。
「たいした役者だ、ロカンタン。パリの劇場でも輝ける一流の舞台少女だよ、卿は」
そう考えると、ますます変態じみてはくるが。
エールリヒはすでに違うことを考えていた。
もし閣下がシルビア・バーナードにも最初から、素直にリスペクトを持てていたら
世界はここまで拗れなかったかもしれないのに
と。
「それでは閣下。ロカンタン元帥は死合うに相応しい相手であると?」
彼の言葉に、コズロフは大きく頷く。
「うむ。しばらくは楽しめそうだ」
かつ、今日はそれで満足したのだろう。
同日20時31分。
同盟艦隊は意外とあっさり撤退し、
通称『コズロフ戦役・スムマヌス会戦』は、皇国軍の快勝で幕を閉じた。
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